第6話 MPポーションのエポン

▽第六話 MPポーションのエポン


 さて、王女を追い払ったことにより、ぼくの計画は著しく狂った。


 無事に王女が王都とやらに帰還すれば、こちらに兵士を送り込んでくるかもしれないのだ。ぼくたちの対応にぶち切れた腹いせに、である。


 あの王女は人を人とも思わぬ、最悪クソ女である。

 自分の気晴らしのために軍の動員――税金の浪費だ――を躊躇わぬだろう。


 奇しくもあの王女のお陰で、ぼくの当面の目的は定まった。

 ぼくを含めた周囲と幸せに生きること――このような壮大で至難なテーマを抱えてしまった。一部の人にとって、これは容易い、矮小な夢に思われるかもしれない。


 だが、ぼくにとって、この夢は夜に見る夢くらい手が届かない夢だった。

 かつての生にて、ぼくは何もできなかった。ただベッドの上、苦しみと痛み、申し訳なさや絶望、それに耐え続けるだけの日々である。


 誰かを守る贅沢さえ許されなかった。


「でも、今のぼくは違うんだ。……誰かを守る贅沢を味わってやる」


 そのために必須なのがダンジョンの強化、配下の強化、ぼく自身の強化の三本である。これがなければ一国の軍隊には及ばない。

 絶対に防衛してみせる。

 力がいる。すべてを圧倒できるような無双の力が。


 ゆえにぼくは現在――ダンジョンコアの前で寝転んでいた。


「はあはあ、ダンジョンコア……思っている以上に強敵だ!」


 ダンジョンを強化するために必要なのは、何を置いてもポイント。

 しかし、敵をダンジョン内に入れることはリスクである。何よりも、ぼくもリンもオトもレベル1の弱小である。

 下手に戦いに行くことは危険だ。


 ゆえに、ぼくがまず試したのは、ダンジョンコアに直接、魔力を注ぎ込む方法だった。安全にポイントを稼ぐ方法である。

 幸い、ぼくはユニークスキル『明けない夜の蹂躙者ネバーエンド』がある。これによってその日に抱いた女性と同衾する際、MPとHPを増やすことが可能なのだ。


 MPは多い。

 そのすべてをコアに注ぎ込む。中々にポイントは上昇してくれた。

 数日前の山賊たちから得たポイントも合わせ「773」ポイントも入手している。


 ただし、やはり直接交換は効率が悪い。

 某クッキーを量産するゲームで例えるならば、なんの設備もなしにクリックしているだけの状況だ。効率は酷いし、何よりも疲労してしまう。


「せめて眠る以外の方法でMPが回復できたらな……」

「旦那さま」


 ぼくの頑張りを見ていたオトが、淑やかに微笑んだ。


「だったらMPポーションを使えば良いわ。あるいはMP自動回復のスキルを入手するか……オススメは前者ね」

「MPポーションねえ。ほしいんだけど……」


 ぼくはオトの息をのむような美貌を見つめる。

 おそらく、いやさ確実に――MPポーションは擬人化の対象内なのだ。


「うーん、でも四の五の言ってる場合じゃないか……覚悟を決めよう」


 美少女を増やす覚悟である。

 今のところ、呼び出したダンジョン生物たちは、全員がぼくに対して好意的だ。その事実が少しだけ恐ろしい。

 離反されるよりは良いのだが、前任者たちがすべて「性的な死因」を持っている。


 数を増やすことには、慎重にならねばなるまい。

 いや、誘われても断れば良いのだ。リンのように生態的に必須、であれば話は変わってくるけれども。

 少なくともMPポーションにそのような生態はないだろう。


 呼び出すことにした。

 ぼくはダンジョン・コアを操作して「アイテム」欄からポーションを検索してみた。そこにはずらり、と多様なポーションが並んでいる。


 下級HPポーション。中級HPポーション。上級HPポーション。

 下級MPポーション。中級MPポーション。上級MPポーション。

 エリクサー。

 火炎ポーション。爆撃ポーション――などなど、である。


 選ぶのはMPポーションである。

 が、予算の関係で選択できるのは、下級MPポーションだけである。できる限り上等なポーションにしておきたかった。

 欲を言えばエリクサーがほしくて堪らない。絶対つよい。


 だってポイントが二億だもの。

 今の全財産が773に対して、である。

 ぼくのダンジョンポイント、少なすぎ……?


