神の贋作は無垢に触れる -6
拙い歌は暖かく、教会の一角で楽しげに響き渡っている。
中心にいるリリアは楽しそうに、そしてどこか嬉しそうな表情で頬を緩めていた。
あのスラムでの一件からしばらく経った頃、リリアの誕生日会は無事に開催をされる運びとなった。無事ではあったが巻き込まれたのはエヴァとリベリオであり、せっかくだからと言いながら子ども達の準備を手伝っていたというおまけ話付きだ。
それでもリリアの表情を見ていると不思議と嫌な気持ちにはならず、むしろ達成感のようななにかがエヴァの中にある。少し離れた柱にもたれかかりながらそんな事を考えていると、ふと誰かの影が背後から近づいてきて。
「シスター」
ふいに、声をかけられる。
近くに誰もいないからと表情を崩しているリベリオは、なにやら勝ち誇ったような笑みをエヴァの方へ向けていた。それがなんだか面白くなくて、エヴァは目を細める。
「一緒に入ればいいじゃないか」
「私にパーティーは似合いませんので」
「パーティーの似合わない人間なんているのか?」
「います」
仮にも教皇の息子だから、パーティーの一つや二つは慣れているのだろう。涼しい顔で言うリベリオを睨みながらも肩を落とすエヴァとは真逆で、リベリオは少しだけ楽しそうな表情を浮かべている。
『シスターはじゅうぶん似合いそうだがな』
なにを根拠に、と喉元まで出た言葉は咄嗟に飲み込む。
(それより、結局わからずじまいでした)
あの時、リリアに調査をすると言った時に聞こえた声。
あいつ、やそれに関連する事はどうやら彼にとって収穫がなかったようで、あれからそれらしい声は聞こえてこなかった。ざりざりとしたノイズも聞こえる事はなく、聞き間違いだったのではと錯覚してしまいそうなほどだ。
(気にならないと言えば嘘ですが、それを聞く義理は今の私にありません……)
だから、これ以上は触れない。
それが心の声という存在と長く付き合ってきたエヴァの、自分なりに見つけた立ち回り方だった。
あの不快なノイズを忘れるように小さく首を横に振ると、ふとリベリオの顔が視界に入る。目を細めながら、静かにエヴァの事を見ていた。
「――シスター」
「……はい」
少し真剣な、低めの声に思わず反応をする。
なにを言われるのかと待っていると、どこかイジワルな表情を浮かべていて。
「今回のシスターリリアの事は、告解部屋にいてわかった事か?」
その言葉にどんな意味があるのか、エヴァはわかっている。
一瞬だけ悩んだように下へ目線を落とし、呼吸を整えて。
「…………」
小さく、首を横に振った。
悔しいが、リベリオの言う通りだった。
きっと告解部屋から出なければ、少年の無垢な優しさにもリリアの心配する心にも触れる事ができなかった。それは、リベリオが正しい。けど同時にそれを否定したいと思っている心もあり、自分の事ながら素直じゃないと呆れてしまう。しかしそうでもしなければ、エヴァは今日までの時間をすべ否定する事になるから。だから、その意味も込めてもう一度首を横に振る。
「しかし、私はあの部屋に答えがあると思っているので」
「強情だな……」
リベリオが零した言葉は、大して気にならない。
それも、合っているから。シスターエヴァは、強情であるから。
(けど、やはり)
それでも、エヴァの中にあるのはあの時少年から聞こえた嘘偽りのない言葉。
私利私欲と自分の保身のためばかりを並べる人々とは似ても似つかないその声からは、純粋無垢でリリアの事を心から祝いたいという気持ちが伝わってきた。
エヴァは、あの告解部屋で数え切れないほどの懺悔や後悔の声を聞いてきたつもりだ。しかしそれはどれも根本にあるのは罪に対する意識で、あの少年から聞こえたものとは違う。はたしてこれが告解部屋でも聞く事ができるかと聞かれれば、エヴァの答えはノーである。
(告解部屋がすべてを教えてくれると、そう思っていた)
だからエヴァには、不思議な感覚だった。
告解部屋が、神の真似事である行為だけでは知る事ができなかった。それを教えてくれたのは、神ではなく目の前にいる偽物祭司で。
「……リベリオ様」
「なんだ」
相変わらず表情は乏しいが、それでも比較的優しい声は作ったつもりだ。
そんな少しだけ雰囲気が違うエヴァに、リベリオも気づいたのか。名前を呼ばれて、少しだけ反応をする。
「――今回は、リベリオ様のおかげで新しい声を知る事ができました。ありがとうございます」
「っ……!」
その言葉に、なにを思ったのか。
リベリオは少しだけ驚いた表情を浮かべたと思うと、若干頬を赤らめている。なにが起きたのかわからずいると、リベリオの方が逃げるように顔を逸らしてきた。
『今少しどきっとした』
(どきっと?)
教会所属の孤児院で育ちそのままシスターになったからこそ聞いた事のない音で、エヴァにはわからなかった。
「リベリオ様、今聞いてしまったのですがどきっとする意味はどんなものでしょうか?」
「……一応聞くがシスター今のはわざとか、それとも知らずか」
「……?」
首を傾げるエヴァを見てすべてを悟ったリベリオは、深く息を吐く。
「……シスターは生きていくのが大変だろうな」
「今のところは、問題ありませんが?」
また心の声から聞こうと思ったが、今度はノイズがかかっており上手く聞き取る事ができない。
少しだけつまらないなと思いつつも、楽しげな声は今も聴こえてくる。
心の声は聞かずとも、じゅうぶんなほどだった。
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