神の贋作と秘密集会 -5

 小さな声が、普段は使われていないはずの小屋に響いている。

 それぞれ白い服に身を包み、なにかに隠れるように。声の数から四人のそれは、まるでなにかに怯えるように言葉を交わしていた。揺れる数本のロウソクだけが頼りのそこは、世界から切り離されたように薄暗かった。

「ごめん、もしかしたらバレたかもしれない……!」

「なにやってんの、相手は」

「確かエヴァとリベリオ様よね」

「あの二人なら現院長派じゃないから、どうにかなるんじゃ!」

「あぁもう、こういう時に限ってコーラルはどこなの!」


「――こんな夜に、なにをやっているのですか?」


 そんな、四人しかいなかったはずの小屋で二つの影が顔を出す。

 二つの影である祭司とシスター――リベリオとエヴァは、声のする方を一点に見ながら、ドアを塞ぐ形で肩を並べていた。エヴァの手元では、不気味にロウソクが揺れている。

「ひっ!」

「え、エヴァ……」

「ねぇ、なにやってんの――アンナ」

 そこにいたのは、エヴァと交流があるアンナと給仕を担当する食堂役のサバナ、それから他の集会役であるシスター二人だった。

「え、えっと、それは」

「隠さなくていいよ、わかってるから……ここにいるメンバーが、この小屋で秘密の集会を開いていたんだよね。子ども達のための、秘密集会を」

 改めて、言葉を選んで整理していく。

「おかしいと思ったのは、アンナが集会役の部屋にいた時……あの部屋は関係しているシスターなら誰だって出入りするけど、慈善役のシスターはそうでもない。確かに声かけとかならわかるけど、それでもあの時のアンナの様子は明らかにおかしかった」

「もう、アンナ……」

「ごめん……」

 申し訳なさそうに目線を落とすアンナを横目に、エヴァは言葉を続けていく。

「あとはサバナ……ビスコッティはかなりのバターを使いますが、あれは余り物ではありませんね。おまけにお菓子のゴミまで……市販のキャンディは、子どもに配る事はあっても私達シスターが食べる事は少ない、厨房にゴミがあるという事は、外で配った以外に教会内で食べたという事」

「エヴァ、そんなとこまで見てたのか……」

 工面云々については、あくまでも心の声の話のため触れないでおく。しかし、それだけで四人にはじゅうぶんだったらしい。

 最初こそ言葉を選んでいる様子だったが、すぐに食堂役のサバナが代表をするように一歩前に出る。

「……そうよ、ここで夜に集まってスラムの子達とご飯を食べたり遊んでたの。昼間は少ない賃金でも働かなければいけない、けれども文字を読めないとなにもできない……そんな子達のために、私達はなにかできないかとなったの」

「……就寝時間を過ぎてから人を集めるなんて、怒られるとわかっていても?」

「うん……けどねエヴァ、これをしないとあの子達は生きる術がないの」

 サバナやアンナの、言う通りだった。

 スラムの子どもや明日の食事にすら困っている人達には、元々慈善役と呼ばれるシスターがパンなどを配っている。しかしそれも一種のパフォーマンスであり、数や回数は決められていた。人は、それだけで足りるわけでもない。本当に困って、お腹をすかせている人々に満足な量行き渡っていないのが現実であった。

「……そこで、この集会だったのね」

 今まで入った事はなかったが、中には文字を教える本や子どもの好きそうなお菓子がそこらかしこに置かれている。

「……あなた達、お菓子一緒に食べてたとかは」

「そ、そんな事ないわ!」

「そうだよ、食べてない!」

『この前食べたお菓子は美味しかったなぁ』

『フルーツケーキが美味しかったのは黙っておこう……』

 口よりも心の方が正直で、エヴァも返す言葉に悩んでしまった。

(……なるほどね、だから黙っていたという事かな)

