第5話 あっけない勝利

▽第五話 あっけない勝利


 結局、山賊たちはあっさり女性を置いていった。

 オトが《影投槍》を命中させたのは、何を隠そう連れられていた女性だったからだ。これで山賊たちは足手まといを連れて行くわけにもいかず、彼女を解放するという仕組みだ。


 あとは山賊たちが行ったのを見届けた後、匍匐前進でしか進めない穴を作り、少女を解放するだけで良かった。

 すでに山賊が迷路に侵入した入り口も、例の匍匐前進通路に変更している。


 その上、土魔法での隠匿も終えている。

 少なくとも今日は山賊たちは出てこられないと思う。

 このダンジョンの仕組みを理解されないように、オトに一芝居うってもらい、ダンジョンの性質を誤認させることにも成功している。


 今頃、山賊たちは壁に刻まれた意味深な模様(なんの意味もない)に右往左往している頃であろう。オトがてきとーに言ったヒント(なんの意味もない)も大いに活用しているはずだ。


「旦那さま、どうやら山賊どもは壁に攻撃をしている様子だわ」

「問題ないよ。全員、狙っている場所は、攻撃しやすい自分のお腹付近ばかり。雑な狙いで脱出しようだなんて奇跡が起こらなくちゃ不可能だ」


 てきとーに魔法を乱射することもないだろう。

 二層からは魔物が出ると予告しているからだ。奴らは存在しない二層に備え、最初のうちは魔力や体力を温存しようとするだろう。


 あとは餓死するのを待つだけだ。

 仮に脱出ルートを発見しても、その頃には疲労困憊している。殺すことだって可能だろう。

 ぼくたちの勝利は揺るぎなかった。


 実際、十日後に山賊たちは全滅した。

 思ったよりも粘ったのは水魔法使いが存在していたからである。


 ちなみにダンジョンポイント的にはかなり美味しかった。


 ダンジョンポイントが増加する方法は数個ある。


 1、ダンジョン内での生物の死亡(ダンジョン産の生物除く)。

 2,ダンジョン内での魔力の行使(ダンジョン産の生物除く)。

 3、ダンジョンコアへの直接的な魔力の注入。


 一部の例外を除き、この三つがダンジョンの収入となるのだ。

 山賊たちはダメ元で魔力を使った攻撃を壁に放ってくれた。その発せられた魔力はダンジョンコアに吸収され、ぼくたちの糧となってくれた。

 死亡時のポイントも悪くなかった。彼らのために作った迷路の元は十分に取り返せたし、なんなら黒字である。


 さて、そのような美味しい展開もありつつ、問題は別に存在していた。


 山賊より奪取した少女が目を覚ましたのだ。

 といっても、回収してから数分で目を覚ましたのだが……これが厄介さん。


「わたくしはアガルタ王国の第六王女――ミネルヴァよ」

「お、王女さま……!?」

「そうよ、平民。崇め称えるが良いわ、平民」


 最悪だ。

 考え得る限り最悪のパターンである。厄介ごとの臭いしかしない。そもそも、ダンジョンなんて反人間サイドが、人間筆頭レベルに関わるなんて――もう戦争しか見えない。

 ごくり、と息をのむぼく。


 その様子を「緊張」や「畏敬」と勘違いしたのだろう。少女は偉そうに胸を張った。


「わたくしは王都に帰るわ、平民。このわたくしを王都まで案内する名誉を授けてあげてもいいわ、平民」

「……えー」

「ことは一刻を争うの、平民。おまえたちには解らないでしょうけど、とても深刻なこと……国家存亡に関わる一大事なのよ、平民。もしも、わたくしが無事に王都に帰還できたならば、報酬には絶大を約束してあげてもいいわ、平民」


 この王女。

 語尾に「平民」が口癖なのだろうか。お父さんとかには何て話しかけるのだろう。やはり「陛下」だろうか。


『おはようございますですわ、陛下』『ブランドのバッグがほしいですわ、陛下』『わたくし将来はパパのお嫁さんになる、陛下』とか言っているのだろうか。

 現実逃避気味に思考を巡らせているうち、王女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「はやくこの薄汚い洞窟から脱出するわよ、平民。早くなさい」

「えーと……ぼくたちは行けません」

「ふざけないで! 問答をしている場合ではないの、平民! 王族に口答えするならば処刑するわよ、平民!」

「故郷の母を訪ねなくてはならないのです。母は病魔に犯されており、おそらく、今度の訪問が最期の機会となると思うのです」

「どうでも良いの! お前の母親が死のうが生きようが、わたくしには何の関係もないのよ、平民! 物事の優先順位ぐらい理解しなさい。これだから学のない、品性の乏しい、平民は嫌いなのよ」


 この王女様の頭はどうなっているのだろう。

 頭を解剖学したい気分になってしまう。が、どうにか欲求を抑える。おそらく、この王女さまは暗殺されそうになっていたらしいが、もしかして……当然?


 助けてあげたのに感謝の前に「平民」連呼である。

 ウンザリだ。

 助けなければ良かった――とは思わない。あの場面で助けなければ、ぼくは一日中、女性が乱暴される音を聞かされ続けたのだから。それに一度でも見捨てれば「あの時の子は見捨てたのに、今度の子は助けるのか?」という葛藤が生まれてしまう。


 心の傷だ。

 癒えない傷だ。元気に生きることを難しくする傷だ。


 この少女のお陰で理解できた。

 この異世界に於ける、ぼくの「テーマ」を発見した。


 それは――絶対に、ぼくを含めた周囲と幸せに生きること――だ。


 この少女を救うために、ぼくの命はおろかオトやリンの命は懸けられない。そのような価値はこの少女にはないだろう。

 だから、ぼくは和やかな笑みを浮かべ、王女さまに頷いた。


「解りました、王女さま。たしかに母の命と王女さまの一大事、天秤にかけるまでもございませんでした。ついてきてください」

「ほんとに物わかりが悪かったわ、平民。これからは励みなさい、平民」


 ぼくを見つめるミネルヴァさんは、うっすら頬を赤らめていた。


「ははー」

 とぼくは棒読み気味に傅く振りをした。


 その後、ぼくはオトとともに王女さまを連れ出した。

 舗装された道を見つけた途端、ぼくとオトは揃って声を出す。


「王女さま、少し用を足してきます」


 王女を撒いた。


       ▽

 この時、アガルタ王国第六王女ミネルヴァは知るよしもなかった。

 もしも、この時。

 クラノたちに真摯に接することができていれば、彼女は易々と目的を達することができただろう。王都の政変を真っ向から叩き潰し、新たな王として君臨することができた。


 しかしながら、その「もしも」はあり得ない。

 生まれてから常に平民を見下し、己を特別だと考えていた彼女には、最初から選択肢さえなかっただろう。


 後悔してももう遅い。

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