パンドラ破壊作戦

 よく晴れた朝。

 普段ならば、大勢の人間達が職場へと向かう時間帯。道路が靴音で賑わい、あちこちに並び立つビルに入っていく。曜日によっては人々の目は死んでいるかも知れないが、社会が本格的に動き出す様を人間の目で実感出来るであろう。此処、日本の首都である東京某所であれば尚更に。

 しかし今日は違う。

 数多立ち並ぶビルに人の姿はない。道路には一般車両もトラックも走らず、歩道を歩く大勢の会社員も見られない。何時もであれば声はせずとも喧しい都市が、今は不気味な静寂に包まれていた。

 だが、それは誰もいない事を意味しない。

 道路には無数の車が並んでいた。一般家庭にある自家用車ではない。分厚い装甲と巨大な砲塔を備えた、子供でも知っている乗り物――――戦車だ。それも一種類ではなく、何種類も、自衛隊が保有する全種の戦車が集まっている。

 戦車は道路一本につき一台が配置され、それが何百両と広範囲に散開している。近くに随伴歩兵の姿はない。しかしではこの場に歩兵がいないかと言えばそんな事はなく、彼等は主にビルの屋上にいた。大きな筒状の、ロケットランチャーや対戦車誘導弾と呼ばれる類の武器を構えている。迫撃砲も多数設置されている。対して歩兵としては一般的な武装である自動小銃などは殆ど装備していない。火力重視の装備と言えよう。

 また車両は戦車だけでなく、自走ロケット砲と呼ばれるもの、装甲車と呼ばれるものも多数配置されている。戦車を除いた車両は一千以上の数があり、歩兵はその何倍も多く控えていた。

 これらの装備は、主に自衛隊のものだ。

 されどこの『戦場』にいるのは自衛隊だけではない。遥か後方……東京湾には米軍のイージス艦や潜水艦が航行していた。海上自衛隊の艦も多数浮いており、日米混成といったところか。

 ……それと非公式な上に無許可だが、中国やロシアの艦船が日本海側に控えている。本国の空軍機は何時でも飛べるように控えているだろう。何かあればとして駆け付けるため、と一方的な通知が日本国政府には届いている。

 各国の思惑はどうあれ、かつて世界にこれほどの戦力が結集した事があるだろうか。少なくともこの数十年はない。これからもない事が、人類には求められる。

 尤も、この戦いに敗北すれば嫌でも回避出来るかも知れないが。


【ギャリィー。ギャリリリリリィー】


 都市に満ちていた静寂を、甲高く上機嫌な金属音が引き裂く。

 地平線の彼方から声の主が姿を現す。体長百メートル。長く伸びた尾を左右に揺らし、二本の足でしっかりと直立歩行しながら、悠然とした歩みで道中の建物を破壊していく。大都会東京に建つビルはそれの大きさと比べて見劣りするものではないが、それは特段気にした様子もなく直進。何万トンもあるコンクリートの塊を粉砕しながら、歩みを一切衰えさせない。降り注ぐ光を浴びて燦々と白銀に輝く姿は、鋼で出来た肉体に見えるだろう。

 パンドラ。

 アメリカがそう名付けた人工知能、それが乗り移り、殺戮と破壊を振り撒いてきた鋼鉄のロボット……それがついに、日本の首都東京に足を踏み入れたのだ。

 一体なんの目的があるのか、未だ人間達には分からない。或いは、目的なんてないのかも知れない。しかしそんなのは些末な問題だろう。

 パンドラをここで破壊する以上、目的なんてどうでも良い事なのだから。


【ギャリリリ。ギャルリィィ……】


 パンドラは自分の行く手を遮る兵器の存在に気付いたようで、今までと質の違う『声』を出す。角の生えた小さな頭を左右に揺れ動かしたのは、周りの様子を探るためか。しかし歩みを止める事はない。変わらず速さで前進を続ける。

 待ち構える自衛隊や米軍も動かない。じっと待つ。パンドラが、作戦開始エリアに入ってくるその時まで。

 ただしパンドラの方から攻撃を始めれば、話は別だが。


【キャアアリリリリリィィィィーッ!】


 ただの稼働音の筈なのに、どうしてか喜々としたように感じられる『咆哮』を上げるパンドラ。

 次いで両肩部分が開くや、三本の筒を束ねたようなものが出現。それぞれの筒が自由に動き、別々の方向を向くや火を噴く。

 これがロケットランチャーだと人間達が理解したのは、何棟かのビルの屋上が爆炎で包まれてからだった。パンドラは人類側からの攻撃を受ける前にロケットランチャーで狙撃し、屋上にいた歩兵を正確に攻撃したのである。

