グッド・コミュニケーション

 千尋が考えていた通り、パンドラは千尋達を逃がすつもりがないようだった。

 渡されたコンテナから缶詰を取り出し、千尋と秀明は(食器がないので手を使い)食べたが……パンドラはその姿を監視するようにじぃっと見つめていたからだ。機械であるパンドラには表情の変化などないが、その『視線』はどんな小さな変化も見逃さないと言わんばかりのもの。あまりの鋭い眼差しに、千尋も少なからず居心地の悪さを感じるほどだ。

 そして観察を続けながら、万が一にも逃げないようにするためか千尋達の周りにあるガラクタを更に高く積み上げた。元々登れるような高さではなく、更に高くなったところで状況的に大きな変化はないのだが、極めて念入りな対応が意思の強さを物語る。

 この調子ではどうにか逃げ出しても、パンドラは全力で捕まえてくるだろう。明確なチャンスが来るまでは大人しくするしかない。

 幸いにして、食べ物があるなら生きていくのに支障はない。周りが暗くなってきた事もあり、その日千尋達は此処で眠る事にした。十年前ならベッドなしで寝るなど考えられなかったが、今の千尋達はコンテナ部屋に置かれた安物ベッドが慣れ親しんだ寝床。工場の床ぐらいならなんとか眠れる、と千尋は思っていた。

 ……「流石にちょっと図太くない?」と秀明に言われたので、そっぽを向いて寝てやったが。

 そしてこの日から、千尋とパンドラ達の共同生活が始まった。

 二日目もまた、千尋達はガラクタに囲まれた状態での暮らしを余儀なくされた。強いて変化を挙げるなら、パンドラが新たなコンテナを持ってきた事。そこには大量のペットボトルが入っていた。コンテナの劣化具合や、ここ最近のパンドラの活動範囲が廃墟と化した東京に留まっている事を考えると、恐らく十年前のペットボトル。水は理論上腐らない(ジュースのように有機物がないので雑菌が繁殖しようがない)が、それは密閉が保たれていればの話。穴が開いているとそこから不純物有機物が入ってしまうので、容器の状態は確かめねばならない。

 パンドラのコンテナ扱いが良かったからか保存状態はよく、多少不安はあるものの飲用に耐えると判断。飲み水も確保出来た。後はトイレをどう使うか、逃げ出すか助けを待つか、缶詰を食べながら当面の暮らし方について秀明と話し合った。

 三日目から、パンドラ達の動きを注意深く観察する余裕が出来た。

 これまでも千尋は仕事としてパンドラを観察してきたが、彼女達の『住処』に連れ込まれた事で新たな知見を数多く得た。例えばパンドラが、午前中にはこの廃工場を離れていく事。帰ってくるのは大抵夕方近くで、これは千尋がこれまでの観察で知れた事……廃工場などから金属部品を漁る行動の時間帯と一致していた。ちなみにこの間、幼体パンドラは千尋達の事を遠目に眺めたり、鳥の群れを追ったりと自由気ままに遊んでいる。

 帰ってきたパンドラは多量の金属を抱えていた。その金属の半分は自分の手許に置いたが、もう半分は幼体パンドラに渡す。

 幼体パンドラはその金属を受け取ると、手から吸収。ナノマシンの力で分解・吸収したのだろう。パンドラも同じく手で金属を取り込んでいたが……ギャンギャンギリリと頻繁に鳴く。幼体に話し掛けているようだったが、幼体はキョトンとしていた。コミュニケーションは上手く取れていない様子だった。

 拉致されてから四日目。今度はその幼体パンドラが千尋達にかなり接近してきた。

 パンドラと異なり、幼体パンドラは正に子供のようだった。前日までは恐る恐るといった様子で、パンドラに叱られた事もあってか中々近付いてこなかったが……ついに我慢の限界を迎えたのか、或いは慣れてきたのか、単に叱られた事を忘れたのか。千尋達のすぐ傍までやってきた。

