神の贋作は悩み考える

神の贋作は悩み考える -1

 告解部屋への赦しは、なにも信者だけではない。

 シスター達の祈りも、赦しもすべてが響く場所だ。しかしそんなヘロンベル教のマーレット教会でも、夜の告解部屋にくるシスターは限りなく少なかった。

 考えてみれば当然の話、シスターの就寝はとても早い。ここにくる機会があるならとっくの昔にピクシー様が誰なのか知られているし、あのような噂も広がらない。

 それは早い話が、シスター達が世俗への憧れの中で神へ背く行為を良しとしていないと理解しているからだった。

 いくら世俗に憧れても、染まっても。それでも自分が誰に仕える身なのかをわかっているこの教会では、夜の告解部屋と縁のないシスターがほとんどであった。

 そう、ほとんどであるだけですべてではなく。

「ピクシー様、どうか私の赦しを聞いてください」

 たまにこうして、シスターがくる事もある。

 五回のノックの後入ってきたその人物に、エヴァは内心驚きを隠せなかった。姿は小窓越しでもちろん見えないが、相手がどのような立場であるかは手元でわかる。

 ほんの少し見える服の袖は確実にシスターが着ているトゥニカで、もちろんエヴァが身にまとっているものと同じ。すらりとした手元は手入れがされているのか綺麗で、爪も傷一つなかった。 

(なぜ、こんな時間にシスターが)

 もちろん、人の事を言える立場にはない。ただそれでも目の前にいる存在は滅多にこない、言葉を選ばず言うならば珍客だ。小窓がなければ、エヴァはどういう顔をすればいいのかわからなかっただろう。

 そんなエヴァの動揺をよそに、目の前のシスターはゆっくりと告解を始める。言葉を選んでいると言うよりは、どこか直感的で。そしてなにより、感情的に言葉を零していた。

「神ではなく、一人の方に尽くしたいと思うのは罪でしょうか」

『私は、聖職者失格です』

「っ……」

 言葉の意味は、エヴァもなんとなくわかった。

 しかし縋るようなその声に返す言葉は一瞬悩んでしまい、どうすればいいのかわからなかった。

(それは、この場までこなくともいい事では)

 エヴァが悩んだのは、その点であった。

 神に救済され神が見ているヘロンベル教は、教典にこのような一節が存在する。


 神が人を救済し愛するように、人も人を愛する事は自由である。


 愛という感情を、神は見ている。

 つまり神は色恋に寛容であり、もちろん聖職者の身では婚姻まではできずとも婚姻で聖職を離れるのは自由とされている。だからこそ、祈りを捧げずともこれは許される行為なのだ。

(それなのに、彼女は……)

 聞こえてくる言葉ではなく心の声に、つい顔をしかめた。禁止がされていないはずのそれに、彼女は心から許しを求めている様子だったのだから。彼女の心にはどのような意味があるのか、エヴァにはわからずにいる。

「……神は、すべてにおいて平等です」

 この言葉であっているのかは、正直わからない。

 けれども目の前にいるシスターへと思いながら言葉を選び、エヴァは少しだけ目線を落とす。小窓からの、その綺麗な手が見えないように。あえて、心の声は聞きたくなかったから。

「あなたは、ずいぶん熱心なのですね。でしたら神は、あなたをお救い祝福してくださいます」

「…………」

 言葉は、ちゃんと選んだつもりだった。

 けれども返事は帰ってくる気配がなく、エヴァもどうしたのだろうと首を傾げた。

 長い、長い沈黙の後。


「そうですね――しかし、そうではないのです」


 そんな、やけに含みのある言葉だけがエヴァの中に残っていた。


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