 放たれたロケットランチャーの破壊力は凄まじく、着弾したビルは衝撃によって全体が歪んだのか倒壊を始める。時には周りのビルを巻き込み、粉塵があちこちで吹き上がる。数多の自衛隊員が、この一瞬で命を散らす。何万トンものコンクリートの瓦礫に揉まれては、最早肉体は欠片さえも残っていないだろう。惨劇と呼ぶ事すら生温い、非人道的な一撃だ。

 だがここまでは人間にとって想定内。パンドラが道中で繰り広げてきた悪逆非道の行いと比べれば動じるほどのものではない。

 先手を打たれた事を知るや、道路で待機していた戦車が動き出す。前進してパンドラを有効射程内に捉えるためだ。またパンドラ自体もゆっくりと(しかし百メートル超えの巨大だ。歩きでも時速八十キロは出ている)前進を続けており、屋上から動けない歩兵の射程内にも入る。

 今度は人類側の攻撃が始まった。

 歩兵が構えた対戦車誘導弾が放たれる。この誘導弾は赤外線を利用したもので、戦車など赤外線を発するものを識別して飛んでいく。高度な誘導性能を誇り、飛翔速度の速さもあってまず外さない。

 そして戦車からは徹甲弾が放たれる。徹甲弾は頑強で分厚い装甲を撃ち抜き、破壊するためのもの。榴弾砲ほど効果範囲は広くないが、貫通量では圧倒的に上回る。

 いずれの攻撃もパンドラに命中。無数の爆炎でパンドラの姿が見えなくなるが、一瞬の出来事に過ぎない。パンドラは自らの歩みで爆炎から飛び出し、その姿を再び人間達の目に晒す。

 攻撃を受けた身体に、これといった傷は見られない。

 厳密には少し欠けている部分、剥がれている部分はある。だがいずれも数秒と経たずに周りの装甲が蠢き、傷を修復していく。歩行速度にも変化はなく、なんの障害にもなっていないのは一目瞭然。パンドラ自身もそれを自覚しているのか、笑い声のような音を鳴らし、更に両腕を上げて自らの健在ぶりをアピールする。

 パンドラに搭載されたナノマシンの働きだ。与えたダメージが直る様は絶望的と評す事も出来るが、しかしこの場で戦う人間達は挫けない。

 何故なら、もう分かっている事だから。

 一立方メートル当たり十キロ……これは今までに撮影された映像記録から算出された、パンドラが持つナノマシンの修復能力だ。この性能自体は人類が保有するナノマシンの中で、特別優れている訳ではない。十分な資源と発電量があれば再現可能な水準だ。自衛隊による最初の航空支援で『大怪我』を負った時も、二度目三度目の爆撃でもこの修復速度に変化はなく、故にこれがナノマシンの限界であると考えられている。

 そして再生能力に『限界』があるという事は、それ以上の火力で攻撃すれば傷がどんどん蓄積していくという事。

 継続的な大火力攻撃――――作戦というのはあまりにも大雑把な、けれども確実にパンドラを葬り去る方法。科学的に相手が倒せる存在だと理解出来れば、人間は戦いに意義を見出せる。命を賭す戦いに全力を尽くせる。

 この場にいる自衛隊員達が、逃げも怯みもせず攻撃を続けられるのは、パンドラの『弱点』を知っているからだ。

 全方位からの猛攻により、パンドラの全身が爆炎に飲み込まれた。それでも自衛隊からの攻撃は止まない。一瞬でも時間を空けてしまえば、パンドラはその間に傷を直してしまう。言い換えれば絶え間なくダメージを与え続ければ、絶対に倒せるのだから。

 ただしその思惑は、パンドラがなんの対策もしなければの話だが。


【ギャギャギギギギギギィィ……!】


 攻撃を受けながら、パンドラは嗤うような音を出す。

 自衛隊の猛攻により生じた爆炎から、パンドラは悠々と姿を現した。その身体には、遠くから観察する限り傷らしい傷は付いていない。自衛隊は追撃を加えるも、やはり傷は何処にも見られず。