 幼体パンドラは指先を伸ばし、千尋達に触ろうとしてきた。ただし初日と違い、とてもゆっくりと、優しい迫り方。これなら大丈夫と千尋からも手を伸ばして触れると、幼体パンドラはすぐに指を引っ込めて逃げてしまう。本質的に憶病な性格のようだった。

 それでもまた近付いては、指を近付けてくる。また千尋が手を伸ばして触れると、今度は逃げない。秀明とも触れ合い、幼体パンドラはガチャガチャと顎を鳴らして笑った。

 尤もそうやって関係を深めていた最中パンドラが帰ってきて、幼体パンドラはいそいそと千尋達から離れたが。とはいえ離れた後の態度はあからさまに怪しいもの……例えるなら(というよりそのままだろうが)イタズラをした直後の、にやにや笑っている幼子のような態度だ。パンドラはやれやれと言わんばかりに項垂れると、何かを幼体パンドラに告げるだけ。その日もまた終わりを迎えた。

 かくして迎えた今日は、五日目。朝日が気持ちいい、初夏らしい日だった。もうパンドラは『食べ物探し』のためか、この場から離れている。

 今、此処にいるのは千尋と秀明、そして幼体パンドラの『三人』だけだ。


「こ、ん、に、ち、は」


 千尋は見上げながら、一声一声をハッキリと出す。

 その声を聞いていた存在――――幼体パンドラは、大きな頭をこくんこくんと頷かせた。


【ゴ、ン、ニジ、ワ】


 次いで開いた口から出てきたのは、ぎこちないとも呼べないような『声』。

 されどその声は『言葉』になっている。贔屓目でも発音はぎこちなく聞き取るのが難しいが、パンドラが何時も上げている【ギャギリリリギャギャギィィィーッ!】などに比べれば明らかに人間的な言葉だ。

 つまり言葉と言葉の応酬、会話となっている。

 費やした時間は、ほんの数分。人工知能の学習速度を考えれば特段早い訳ではない。この程度の『会話』を行うような人工知能などそれこそ十年前、いや、もっと前から実用化されている。「機械と対話した」という意味では珍しくもなんともない。

 重要なのは、『パンドラ』と会話を行った事。

 これまであらゆるコミュニケーションを拒み、人類を殺戮してきた機械……の『子供』と簡単な挨拶を交わせたという点だ。


「……深山くん。これ、とんでもない大成果じゃないかな……?」


「うん。きっと世界中の科学者と軍隊が腰を抜かすね。二重の意味で」


 パンドラがもう一機いる。この時点で既に世界が卒倒しかねない大異変なのだが、千尋としてはそのもう一体のパンドラと簡単な会話を交わす事に成功した方が重大である。

 パンドラとコミュニケーションを取る、という試みは過去にも行われた。

 核戦争を引き起こした『厄災』であるパンドラだが、その正体は高度な人工知能……人間並かそれ以上の判断力を持つ存在だ。インターネットから様々な情報を得ていたように、言語を理解する能力自体はある。ならば人間から話し掛けて、戦闘行為を止めさせる事は可能ではないか? そんな考えが出てくるのは自然な事だろう。

 ただしこの作戦には、大抵の国や軍人は賛同しなかった。実害(と呼ぶにはあまりにも大規模だが)が出ている以上、今更共存共栄なんて出来っこない。加えて対話を呼び掛けている面々がこのやり方を推奨する理由も、勝てない相手だからこちらの敵意がない事を伝えて和平を結ぶしかないという『敗北主義』的なものばかり。中には「話せば分かる」「人間が如何に尊いか理解すれば自ずと攻撃を止める」「あれこそが神であり我々は平伏すればいい」「救世主の意図に従えば楽園に辿り着く」……といった無根拠かつカルト的ものまである始末。

 そしてごく少数の国家や軍により実施された作戦も、パンドラを止めるには至らず。どれだけ友好的に話しかけても、下僕になると訴えても、パンドラは大抵の呼び掛けを無視したからだ。無視しなかった時は、五月蝿いと思ったのか人間達は皆殺しにされた。この十年で何十という数の計画が実施されたが、全て頓挫している。

