第11話「新たな受難と暖かい感情」

第11話



「今日もコーヒーが美味い…。」

「もー、おじいさんみたいなことを言わないでください。」

 夏休みが明けた二学期最初の昼休み。

 僕と未来はいつもの場所で、昼食後の余暇を楽しんでいた。


 …なぜここまで話が飛んだのか。

 先にそれを話していこうと思う。


 あの後僕たちは坂本さんと、予定通り撮影可能エリアで合流した。

 坂本さんは、今話題になっているアニメのコスプレをしていて、一見しただけでは別人と見間違えてしまうほどだった。

 元々目鼻立ちが整っている彼女だったが、メイクをするとさらにそれが際立って素敵だった。


 それではなぜ今日まで話を飛ばしたのか?

 思っていたほどに僕たちは必要でなかったからだ。

 行く人行く人に写真撮影を頼まれて、そのすべての人に快く対応をしているその姿を見ていた僕たちは、その姿を只々見守っていた。

「あのー、坂本さん。」

「はい?」

「僕たちは、どうしたらいいの?」

「そばにいて欲しいです。一人だと心細いので。」

「…それだけ?」

「はいっ!」

 なんだか拍子抜けしてしまったが、当の本人がそれでいいと言っている以上、僕たちはそれ以上のことをしようとは思わなかったし、するつもりもなかった。

「皆さん、とても楽しそうでしたね。」

「だよね。いい言い方が思いつかないけど、あの世界って初めて見たからびっくりした。」

 本当に、みんなが楽しそうにしていて、一体となってイベントを成功させようという気持ちがにじみ出ていた。

 あの空間に差別などというものは存在せず、ベクトルが全く違うのに同じコスプレをしている人同士や、撮影をしているカメラマン、あとは僕たちのような付き添いの人もみんな、笑顔で楽しんでいた。

 ついてきてほしいと言われて少しだけ身構えてしまっていたが、結果的にホッとして帰宅したことを鮮明に覚えている。

 レインボークリエイターズというブースを見ることができたのも収穫だったし、あのイベントに行ってよかったとつくづく思うことができる。

 それでも…。

「2学期はもう少しゆっくりできるといいですね。」

「…なんか盛大なフリに聞こえるから止めてくれ。」

 本当に、9月以降は学校のゴタゴタに巻き込まれることだけは勘弁してほしい。

 今後はクラスメイトなど、身近な人との交流に注力できたらいいなと思っている。

「あと問題なのは、家族だな…。」

「そうですね…。」

 何だかんだで最後はそこに行きつくことになる。

(いつか通る関門だけど、まだ近くない未来なのかな…。だめだ、こういうことを考えているとよくないことが起こる。)

「祥太郎さん。今週末に私の家に遊びに来てください。」

「え、いいの?」

「はい。ずっと心待ちにしていたんです。」

「ん。それじゃあお邪魔させてもらおうかな。」

「はいっ。ありがとうございます!」


 午後の授業。

 物理教師の訳の分からない授業を永遠と聞いているなか、あの印象に残っているブースのことが頭をよぎる。

(ああいう風に、企業や業種によって変えやすい環境とそうでない環境があるんだろうな。)

 それではこの学校はどうだろうか?

 学校というベースがあって、年月こそ浅いものの共学というベーシックな環境に移行しようとしている。

 それならばなぜ、あそこまで大事になったのか?


 大まかに考えると、

・学校の歴史上の問題

・学校関係者や親、クラスメイトからの理解や配慮不足

・国の圧力


 こんなところだろうか…。

 少し考えただけなのだが、これが本当のことだとするとこんなに悲しいことはない。

(中立って何なんだろうか…。)