 作戦開始時と比べ、自衛隊の攻撃は決して勢いを弱めていない。むしろより苛烈なものとなっている。後の事など一切考えていない、援助された弾も全て使い切るつもりと思わせる激しさ。だというのに傷が減っているという事は、考えられるのは一つしかない。

 パンドラの防御力が、刻々と上がっている。

 パンドラのもう一つの性質だ。自意識を持つAIが搭載されたパンドラは、周りの状況から学習・成長する事が出来る。攻撃を受けた際に損傷を解析し、攻撃に対し適切な防御方法を算出。再生時に装甲の構造を変化させ、防御力を高めている……これまでに撮影された映像を解析した事で、人類はその能力について予測していた。そして無傷のパンドラは、人類の考えが正解だと物語る。


【ギャリリ!】


 傷がなければ修復にエネルギーと資源を使う必要もない。十分な『体力』を維持しているパンドラは、再び攻勢に出る。

 大きく腕を振り下ろしたのだ。とはいえ腕が狙う先には、自衛隊の兵器どころかビルもない。当然腕は空振りで終わる……そう、腕は。

 振るった腕の側面から、突起が生えていた。

 生えたというよりも出てきたという方が正確か。突起の先端には穴が開いており、直径数センチほどの『砲門』のようである。慣性を利用しているのか、腕を振るった際にその穴から小さなものが飛び出す。

 出てきたのは液体だ。

 ただしその液体は、溶けた金属で出来ていた。パンドラの『体内』で構成された特殊な金属であり、また射出口内部が捻じれているため弾丸のように回転しながら飛んでいく。回転には発射後の軌道を安定させる効果もあるが、しかし一番の目的は、命中した物体を事だろう。

 高速回転する液体金属は遠く離れた戦車に命中。自身と同等の砲撃に耐えるのが戦車の装甲であるが、液体金属はこれを易々と貫通してみせた! 液体の太さはほんの数センチ程度なため、直撃を受けても戦車や直線状の人間の身体に穴が開くだけ。しかし圧倒的貫通力のお陰で、更にその奥にある重要機関……エンジンにまで到達する。

 穴を開けられたエンジンからは燃料であるガソリンが漏れ出し、熱により爆発。戦車を内側から吹き飛ばした!

 人間達の間に混乱が広がる。ミサイルや爆弾と違い、高速で飛翔するたった数センチの液体金属を視認する事は人間には困難だ。情報分析のため配置された高性能カメラであれば捉える事も可能だが、解析には時間が必要だ。そのため現時点ではパンドラが腕を振ったら戦車が爆発したという、魔法染みた光景にしか見えない。


【ギャギャリリリィ】


 混乱する人類を尻目に、パンドラは上機嫌に唸る。調子に乗っているのかまた腕を振るい、今度は三両纏めて戦車を爆破させた。

 負けじと戦車部隊は砲撃を続けるも、パンドラからすれば解析済みの攻撃だ。装甲に傷すら負わず、悠々と腕を振るい、戦車を纏めて十両ほど吹き飛ばす。種が分かれば対処法もあるだろうが、今の自衛隊にはどうのも出来ない。


【ギギャギャ! ギャギギィー!】


 混乱する人類の動きがさぞ面白いのか。パンドラはけたたましく笑い、何度も腕を振るう。その度に液化した金属が飛び、数多の戦車を内側から爆破していく。

 この攻撃に唯一弱点があるとすれば、射程距離の短さだろう。どうやら二キロ程度までしか有効射程がないらしく、二キロ圏外にいる戦車は狙わない。だが、それはパンドラの攻撃から逃れられる事を意味しない。

 遠く離れている相手には、パンドラは腹部辺りから放ったミサイルをお見舞いする。人間や戦闘機相手に使った小さなものではない。長さ四メートルはあるであろう、大型のミサイルだ。大きな弾頭の中には大量の火薬が詰め込まれているらしく、戦車の分厚い装甲を正面から粉砕。砲塔諸共吹き飛ばす。

 ミサイルは一度に何十と撃ち出され、戦車を次々と破壊していく。無数に放たれたミサイルの軌跡が、まるでパンドラを飾る装飾かのよう。無論その華麗さに見惚れる余裕がある人間などいない。失われる戦力と命を前にして、段々と前線は平静を失い、崩れていく。