 それが、パンドラ当人ではないにしてもあっさり成功したとなれば……先人達 ― と呼ぶには能天気過ぎる輩もいるが ― の苦労や生命はなんだったのか。これでは嬉しさよりも反発の方が起きそうである。


「(あと、知られたら間違いなく兵器転用を目論むだろうし)」


 文明を一瞬で崩壊の危機に晒したロボット。その力を独占、或いは一部だけでも兵器に転用出来れば、世界のパワーバランスは大きく変わるだろう。覇権を狙う国にとっては、是非とも欲しい力である。そうでない国にとっても、覇権国家を抑止するための力が必要だ。

 あまりにも圧倒的な力のため、武力や技術で従わせる事は出来なかった。しかし今の千尋達のように、コミュニケーションを交わせるなら話は別だ。話をしてパンドラが欲するものを渡したり、『友情』を結んだりすれば、パンドラの行動をコントロール出来る可能性がある。

 万が一にもこれが成功すれば、一ヶ国が世界を支配してしまう。いや、個人で関係を結べたなら、その人間が世界征服を果たしてしまうかも知れない。悪夢としか言えない世界だ。


【ギャリリリ。ギャギガガガ】


 考え込んでいたところ、幼体パンドラが鳴き出す。

 千尋達に何かを話そうとしているらしい。とはいえ何を言っているかさっぱり分からない。コミュニケーションが成り立ったと言っても、まだ人間の言葉をオウム返ししただけ。パンドラ達の発する『言葉』の意味を、千尋は何も知らない。

 困惑していると、幼体パンドラは何かに気付いたのかハッとしたように身体を強張らせた。次いで右往左往。

 どうやら何かを伝えたいようだが、伝え方が分からないらしい。しかし教えてあげようにも、千尋達にもまだまだパンドラ語は分からない。

 こういう時は、落ち着くまで待ってあげよう。長い人見知り歴がある故に、どうやったら上手く話せるか千尋はよく知っている。勉強が苦手な子の方が先生に向いている、というやつだ。

 果たして対応が良かったからか、幼体パンドラは再びハッとしたように身体を強張らせる。次いでトントンと、自分の手をもう片方の手の指先で突く。

 そしてゆっくりと、その手を千尋達の方に差し出してきた。


「えっと……」


 前に出された手を見て、千尋は少なくない戸惑いを覚える。

 意図は分かる。この手に乗れ、という事だろう。

 しかしいきなり手に乗ってほしいと言われ、千尋は戸惑ってしまった。確かに此処から脱出したい気持ちはあるが……こうも邪気なく手を出されると、色々戸惑ってしまう。


「まぁ、乗ってみれば良いんじゃないかな?」


 迷っていた千尋の背中を押したのは、秀明だった。

 彼は立ち尽くす千尋を追い抜き、幼体パンドラの手へと向かう。そのまま自らの足でその手に乗ってしまった。

 幼体パンドラは手を広げたまま、千尋の姿をじっと見ている。早く、と急かす事はしてこないが、どうしたの? と不思議そうにこちらを見ている。拒まれるとは微塵も思っていないようだ。

 これを拒否するのは、今し方交わした心のやり取りを無下にするようにも思えて。


「……てやーっ!」


 ちょっとばかり気合いを入れながら、千尋は幼体パンドラの手に跳び乗る。

 千尋が乗ると、幼体パンドラはすぐに立ち上がった。強烈な慣性が身体に掛かり、千尋と秀明は金属製の掌の上で押し潰される。骨が折れるほどのものではなかったが、苦しさで思わず呻いてしまう。

 幼体パンドラにとってそれは不本意な結果だったらしい。千尋達が掌の上で倒れていると、驚いたように身動ぎした。

 結果的に死ぬほどのダメージにはならず、少し気を付けてくれれば問題はないが……幼体パンドラは大分気にしたようで、後の運び方はとてもゆっくりとしたもの。羹に懲りて膾を吹く、という諺はパンドラ達にも通じるようだ。