 このようなことを生徒に考えさせている時点で、学校としての体をなしていない気がするが、これ以上厄介なことが無いことを祈りたい。


 しかし僕の思いも虚しく、その時は訪れる…。

「失礼します。」

 この一言を聞いた僕は、一気に気を引き締めることになった。

「すみません授業中に…。少しだけ浦瀬とお話をさせていただくことはできませんか。」

 顔をのぞかせてきたのは僕のクラスの担任の先生で、授業中…、つまり他の生徒には立ち聞きされたくない内容の会話…、要するにそういうことだろう。

「僕なら大丈夫ですよ。勝手なお願いですが、僕もお話ししたかったので…。少しだけ抜けさせてください。」

 そう物理の先生に断りを入れて席を立った時、

「わ、私も行きますっ。」

 そう言って未来が僕の手をぎゅっと握ってきた。

 一気にどよめいた教室内を見渡して、これ以上ここで押し問答を繰り返すわけにもいかないと思い、未来も連れて教室を後にした。


「それで、今度は何ですか先生。」

「…もうお見通しか。」

「まるで悪役のテンプレのようなセリフを言わないでください。本当に人間不信になりそう なんですから。」

 冗談と取れなくもない絶妙な言い方で言うと、「本当に申し訳ない。」と言わんばかりの表情になった担任の先生は、静かに口を開いた。

「実はだな…。」

 先生が余りにもどもりながら喋るので代わりに書こうとしたが、とんでもないことが水面下で怒っていた事実を知って僕も驚愕した。

 先の一件が過ぎた後、政治関係者の保護者が政府与党の議員に、「口が達者な生徒がいる。」と、僕のことを話したらしい。

「大人って、なんでこうも大人げないことをするんですかね?」

 思わずそう愚痴を溢してしまったが、問題なのはそのあとで、その議員が僕と対面で話をしてみたいと言って来たそうだ。

 何故か?と問うと、そこまで身を挺してまで自分の意見をいう生徒は珍しいから、というのが理由らしい。

「あ、あの…!」

 僕と先生の会話を静かに聞いていた未来が口を開き、

「私も同席させてください。」

 と申し立てをしてきた。

「ああ、もちろんいいよ。気が擦れそうな話し合いになると思うけど。」

(話し合い、か。)

 担任の先生は、はっきりとそう言った。

 それもそのはず、相手は国会議員だ。

 思惑や他意が存在しない限り、わざわざ一高校生の僕と話をしに学校まで来るはずがない。

「先生。一つだけ約束してください。」

「な、なんだ?」

「先生だけは、僕たちの見方でいてください。そうでないと僕たちは本当にこの学校で生活をすることが出来なくなります。」

「…ああ。もちろんだ。教師である前に、俺も自分が立派な人間であると誇りを持ってこの職務に就きたいと思っている。ただ今回は…、本当に申し訳ない。」

「いや、いいんです。一度大きな経験をしているので、正直に言うとそこまで緊張はしていないんです。未来のことが主題ですよね。」

「ああ。詳しいことは知らされていないが、そのことで間違いないだろう。」

 そんな僕と担任の先生の話を聞いていた未来は、何か言いたげな表情のまま、僕の手を握ってきた。

「…私が転入するだけで、こんなにも大事になるなんて思ってもいませんでした。」

「一ノ瀬さん。君が思いつめるようなことではないんだよ。決して。」

「でも…。」

 一連の出来事で僕が頑張りすぎていたことを知っているからこそ、心配なんだろう。

「二人とも、歴史の授業はきちんと受けているか?」

「…人並みには。」

「そうか。それなら気が付いていると思うが、戦争はいつも誰が提唱し、始めている?」

「えっと…権力を持っている政治家や指導者でしょうか。」

 すると先生は、間違えていないといった表情で、深々と頷いた。

「隣国とは基本的に仲が悪いだろう?それはなぜだと思う?」

「…政治、ですかね?」

「そうだ。何かを決めたり判断をするとき、それをややこしくしているほぼすべてが、政治的な思惑や対立によるものなんだ。」

 そう言われると、極論のように聞こえてしまうが納得をしてしまう自分がいた。

 先生が何を言いたいのか、伝えたいのかはすぐに分かった。

「僕は…、未熟さゆえの考えかもしれませんが、この件はうやむやなまま終わらせるつもりはありません。」

 そう言い切った僕の表情をみた先生は、「凄いな、浦瀬は。」と感心したように言った。

(…未来がいる手前こういうしかないじゃん。)

