第10話「同人誌即売会その2~6色の作品~」
第10章
開場の時間になり、ゆっくりと待機列が動き出す。
決して列を乱さすに会場内へと進んでいく様を横目に見ながら、スマホで会場内の地図を確認している。
「坂本さんとの待ち合わせ場所って、どのあたりでしたつけ?」
「ここからそう遠くはなさそうなんだけど、着替えの時間があるみたいだからちょっとたけ他のプースも見てみない?」
「いいですねっ。プチデートみたいです。」
個人や同人サークルの頒布場所は、元ネタの知識がないので申し訳なし、が候補から外して、企業プース?というところを見に行こうと計画している。
(西棟に近い場所に並んでいるし、ちょうどいいだろうという。) ことで、未来と一緒に開場案内図を見てみる。
やはりというか、大手企業のプースが案内図だけ見ても目立っていることがうかがえる。
「どこか行きたいところある?」
「…すみません、よく分からないです。」
「そうか…。」
デートともなればある不鍍の下調べは必要なわけで、それでも全く分からない場所に来ているのだから、無難に有名な企業を…、と思ったとき、とあるプースが目についた。
「………未来ちょっと行きたいところが出来たから、そこに行ってみてもいい?」
「はい。祥太郎さんの行きたいところは、私にとっても行きたいところですのでっ。」
照れくさいことを言われてしまったが、着替えが終わるのが1時間から2時間くらいかかると聞いているので、その時間が来るまでに行くことができればいい。
目的地が決まると気持ちが楽になった。
いつの間にか動き出した列に従うように、僕達は会場へと入っていった。
「中もすごいね。」
「はい…。」
人混みが凄いのはもちろんのこと、きらびやかな装飾や大胆な演出が目に留まった。
しかしこれは予想通りというか、ひときわ目立っているプースは一流と呼ばれるような大企業が陣取っていた。
地元にいた頃に町のイベント会場の設営を手伝ったことがあって、この手のフースの組み方には多少の知識がある。
多くのプースがビームとボールという資材で骨組みを作るのに対し、大きなプースはトラスと呼ばれる資材を専用の留め具で固定して、大きなスクリーンやLED証明で一際目立つ存在になっている。
(それにしても…。)
館内を歩いているだけで幾度となく見かける、恐らくリーフレットの類が入っている大きな手提げ袋。
「可愛いけど…持って帰るの勇気いりそう。」
「ふーん…。」
「え、なに?」「ああいう女の子が好みなんですか?」」
ああいう…、というのはおそらく僕が可愛いと言っていたキャラクターのことだろう。
「いや、たしかに可愛いと思うけど、それだけだよ?」
「祥太郎さんが好みだと仰っていたお洋服や容姿と、だいぶ違うように感じますけど。」
「現実とは別問題だし、可愛いっていう言葉に込めてる感情の意味合いが違うから。」
「本当ですか?」
「本当です。」
そう言うと安心したのか、組んでいる腕の力が少しだけ柔らかくなった気がした。
「祥太郎さん…。ここって…。」
「びっくりした?」
「はい。こんなプースがあるとは思いませんでした。」
「だよね、」
レインボークリエイターズ。
レインボーと言っても7色ではなく、6色で構成されている、LGBTQの象徴とされるフラッグを意味する。
つい先ほどこのプースの存在を知って急いで調べたのだが、このイベントに出展するのは今回が初めてらしい。
このプースでは、LGBTQを取り上げている作品だけではなく、それを制作しているクリ工イターやスタッフ、企業にもフォーカスを当てた複合的プースとのことだ。
「考えたよな。」
「どうしたんですか?」
「BLだったりGLだったり、そういうジャンルのイ乍品って漫画やアニメのほうが見やすいなって思ったことない?」
「確かに、そうですね。」
「成人向けの動画を見たわけじゃないし勝手な偏見だけど、実写だと好みの人じゃないとなかなか見
れない人も多い気がしない?漫画でも沢山の描写があるから、一概にこの理屈がまかり通るなんて思ってないけど。」