 これが普通の敵であれば、まだ希望もあった。激しい攻撃は弾薬の消費も激しい。全世界の国家から支援を受けた自衛隊と異なり、パンドラは単騎の存在。長期戦に持ち込めば弾薬が付き、遠距離攻撃も再生も出来なくなる……パンドラが普通の存在であれば。

 しかしパンドラにはナノマシンがある。

 大地を踏む足からは、銀色の液体が染み出す。それは自由に動き回るナノマシンであり、これが周囲に散らばる残骸――――ビルの鉄筋や壊れた機械、街路樹などの有機物を取り込んでいた。パンドラはただ歩くだけで補給が可能であり、人間の軍隊のようにわざわざ前線まで運ぶ必要すらない。物資面でも、パンドラの方が人類よりも優位に立っているのだ。

 戦闘力も補給も、パンドラが上。このような相手に戦闘で勝てる訳もなく、自衛隊部隊の後退が始まる。逃げていく人間達を見るとパンドラはますます上機嫌になったようで、頭も全身も大きく揺らしながら練り歩く。

 ――――これもまた、人間の作戦だと気付かずに。

 人間達は理解している。パンドラが強力な再生能力を持ち、攻撃を加えれば加えるほど頑強に変化していく事も。最初からこの苦戦は予測していた事である。

 パンドラは聡明なAIだ。少なくとも米国最高峰の頭脳を出し抜き、この鋼の肉体をまんまと得る程度には。しかしどれだけ賢くても経験がない。世界中のネット回線を探検し、得られた無数の知識も経験がなければ閃きに至らない。

 故にこれが誘導であると気付かず。

 進んだ先にあった地雷を、パンドラは無警戒に踏み抜いた。


【ギ? ギョ!?】


 踏み付けた地雷が炸裂し、戦車すら粉々に吹き飛ばすほどの大爆発がパンドラを襲う。しかしパンドラを驚かせたのは爆発の威力ではない。

 爆発により生じた大穴、その大穴に自らを引き寄せる重力に対してだ。

 穴の先にあったのは地下鉄だった。巨大で複雑に入り組む地下鉄は、言い換えれば空洞が無数にある領域。地雷で広範囲を爆破してしまえば、巨大落とし穴に早変わりする。さしものパンドラも空は飛べないようで、落とし穴にすっぽりと落ち、百メートル近い巨躯の半分ほどが埋もれてしまう。

 とはいえ戦車砲や迫撃砲の雨霰を受けても平然としていたパンドラに、この程度の攻撃が効く筈もない。パンドラは最初キョトンとしていたが、自分の状況を即座に理解。這い上がろうと藻掻く。しかし初めての経験に加え、巨体故の重さもあってか。掴んだ道路はボロボロと崩れ、中々パンドラは地上まで登れない。

 明らかな隙。そしてこの時を自衛隊は待ち望んでいた。ただし攻撃を行うのは自衛隊ではなく、米軍である。

 今まで遠方で控えていた米空軍の機体、数十機が編隊を組んで彼方から飛んでくる。超音速で駆け付けてくる戦闘機の姿に気付いたパンドラは、何か嫌な予感がしたのだろうか。今まで以上に急いで上がろうとする。だが力めば力むほど、道路は簡単に崩れてしまう。蟻地獄に落ちたアリのように、全く登る事が出来ていない。

 ついに米軍はパンドラを射程圏内に捉えた。すると戦闘機達は次々に爆弾を落とし始める。

 ただの空爆であれば、パンドラにとって大した脅威ではない。しかし此度米軍が投下したのは、数多ある爆弾の中でもナパーム弾と呼ばれるものだった。

 ナパーム弾の特徴は、爆弾であるが衝撃波による目標の粉砕を目的としていない事。ではどうやって攻撃するかといえば、中の薬品の反応により生み出された『高熱』をばら撒くというもの。つまり全てを焼き尽くすのだ。勿論こういった武器は生きた人間も標的であるため、敵兵や民間人を生きたまま焼く。あまりにも『非人道的』な殺し方故に嫌悪されている。