 心の中でぼやく僕だったが、内心ではその国会議員が誰なのかとても気になっている。

「でも、ちょっと意外です。ああいう役人さんって自分の土俵に相手を上がらせて、そこで話をするものだと思っていました。」

「たしかにそのような場合が多いが…、少しドラマや小説の見すぎじゃないか?」

「議題は、教育改革重点指定校でしたっけ。それも関係しているんじゃないですか?」

「…なんでそこまで分かるんだ?」

「だって、学校の運営に関することを今更掘り返されるのもおかしな話ですし、そうでなければ国に関係することくらいしか無いですよね?」

 授業中に抜け出しているためこれ以上の話はやめることにして、僕は先生の連絡先を聞いておくことにした。

「未来への連絡は、必ず僕を通すようにしてください。」

 そう念を押して、今日の会議は終了となった。

 というか、僕の方から無理やり切り上げた。


 放課後になって、いつもならすぐに帰宅する僕たちだったが、今日は少しだけ教室に残って話をしていた。

 話と言ってもお互い会話と呼べる会話をしているわけではなくて、互いに向かい合っているのに遠くを見続けているような、そんな空間が出来上がっている。

「今度は国か…。」

「そうですね…。」

「なにがしたいんだろう?僕たち、普通の一生徒なのに。」

「…申し訳ございません。」

「謝らないといけないのは未来じゃないよ。」

(…なんて格好つけたこと言えるのも今だけかもしれないが。)

「色々と過渡期なんだよね、今は。」

「そうですね。」といった表情で、日が沈む校庭を見つめている未来。

 時刻は18時を過ぎるころだった。

「そろそろ帰ろうか。」

「はい。」

 まだ日が長いとはいえ、さすがに日中と同じ光量を取り込めるほど、この校舎もうまく出来ているわけではない。

 先に立ち上がった僕は、未来にそっと手を差し出した。

「…えへへっ。祥太郎さんと一緒にいるときは、お姫様になった気分です。」

「そんなたいそうなこと…。それでは、姫。なにかしてほしいことはございますか?」

「そうですね…。せっかく二人っきりなので、お姫様抱っこしてほしいです。」

「………。」

「してくれないんですか?」

 いきなり積極的になるものだからびっくりしてしまったが、教室には僕たち以外の生徒はいないし、べつにいいかと思った。

「ちょっと待ってて。」

 しかし校庭からはギリギリ見える位置に教室があるため、一応カーテンを閉めに窓際へと向かった。

 静かに閉めるカーテンの音が、教室内に響き渡る。

「な、なんか緊張するね…。」

「…。」

「未来ってさ、急に積極的になるときあるよね。」

「……。」

「ん?未来どうしt…。」

 僕の問いかけに反応がなかったので気になって振り返った瞬間、僕の頭を抱き寄せるかたちでキスをされた。


「「………。」」


 何秒くらい唇を重ねていただろうか。

 きっと数秒の間だけだったのだろうが、生まれて初めて時が止まる感覚を覚えた。

「…大好き。」

「それは、僕もだよ。」

 そのまま未来をお姫様抱っこすると、今度は頬にキスをしてきた。

「どうしたの?すごい積極的じゃん。」

「人生で一番幸せだからです。」

「…そうですか。」

「はい。」


 そのまましばらく教室内で二人の時間を楽しんでから、最終下校時刻に合わせて帰路に就いた。

 未来は僕があれこれと動き回っていることを、幸せだと言ってくれる。

 今の僕にとって、この一言はとっても大きな原動力になっているのは間違いない。

 しかし、もしも未来から「これ以上は関わらなくていい。」等と言われたら、その時は異論を言わず身を引こうと思っている。

 困っている人=助けを求めている人という考えは、現代社会では不正確だと考えているからだ。

 不正確という表現を用いたのは、断言できる確証が存在しないが故のことだが、干渉されたくないと思っている人ももちろんいるだろうし、その考え方は意外と流動的だったりするものだ。

 バスに揺られながら眠っている未来をそっと撫でながら、そんなことを考えていた。

 とりあえず、家に帰ったらもう一度学校や文部科学省のホームページなどを再確認する必要がある。

 ここを聞かれたときに答えられなかった場合、敗北したも同然だ。

(本当に、好きな人のためっていう原動力って凄いんだな…。)

 出会ってまだ半年もたっていないのに、だ。

 もしこの出会いが運命なのだとしたら、その先に現れる道もまた運命なのかもしれない。

 僕だって当事者の1人で、他人事としてないがしろにしたいとは絶対に思わない。

「頑張ろう…!」

 そう呟く僕の腕を、未来が優しくつかんでいた。

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