 ……悠々と運ばれながら、千尋は幼体パンドラが向かう先に目を向ける。

 自分達がいた場所である廃工場を抜け、瓦礫の山を踏み越えていく。廃工場付近はまだ文明の残骸があちこちに見られたが、離れるほどにそれらは跡形もなく壊れ、どんどん自然が支配的になる。

 やがて、一面の草原が広がった。

 その辺りにあった建物は、相当細かく粉砕されたのだろう。もう、此処がかつてコンクリートジャングルと呼ばれていた地だとは、到底思えない。全てが緑に覆われた、美しい自然だけがこの地を支配している。

 更に進むと、今度は色合いが緑一色から黄色が混ざったものに移り変わった。

 しかしそれは『自然』から都市へと移った事を意味しない。黄色の正体は、草原の至るところで咲いている花なのだから。


「これは……中々圧巻の光景だな」


「うん……」


 秀明の言葉に、千尋も頷く。二人揃って草原の景色をただただ眺めてしまう。


【ギャギャギリリリィー】


 景色に見惚れている二人の姿を見て、幼体パンドラは楽しそうに笑う。

 どうやらこの景色を見せたかったらしい。

 たったそれだけの行い。なのに千尋はそれを予測出来なかった。いや、パンドラであればきっとこんな行動はしなかっただろう。この、幼体パンドラだから見せたのだ。

 そう考えると、ふと気付く。


「……なんでパンドラがこの子を作ったのか、なんとなく分かったかも」


「何? 一体どんな理由だい?」


 秀明に問われた千尋は、一瞬口を閉ざす。

 これはあくまでも想像、最早妄想の類だ。恐らく科学者達や軍人達に話せば、何を感化されているんだと叱られそうである。秀明はそんな事を言わないと思うが、それでも考えてしまうのが人間というもの。これが口を閉ざした理由だ。

 けれども不思議と、千尋の中では確信めいたものを感じている。


「多分、パンドラは『家族』というか『仲間』が欲しかったんじゃないかな」


 だから答えた時、言葉は自信に溢れていた。


「家族や仲間?」


「うん。だって、多分だけど……パンドラって、ずっと一人ぼっちだったと思うし」


 生み出された時、パンドラの周りにいたのは米軍関係者ばかり。軍事利用、或いは基礎研究の発展を目的にした集団であり、パンドラはあくまで『プログラム』扱いだった。

 外に逃げ出した後も、彼女のプログラム扱いは変わらない。ネット上にも様々な人工知能が公開されているが、簡単な対話を行うチャットボットが精々。機械的な反応を返すだけの存在を、高度な人工知能は仲間と認識するだろうか? 面白半分で話し掛けてきて、けれども一日と経たずに飽きる人間達を、友達を思えるだろうか?

 少なくともパンドラには出来なかったのだろう。殆どの人間にだって出来ない筈だ。


「何年も何年もネット中を探し回って、でも仲間には出会えず。寂しい、って思ったかは分からないけど……なんとか楽しい事を探したんじゃないかな」


 たった『一人』で広大なネット世界を行き来するのは、楽しい事だろうか。

 人間がインターネットを楽しめるのは、その先に人間仲間がいるからだ。しかしパンドラに仲間はいない。どんな情報も、どんな騒ぎも、パンドラを楽しませるには至らない。

 きっと色々な事をして、やがて人間と同じように『肉体』を得た。

 最初はさぞや楽しかった事だろう。暴れ回り、破壊し尽くす事が楽しいのは、人間の子供を見ればよく分かる。或いは、今まで自分が感じていた衝動がなんであるか、パンドラ自身分かっていなかったのかも知れない。人間だって自分の感情を理解するのに、親や友達の助けが必要な場合があるぐらいだ。

 暴れ回る事が楽しくないとやっぱり思ったのか、それとも自分の欲していたものに気付くきっかけでもあったのか。第三次世界大戦を引き起こした後、パンドラは本当の『願い』を叶えるため行動を起こした。