「でもその気持ち、分かる気がします。なぜなんでしようか?」
「単純な考えだけど…、可愛く、格好良く描いているからだと思う。そもそもの話ね。」
「…凄い腑に落ちました。」
レインボーフェスというイベントがあることは、少し前にネットで情報を得ていた。
しかし今年度はすでに開催後だったため、来年に行ってみようと計画をしていたところだった。
この会場に出展している団体も、そのフェスを開催している団体と母体は同じようだ。
「こんにちはっ。」
「あ、こんにちは…。」
愛想の良いお姉さんに声をかけられて、一瞬言葉に詰まってしまった。
「ごゆっくり見ていってくださいね。」
「ありがとうございます。」
てっきり色々な話をされたり、なにかものを買わされたりするものだと思っていたから、少し意外だった。
プース内にはLGBTQを取り扱っている漫画や小説にアニメ…、広域的にBLやGLなどもその紹介に含まれていて、失礼な言い方だが想像していた以上に見応えがあった。
そしてこれもまた意外だなと思ったのが、自分たちの活動を知ってほしいという気持ちを前面に押し出すことなく、見に来てくれた人たちに自分たちの活動を紹介するという姿勢に徹していた。
(過去の自分に言い聞かせてやりたい
そう思ったものの、あのときは事情が事情だったのと、濁したことを言うと聞き入れてもらえなかったと思うから、仕方なかった。
企業の取り組みとしては、就業規則の中に性自認や性差別などを含むセク八ラ(同性の事案も含む)を禁止する旨を明記していたり、相談窓口を設けるなどの配慮をしているらしい。
「そうか…。」
「祥太郎さん?」
「ごめんな。」
「え、ど、どうしたんですか?」
「罧のこと、守れていた気になってたのかも。」
「私、とっても守っていただいていると思っていますよ?」
「なんというか…、 1学期の件だけど、もっといいやり方があったんだなって。」
「祥太郎さん。その件に関して、私は感謝の一言でしか表現できないほどに、嬉しかったですよ。私も自分自身がどうしたらいいのか、よく分かっていないんです。そんな私のためにあそこまで行動していただける方がいるんだって、本当に嬉しかったんです。だから…、そんな事言わないでください。」
優しく微笑むその姿を見て、救われた気持ちになったと同時に、気を引き締めないといけサよいことを再認識した。
先生から頼まれて始まったサポートだったが、自分の中で大切な存在になっている今、恋人であると同時に一番の理解者である必要があるし、そういう存在でありたいと思 う。
「せつかくの機会ですし、楽しみましようよ。」
「…そうだな。」
BLの歴史が書かれたバネルも展示されていた。
先述したかもしれないが、古い言葉では男色という表現がされていて、これが想像以上に長い歴史があることに驚いた。
とりわけ驚いたのが、自分がよく知っている…、というか今まさに日本史の授業で習っている有名な戦国武将が、貴族や少年との姦通があったという事実だ。
「日本って、世界的に見たら特殊な国なのかな?」
「どうでしよう…。文化の違いというのも、大きいでしようから。」
「まあ、そうだよね。」
まさかこのイベントで情報を得られるとは思っていなかった。
(SOGIEハラスメント…。そういうものもあるのか。)
今後また学校で何が起こるかわからないから、写真を撮って保存しておくことにした。
「トランスジェンダーに関する記述は、やつばり少ないですね…。」
「そうだね…。漫画やアニメでも、BLやGLはあってもトランスジェンダーを題材にしてる作品は少ないと思うし…、適切な言い方ができないけど、仕方ない部分もあるかも。」
これはあくまで自分自身も当事者であることが前提での言い方だ。
実際に調べたことがあるのだが、作品自体は無いわけではない。
しかし例えば、漫画や小説からアニメ化した前例は少なく、そのジャンルに興味や関心を示している人には見てもらえているが、それ以外の人の目にとまる機会が少ないというわけだ。
「男性向けと女性向けで絵柄が違うんですね。」
「それ、僕も同じこと考えてた。」