 アメリカも表向きは保有していないと語り、今回使用したのはあくまでとの事だが……実質的には同じようなものだ。相手がパンドラだから容認されているに過ぎない。

 加えて、理論上パンドラに対してこのナパームが最も効果的な攻撃だ。


【ギガ、ギ、ギギギギ……!】


 ナパーム弾を受けたパンドラは、段々と色合いが変化してくる。銀色の身体が赤く光り出したのだ。また心なしか、微かに大きさも増している。

 これは高熱により、パンドラの装甲が膨張しているという事だ。

 人間達は予測していた。ロボットであるパンドラを形成している金属は、恐らく鉄を多く含有している。製鉄所や鉄筋などを取り込んでいた事から、特に鉄が多く使われているだろう。そしてナノマシンは原子レベルの組み立てを行う事で自由に素材を加工するが、原子そのものを変化される事は出来ない。つまり鉄を取り込んだなら、鉄化合物として使うのが限度なのだ。

 鉄の融点は約一千五百度。対するナパーム弾の温度は一千三百度。ナパーム弾の炎で鉄を溶かす事は出来ないが、しかしそれだけ温めれば柔らかくなり、職人人間の力でも変形させる事が可能となる。更に高熱を帯びた装甲は膨張し、様々な部品を圧迫。動きを鈍くする、或いは破損させる効果が期待出来る。

 何より一番の利点は、原子の性質故に克服が難しい事。パンドラがどれだけナパーム弾に対抗しようとしても、物性までは大きく変えられない。鉄で出来た身体は、鉄と同じ弱点を持つ。

 今やパンドラの身体は人間でも穴が開けられるほど脆い筈。ましてや強力な兵器の一撃を与えれば、大打撃となるのは確実だ。

 熱さで苦しむパンドラ目掛け、一機の航空機から爆弾が落とされた。ナパーム弾よりも遥かに大きく、頑強な作りをしたそれは、対象を『穿つ』事を得意とする兵器。

 地中貫通弾だ。本来の用途は、核シェルターのような分厚い壁に守られた地下施設などを攻撃するためのもの。桁違いの質量と硬度から生み出される破壊力は、隕石の衝突を彷彿とさせる。

 度重なる攻撃で頑強となったパンドラの装甲であれば、この地中貫通弾の直撃にも耐えられた可能性は高い。だが今のパンドラはナパーム弾によって加熱され、その装甲は極めて柔らかい状態となっている。強力な『貫通』に耐えられるものではない。


【ゴギャアッ!?】


 地中貫通弾はパンドラに命中。胸部を撃ち抜いた! 柔らかな装甲は液体のように弾け、パンドラの身体に大穴を開けた。

 新たな傷跡は蠢き、直ろうとするが……その動きは今まで見せていたものより格段に遅い。高熱によりナノマシンの機能が低下しているのだろう。パンドラ自体はまだ停止していないが、機能が低下したのは鈍った動きを見れば明白である。

 高熱と強力な物理攻撃。日米の頭脳が集結し、東郷重工業開発者から提供された情報を以て編み出した本命の作戦は効果覿面だった。


【ギ、ギギギギギャギィィィィィィィィィ!】


 パンドラが雄叫びを上げる。周りにいる人間達を威嚇するように。だが手負いの獣に怯えるような人間は、生憎この場には一人もいない。更に手負いの獣に油断したり、ましてや挑発したりするような間抜けもいない。

 東京湾に待機していた日米艦船が動き出す。長射程の艦対地ミサイルが次々と放たれ、空高く飛び上がる。倒れて動かないパンドラを撃ち抜くために。

 更に周りにいる戦車や迫撃砲も攻撃を続ける。地中貫通弾ほどの破壊力はなくとも、熱くなった鉄を吹き飛ばすぐらいの力はあるのだ。更に在日米軍基地から続々と戦闘機が飛び立ち、追加のナパームと無誘導弾を落としに向かう。無論航空自衛隊の戦闘機も発進し、米軍と共にパンドラの頭上目指して飛んでいた。

 中露の出番はない。そう言わんばかりの大編隊大攻勢。事実、誰もがこのままパンドラを葬り去れると思っていた。決して驕りではない。落とし穴に嵌まったまま動けず、今にも装甲が溶けそうになっているロボットに、どうして負けると言うのか。油断さえしなければ、多くの人命を奪ったこの危険な兵器をようやく破壊出来る。

 それは確信であり、予想であり、想定である。

 つまり。

 この後にパンドラが起こした行動は、人智を超えた力の具現なのだ――――

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