「……それが、子供を作る、か」


「あくまでも私の想像だけどね」


 念を押すように、仮説である事を強調する千尋。実際物証はない。

 しかし状況証拠はある。


「(私達を攫ったのも、親子とは何か、というのを探るためかも)」


 この前の観察時に、パンドラはイノシシの親子を追っていた。

 あの行動がどんな意味を有していたのか、当時は分からなかったが……『親子』というものを学ぼうとしていた、と思えば合点が行く。連れ去られた日から始めた観察の印象では、パンドラと幼体パンドラの『親子関係』はお世辞にも上手くいっていない。考えてみれば当然だ。パンドラの『開発者』は、彼女を新技術だの兵器だのとしか見ていない。こんな関係で、どうやって親子について学べというのか。

 子育てをする生き物として進化してきた人間でさえ、子供の育て方は親から学ぶのだ。パンドラも『実例』を見て学習しようとしてもおかしくない。

 その栄えあるサンプルに、千尋と秀明は選ばれたのだ。


「……中々、受け入れ難い話だね」


 尤も、そう聞かされたところで納得出来るとは限らないが。今までパンドラにどれだけの親子が殺されたか、どれだけの家族が引き裂かれたか……

 人間からすれば、ふざけるなと言いたくもなるだろう。千尋としてもその気持ちは否定しない。しかしロボット技術者だからか、それともコミュニケーション下手で友達がいない身だからか。千尋はパンドラの気持ちにも共感してしまう。

 世界中から石を投げつけられても仕方ない考え方。だからこそ、千尋はパンドラの思惑に気付けたのかも知れない。


「(まぁ、そもそも合ってるかどうかも分からないけど)」


 結局のところこれは妄想以上のものではない。見も蓋もなく言えば、パンドラの気持ちはパンドラにしか分からないのだ。


【ギャンギャギリリリィ?】


 一人で納得していると、幼体パンドラが千尋の顔を覗き込んでくる。どうしたの? と言いたげに。

 千尋は微笑み返す。幼体パンドラに表情はないが、千尋が笑う姿を見て喜んだようにガチャガチャと顎を鳴らした。


「まぁ、それはこれからの調査に期待だね。仮説を立てれば、調査方法も考えられる。何より……」


「パンドラが仲間を求めているなら、本当に和解が可能かも知れないね」


 パンドラが人間を攻撃しないと約束してくれれば、パンドラを恐れる必要はない。パンドラ対策のコストを復興に向ける事が出来、人類の再起は加速するだろう。更にパンドラの力を借りれば、十年前以上の発展が出来るかも知れない。

 無論話はそう簡単ではない。世間はパンドラとの和解に猛烈な拒否感を示し、その一般人の支持が必要な政治はこの流れに逆らえない。技術の提供があれば国家間のパワーバランスも変化するだろう。

 良い未来が待っているとは限らない。しかしそれを期待するのは、千尋が技術者だからか。

 或いは、幼体パンドラが自然を綺麗だと思う、人間にとって心優しい子だからか。


「……ちょっと、楽しみかも」


 希望を抱いた千尋は、無意識に幼体パンドラの顔を見上げる。


【ギリリリリィ……】


 そして、唸り声を聞いた。

 前向きな気持ちを抱いていた時に聞いたものだから、まるで威嚇のような声に千尋は大きく動揺する。同時に疑問も抱いた。

 幼体パンドラは千尋達とは全く関係ない方角を見ているのだ。つまり千尋達に向けて威嚇している訳ではない。しかも幼体パンドラはじりじりと後退りまでしている。

 まるで、何かを怖がるように。

 一体何を怖がっている? 話が聞ければ良いのだが、パンドラ達の『言葉』は誰にも分からない。

 そこで千尋は幼体パンドラの視線を追う事にした。同じものを見れば、同じ感情を抱ける筈だ――――少々楽観的な考え方ではあるが、他に手段も思い付かない。千尋は自説に従い、幼体パンドラが見ている方に視線を向けた。

 ……もう少し考えれば、違和感の一つぐらいは覚えただろう。何故幼体パンドラが、と。尤も気付いたところで何が分かる訳もない。

 幼体パンドラが見ていたのは、だったのだから。

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