 もちろん、こういった行動はシスターという聖職者の身において褒められたものではない。しかしそれは本人達もじゅうぶん理解をしていて、覚悟を決めてのものだったようだ。

 お菓子をこんな夜に食べている事への後ろめたさもある様子だったが、それについては黙っておく事にする。

 目を伏せて怯える四人を見ていると、とんとん、と肩を叩かれたような気がして。

「シスター」

 エヴァにすら聞こえるか聞こえないかの声で、リベリオが呼んでいる。

「……なんでしょう?」

「反省しているか、確認とかはできないか?」

 またこの人は無茶ぶりを、と思った。

 これで四人にバレたらどうしてくれるのだろうと思いつつ、エヴァはじっと目の前の四人を見ていた。

『リベリオ様もエヴァも怒ってる……』

『悪い事をしたとは思ってないけど、これが正しかったのだろうか』

『もっといい方法、あったのかな』

『ごめんなさい、追い出さないで……!』

 聞こえてくる言葉はどれも反省で、自分達が悪い事をしたとは思っていないのが当然ではあるが、同時に正規の方法ではないとわかっている。

「……どうやら、四人とも反省はしているみたいですよ」

 だからリベリオに、その事実だけを伝える。

「そうか、ありがとう」

 そのエヴァの言葉を、どう受け取ったのか。

 リベリオは一瞬だけ目を伏せると、すぐに肩を落としながら祭司としての仮面を付ける。

「……一つ伺いたいのですが、これは誰が発案でやったのでしょうか?」

「それは……」

 一瞬、時間が止まったような空気が流れる。

 誰が言うべきなのか悩んでいる様子だったが、代表するように一人のシスターが口を開いた。

「……こ、コーラルです」

 やっぱり、とリベリオもエヴァも同じ事を思った。

「元々、集会にきてた子どもがご飯すら満足に食べれないと話していた事がきっかけで、それでコーラルは私達に声をかけてこの集会をやってたの」

「アンナは慈善役、私は食堂役だからね。私ら以外にも、この集会に関わっているシスターはみんなそういった役をもらっているメンバーだ」

 サバナの言う通りだった。

 慈善役はお腹をすかせた子どもを見つける事ができ、食堂役は食材の管理を担当している。集会に必要な物を集めるのは、この二人が適任であった。

(それにしても、アンナの傍にいたのに全然知らなかった……)

 思えば、彼女の心の声はノイズが時折かかっている。それだけ意志が強いのだろうとはわかっていたが、ここまでとはさすがのエヴァも知らなかった。

「それで、そのシスターコーラル本人はどちらへ?」

 リベリオがわざとらしくキョロキョロと周りを見るが、コーラルらしき姿はどこにもなかった。結局、今日は一度も見ていない気がする。

 四人も四人で少し悩んだように顔を見合せていたが、すっとアンナが代表して口を開く。

「それがね、エヴァ……コーラルが昼からいないの」

「シスターコーラルが、いない……?」

 いなくなった、という言葉に反応したのは、エヴァよりもリベリオの方だった。あからさまに身体を揺らすと、アンナの顔をじっと見ている。

「今日は元々集会もない日で臨時だったからいいけど、そもそも教会内で一回も見てなくて……」

「コーラル、時々なに考えているかわからない時あったからね」

「けど、教会内にいないなんて今までなかったよね」

「確かに、それはなかった」

 四人の誰も、コーラルの居場所を知らない。

 そしてエヴァも、これだけ回廊を回っていたのに会っていない。そんな事が、あるのだろうか。

 いくらシスターの多い教会だからと言っても、それはあまり考えられない事だった。

「心当たりとかは……」

「ないね、リベリオ様に集会がバレそうってなってたし逃げたんじゃない?」

「けどサバナ、書置きとかもらってないもんね」

「コーラル、書置きとかするタイプじゃないよ……私も、なにも聞いてないし」

「やめるなら噂でも話を聞くと思うけど……」

 口々にコーラルを心配する言葉を言うが、それでもどこにいるのかわからない。まるで最初からいなかったかのように、今日彼女の姿を誰も見ていなかった。

「となると、やはりシスターサバナの言う通り逃げ出したのでしょうかね。シスターとしての生活に耐えられなくなるとはたまに聞きますので」

 そんなリベリオの言葉に、エヴァは納得がいかない。

(……逃げた? 本当に、そんな簡単な話なのでしょうか?)