女性向けのほうがリアリティのある描写が多く、男性向けの作品は可愛さなどのある部分に特化した作品が多いように見受けられた。
そうしているうちに、どうしても聞きたい疑問が生じた。
「あの、すみません。」
「どうされました?」
とりあえず近場にいた女性出展者に声をかけてしまったが、愛想の良さそうな人で安心した。
「失礼なことを伺いますが、こういった作品を書いている方は、性的少数者の方が多いのでしょうか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。もちろんそういった方もいるかもしれませんが、御本人から言われない限り分かりませんし、むやみに詮索したりすることもしません。」
「そうですよね、すみません。」
「ただ我々は、少々特殊な現場で働いているので…。」
「どういうことですか?」
「好きなことや得意なことを仕事としていることです。音楽や映像の分野、あとは研究分野で働く人にも同じような方がいらっしゃいますが、自分が選択した状況に自分の考え方や気持ちがしていると、生きつらさが和らぐ事があるんです。」
「なるほど…。」
腑に落ちた気がした。
例えば作家では、就業時間は不規則かもしれないが、基本的に服装・髪型は自由で、自分の気持ちや思いを作品として世に発表することができる。
もちろん編集者や出版社などを経由するので、全部が全部自分の思うままに書けることでは無いだろうが。
(そこは仕事だからってところか。)
「彼女さん、可愛い方ですね。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「色々勉強されているんですか?」
「勉強、というほどではないですが…。」
そんなやり取りを見ていた未来が静かに口を開いた。
「いつも、私のことを守ってくれるんです。」
それを聞いた出展者のお姉さんは、微笑みを隠せないといった表情だった。
「素敵な彼氏さんですね。」
「はいつ。」
「ぜひその気持ちを大切にしてください。私も、そういう方に出会いたかったです.
(過去になにかあったのだろうか… ? ) 少し返答に困ってしまったが、
「大人の世界って、正しいことをすることが正解とは限らない場合があるんです。」
ブースを後にした僕たちは、さっき言われたことの意味を考え、話し合っていた。
「もう少しお話したり、プースを見ていたら分かったのでしようか?」
「とうかな=言今の僕たちには、一まだ分からないことのような気もするんだよね。」
あのお姉さんも、「今はわからなくていい。」といった口調だったため、それ以上のことを聞くことができなかった。
「自治体によっても企業によっても、明らかに差がありすぎるよね…。」
「仕方ないですよ。私は自分のこと、普通しゃないって思っていますから。」
そもそも普通の定義が固定観念化しすぎているのも問題のように感じた。
そして普通とは何なのか、これを世の人たちはどれくらい正確に回答できるのだろう。
「ここってさ…、多様性っていう言葉がぴったりと当てはまると思わない?もちろん僕たちとはべクトルが違うけどさ。」
「確かに、そうですね…。」
多様性という言葉クトルも、また多岐にわたる。
そしてこのイベントは、そのベクトルの中の一つの完成形のような感じがした。
そんななかでも、少なくとも現時点であのプースの存在意義は、大きいとしか思えない。
「しかし将来的には…。」
「あのブースが無くても、みんなが普遍的に生活できるようになればいい。そう思っていませんか?
「よく分かったね。」
「こういう時の祥太郎さん、いつも難しい顔をしていますから…。なんとなく分かるようになってきました。」
「左様でございますか。」
「はいっ。もっといろんなこと知りたいですっ。」
「お、お手柔らかにお願いします。」
そんな会話をしているうちに、坂本さんとの約束の時間になったので、少しだけ足早に撮影可能エリアへと向かった。
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