 溜息を吐きながら下級MPポーションを召喚した。


       ▽

 召喚の輝きが終われば、そこには白衣を身にまとった、小柄な美少女が座っていた。ぶかぶかの白衣は袖が余っている。

 頭髪は鮮やかな虹色。多種多様な色が入り交じっているセミロング。


 ゲーミングカラー、ではあるが、発光はしていないので目に優しい。ただ綺麗だ、とだけ感じさせる色合いだった。


「くく、くくくく」と少女が嗤う。


 ほんのり俯き加減だった美少女が顔をあげる。

 にんまり、とその美少女は意地悪そうに口元を歪めていた。


「やあやあ主くん。ボクは擬人化されたリビング・MPポーションのエポンさ。よろしくね、主くん」

「エポン……? えっと名付けるのってぼくなんじゃあ……」

「今までの名付けのパターンから、ボクが先に予測して答えを用意しておいたんだ。よくできた従僕というのは、あるいは性奴隷というものは、主人の願いを先んじて提供するものだよ」

「いや、性奴隷じゃないけどね」

「おや、その顔はボクのおっぱいを揉みし抱きたい、という顔だね。良いだろう。脱ごう」

「いや、そんな器用な顔はしてないって! そういうことをするために呼んでないから」

「絶倫スキル持ちがよく言うよ。ボクの身体に発情しているくせに」


 そう言って立ち上がるエポンの肉体は、たしかに可愛らしく、男性としてはそそられてしまうのも無理はない。

 決して大きくはないが、白衣を押し上げる胸部。

 細い腰つきは抱き締めたくなる。また、彼女のまとう白衣は、ミニスカートのようになっており、その下にはなにも穿いていない。

 柔らかそうな太ももは、きっと握れば手に吸い付くようだろう。


「くく」


 と嗤い、MPポーション――エポンはぶかぶかな袖を使い、己が胸を持ち上げる。蠱惑的な表情の中、ぼくを嘲るような色が見え隠れする。

 その嘲りは愉悦の色をしている。

 ふいに洞窟の無機質な空気が、甘くなったように錯覚する。


「早速、試してみるかい、ボクの使い心地」

「そ、それは……」

「くく、遠慮しなくても良いともさ。ボクだって死にたくはない。ダンジョンコアを成長させるためには、キミのMP量を増やさねばならない。オトくんにリンくんに続き、ボクも抱いて四人で眠れば、MPの成長はより加速するだろう?」

「いやでも、あんまりたくさんの人とそういう関係になるのは……」


 口ごもるぼくに、ずいとエポンが距離を詰めてきた。互いの吐息が混ざり合う距離で、エポンは切なそうな声を出す。 

 虹色の髪が、鼻先をくすぐる。上目遣いで見つめられる。紅い唇。


「ボクの魅力は落第かな?」

「そんなことはない、けど」

「だったら、ボクを好きにしてほしいよ。ボクは主人であるキミのことが絶対だし、ダンジョンの運営にも貢献したいんだ。……女の喜びって奴も知りたいしね」

「……うう」

「キミがハーレムを我慢してくれれば、ボクは幸せになれる。それにいつか絶対にキミを満足させて幸せにもすると約束しよう。それでも駄目かい?」


 どうだい? とエポンが猫なで声をあげた。

 ぼくは俯き、頷くことしかできなかった。嫌なわけではない。むしろ、男としては嬉しい限りであり、俯いてしまったのは――紅くなっているであろう顔を見られないためだ。

 異世界であるていど経験を積んだとは言えども、美少女との近接戦は不得手である。


「良かった」エポンはうっとり呟き「じゃあ、次はMPポーションとしてのお仕事だ」


 そう言った。

 そう言って、彼女はぼくの唇を――奪った。艶めかしく、生暖かい舌が口内に侵入してくる。ひとつの生き物じみた動きをする舌が、ぼくの口内を舐め回す。


「ん、んん!?」

「ちゅ」


 突然の行為に動揺し、ジタバタともがくぼく。

 エポンの腕が後頭部に回され、ギュッと抱き締められる。口内の快楽と同時、柔らかな膨らみが押し付けられる幸せ。

 凄まじい量の唾液が、ぼくの口に送り込まれていく。


 妙に甘い。

 もしかして、これは――、


「ぷはっ――くく、主くん。キスというのは良いものだね? ハマってしまいそうだ……」


 離れた唇と唇との間に、唾液が糸をひく。

 ぺろり、とエポンは美味しそうに、ぼくの唾液を飲み込んでしまう。そのエロティズムに溢れた様子にドキリとさせられるも、今はそれどころではなかった。

 唖然と己が肉体を眺める。


「MPが回復してる……」

「ボクの能力であるMP回復スキルさ。体液を摂取させることにより、摂取者のMPを回復させてあげることが可能だよ」

「えっと、つまり――」

「ダンジョンポイントのためには、これから毎日、ボクとちゅちゅいちゃいちゃせねばならないね、主くん?」


 そんな幸せな労働がこの世に許されるんですか。

 ぼくはそれから五度に渡り、MPを回復してもらった。頭がくらくらした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る