 エヴァの知っている限り、シスターコーラルという存在はかなり男勝りだった。男勝りであり、言うべき事ははっきり言うタイプ。周りの事を考えて動くからこそ集会役として集会のトップになっているような彼女は、もちろん生活が嫌になったりバレたからと言って逃げ出すような性格ではない。

 なによりこれが自分の意思ではなく失踪となると、話が変わってくる。そう思いながら隣のリベリオの顔を盗み見ると、案の定なにかを考えるように険しい顔をしていた。

「……ひとまず、皆さんは他のシスターが気づく前に部屋へ戻ってください――スラムに対する救済は、改めて正規の手順で検討をしますので」

 その言葉を、四人はどう思ったのか。

 どれも悲しさとかではなく安心したような顔で、顔を見合わせながら小さく頷いていた。

「ありがとうございます、リベリオ様」

「お先に、失礼します」

「ありがとう、エヴァ」

 口々に二人へ声をかけると、バレないよう静かに四人は小屋を出ていく。

 そんな四人の後ろ姿を見ていると、リベリオにシスター、と呼ばれた気がした。

「今なにを考えていた」

「いえ、特に大した話ではないのですが……」

 どう言えばいいのかわからず、言葉が澱んでしまう。

 言葉を選び、どういえばいいのか考えて。

 それでも答えは見つからなくて、エヴァは諦めて力なく首を横に振る。

「――私には、彼女達の行動がわかりません」

 長い沈黙の先に零したのは、そんな否定の言葉だった。

「わからない、と言うと?」

「彼女達は、なぜあそこまで寄り添う事ができるのでしょうか」

 一息、長く一息を吐く。

「夜は神も眠る時間、だから夜は暗いのだと神話には記載されています……だからこそ、ヘロンベル教では夜の行いはどれだけいい事でも神に見てもらう事がない。なのになぜ、どんな行いをしても神は見ていないのに、孤児やスラムに寄り添う事ができるのでしょうか」

 エヴァですら、話を聞くまでしかする事ができない。誰かのために行動をするなど、リベリオがいて初めてできている事であった。

「人への救済がヘロンベル教の目的ではありますが、シスターとして無断の集会を……ましてや深夜にする事は懲罰の可能性が高くなります。それなら直談判などやり方もあったのに、こんな風に内緒で集まってまでやっていたという理由が、心の声しかしょせん聞けない私にはわからず……」

 私の言える事ではありませんが、と言葉を添えた。

「……シスター」

 自分の保身ばかりが響く告解部屋の外には、今までの自分には理解できない声が溢れていた。

「――答えは、見なければわからない」

 リベリオの言葉を、そっと呟く。

「――人の心は、美しい」

 続けて、前院長の言葉を。

 どちらも正しい事ではあったが、結局告解部屋にいたところでわからなかった事が多いのも事実。部屋の外へ出るだけで見れた世界は、前院長の言葉から得られるものではない。

(……やっぱり、先生だって嘘つきだ)

 そんな、言葉にできない事をそっと胸にしまい込む。

 スラムの子どもの事も、今回の事も。シスターエヴァという存在が神の贋作や真似事だと思っていた本人からすれば、世界の見え方もずいぶんと変わっている。

 例えば、背中を向けて歩いていく四人のシスターだって。

 そんな事を思いながら、また四人に目を向けて――


『あぁ、バレちゃった』


「…………え?」

 反省をしているわけではない、しかし皿を割った子どものような少し悲しそうな声。

 それが誰の声だったのか、エヴァにはわからなかった。

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