2 宵宮祭をたのしもう(3)

 村境まで路の悪い農道を進む間、弐座は自らの研究と瑞尾村の関連について得意げに語った。しゃべりたがりは生来のものか、自尊心の大きさからくるものか。彼の口ぶりはさておき、村と超能力の話は興味深いものだった。当然テーマパークの味つけとして、という意味で。

 彼の話はあまりにもオカルト色が強すぎて、未だに古典的なタコ型火星人や灰皿型のUFOを探す三流雑誌のようだった。研究者、と呼ぶには客観的な視点や分析に欠けているとすら思った。超常現象に熱をあげるマニアそのもの。要するに、彼もまた、テーマパークが求める典型的なお客さん像に適う人物なのだろう。

 曰く、この村では代々特殊な力の持ち主が現人神として崇められてきたのだという。

 古代のヤマト王権時代、戦いに敗れた豪族――土蜘蛛の一族が九州まで逃げのびてきたことが村の始まりだという。かの土蜘蛛たちはその特別な力故に狙われ、排斥された。そのため、今日までこの山奥の隠れ里で、細々と血を繋いできた。

 どこかで聞いたような話だ。ストーリーのアウトラインは平家の落人伝説と変わらない。そこに血に宿った力、というのがオリジナリティなのだろう。

 その力は一族の誰もが使えるわけではなく、より高貴な血筋をもつ者にのみ宿った。村は外界と完璧に隔てられたわけではなく、時折、同じような流れ者が村にやってきて外から文物を持ち込んだ。山奥の閉鎖された村では、血が濃くなってしまい断絶してしまう。客人を歓迎するのは、新しい血を迎え入れる意味合いもあるのだ、と弐座は語った。

 やがて外界の信仰の影響を受けた村は、力を持つ者を現人神として崇めるようになった。それが瑞上神社の起源。そして、今回行われる例祭というのは、村の繁栄と血筋の永続を願う意味があるとのことだ。

「その現人神が超能力者だと。いわゆる、まじないや予言的なことではないのですか? まさか、本当に念動力や透視能力みたいなものがこの村にあるわけじゃないでしょう」

 ぼくにしてみれば、超能力についても懐疑的なわけだが。弐座はごく自然に、超常的な力の存在を前提としてしゃべる。頭から否定して彼の論調が過熱することを危惧したぼくは、直接的に超能力への疑問をぶつけないことにした。

 しかし、ぼくの懸念は想定済みだという風に、弐座は人差し指を立てる。

「疑いたい気持ちはわかるよ。私の話を聞く人間は二種類しかないからね。端から信じていないか、狂信的なオカルティストだ」

「あの……失礼ながら。ぼくには作り話にしか思えませんね。そういう信仰があったとしても、現実に特別な力をもった人間がいるとは考えません。信仰をもつ人や、研究をなさっている弐座さんを否定したいわけじゃありません。ぼくがあくまで、信じないという考えの人間なだけで――」

「言い訳しなく結構。その態度は現代人の感覚として大切に持っておきたまえ。血だの、霊だの、超能力だの口にする人間は、九分九厘悪意がある。なかったとしたら、洗脳済みか、勘違いした善意の暴走で、君の平穏な生活を脅かす癌でしかない。無視しろと助言しておこう」

 さぁ、そろそろ車を降りよう、と彼が促す。

 気付けば農道が途切れ、小さな盆地の端に辿り着いていた。目の前には轍すらない藪が広がっており、人ひとり分の幅しかない林道がある。長らく人手が入っていないのか、すっかり繁茂した草木に塞がれてしまっている。とてもではないが、昨日までの美折の格好で入っていける場所じゃない。さすがに好奇心だけで踏み入るとは思えない。

「さぁ、行こうか」

 弐座はスーツと革靴のまま、何のためらいもなく藪へと分け入って行く。

「大丈夫なんですか?」

 色々な意味を含めて問いかけたぼくの声に、すっかり見えなくなった藪のなかから、ハハハと笑い声が帰ってきた。

 このまま立ち止まっていてもはじまらない。

 置いて行かれるよりはマシと、意を決して藪に足を踏み入れた。

「どうだね。やはり、思った通りだ」

 深緑の蔽いは数歩も行かぬうちにあっさりと抜けた。

「簡易的な人払いの結界といったところだろう。関係者以外立ち入り禁止の表示みたいなものさ」

 藪はほんの数メートルの深さしかなかった。その先があることを知っていれば、障害にすらならない程度のもの。山のなかに繋がっていると思われた山の端は、村を囲む小さな木立だった。どうやら瑞尾村は直接山に囲まれているわけではなく、山との間に林がある二重円の構造をしているようだ。それはぼくに、田園風景のなかに現れる鎮守の杜を思い出させた。

「御覧なさい。道切りのしめ縄だ」

 忠告された通り、木立の終わりにはしめ縄と木で作られたお札が提げられていた。進入禁止の標識だ。

「道切りまじないなら外からくる悪しき魔を防いでくれるのだろうが、これはどちらだろうね」

「どちらって」

「我々を逃がさないようにするための、封印かもしれないだろう?」

 不穏な言葉を放つ弐座。テーマパークだったとしても、口に出されることで近づいていくのを感じてしまうのだ。言霊というのだろうか。現実が少しずつ引き寄せられていく。因習村の重力に、その深い中心核へ。

 雨風で古びているが、腐り落ちてはいない。杉の大木に結ばれた縄の結び目は、苔むして年季を感じさせる。そこにあるかもしれない不可視の力を読み取らせる程度に。その真贋やぼく自身の信仰心は別として、ぼくの知識と日本人として育ってきた文化的感性がその一線を越えることをためらわせた。急激に、ぼくのなかに打ちこまれた忠告が重さを増した。禁忌を踏み越えることへの抵抗と同時に、異常な興奮感も胃の底から突き上げてきていた。

「大丈夫でしょうか」

 ぼくは本日何度目かになる言葉を吐き出していた。

「ふむ、ためらいを覚えるのも無理はない。ひとつ参考までに補足を加えよう。実は先ほどの車内での話には続きがあってだね。一時期、この村が秘匿してきた現人神の超能力が注目を浴びたことがあった。それは二十世紀初頭の透視能力実験に端を発するものだった。いわゆる千里眼事件というやつだ。米ソ冷戦時代には軍が超能力研究を行っていたなんて話もあるが、日本ではそれに先駆けて、戦前に超能力開発を密かに行ってきた歴史があるのだよ」

「その実験場所が瑞尾村だと?」

「残念ながら戦争終結とともに閉鎖してしまったようだが、その痕跡は今も尚残されている。そして私はこうも考える。大日本帝国陸軍が主導していた実験自体は終わってしまったが、実験の目的や方向性は村人たちの信仰心となんら矛盾のないものだった。村人たちは超能力を崇め、その力の存続と強化を望んでいた。軍が行っていた実験の意志と手法を受け継ぐという形で、今も超能力開発がこの地で行われているのではないか。私はそう睨み、実験の証拠を掴むためにこの村を訪れた」

「馬鹿な」

 今度は本心が口から飛び出た。土蜘蛛伝説の次は、帝国陸軍の超能力研究ときたか。設定や妄想にしたって装飾過剰だ。

「冗談や作り話だと思うかね」

「突飛すぎます。受け入れろという方が難しい」

「ハハハ、私も同意見だね。だから、論より証拠。予想や仮設を積み重ねるより、実物ひとつに当たってみたほうが研究は飛躍的に前進する。それがここ数日間、村を探り歩いた私の意見だよ。あと踏み込んでいないのは村境の外だけ。君は気にならないのか? 得体のしれない状況に置かれているというのに、なにひとつ事情を知らないままで我慢できるのかい?」

 そして、弐座は指示した。

 境界の縁、踏み越えないぎりぎりのところで目を凝らす。

 落ち葉の上、陽光に照らされて光るシルバーの人工物。見知った形のアクセサリー。それは去年の記念日に、プレゼントだといって買わされたピアス。誰の、何なのか、はっきりとわかった。

 ピアスは村境の外に落ちていた。

 ぼくがここに来るのをわかって、あつらえたような落とし物。

 これは舞台の小道具だ。物語を円滑に前進させるための、必然的偶然の産物。きっと罠に違いない。見えている罠だ。仕掛け籠のなかに置かれた生肉と同義のものだ。直感がホラーテーマパークのアトラクションチケットだと告げている。

 乗るか、乗らないか。

「君はどうするね」

 弐座は一歩踏み込んだ。

 しめ縄をくぐり、境界を踏み越えて、村の外に出た。けたたましい警報が鳴ることもなければ、農具を構えた村人が迫ってくることもない。何かあるとすれば、心のなかにあるためらいだけだ。

 しかし、よく計算されている。ぼくのことを知り尽くしている。来馬の仕業か、それとも目の前の弐座もキャストの一員なのか。それともすべてがそうなのか。

 ぼくが彼女を人質にされて、上郷美折を餌に使われて、引き下がれるわけがない。

「よろしい。行こうか助手君」

 ぼくは覚悟を決めて、一歩踏み越えた。

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