ファイアアーム・マフラー

きょうじゅ

本文

 北辺の大地に今日も白雪は降り積もり、ああ、彼氏の編んでくれたマフラーが、暖かくわたしと、わたしの愛銃を包み込む。私の彼氏は編み物と人を串刺しにすることが趣味の優しい人で、あだ名は「悪魔ドラキュラ君」という。彼が編んでくれたこのマフラーはふんわりと大きくて、軽くて小さい私の愛銃『カーミラ』ことS&W/M66リボルバー、通称“レディ・スミス”を、愚劣なる豚どもの眼から隠してくれる。私のマフラーの中に隠された私のM66にはファイアアーム・マフラーが装着されている。


 ファイアアーム・マフラーとはつまりサイレンサーのことだ。消音器。拳銃の発射音を抑制し、搔き消してくれる優れもの。


 私はサプレッサーと言う言葉が嫌いだ。私は「サイレンサーって言葉は間違い。サプレッサーが正しい」って抜かす奴らが大嫌いだ。


 なので、そう抜かした奴は例外なく撃ち殺すことにしている。それが私の仕事だ。


「ねー達樹君、来年公開の007の新作観に行こうよ! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」

「はっはっは、消音器サイレンサーっていう言葉は俗語なんだよ。銃の消音器には、発射音を完全な無音サイレンスにするほどの効果はまずあり得ないんだ。だからサイレンサーっていう言い方は間違いで、正しくは制音器サプレッサー――」


 プシュン


「た、達樹くん!? どうしたの! 急に倒れてどうしたの! ああっ!? 嫌! 血が! 血がぁ!」


 なるほど確かにサイレンサーは完全な無音を作り出す力を持ってはいない。それは貴様らの言う通りだ。だが、私の『カーミラ』は、貴様らを「BE SILENCE黙らせる」力ならば持っているんだよ。この通りに。


 私は『カーミラ』をマフラーの中に納め、何事も無かったかのように再び歩き出す。


 と、そんなある日。私は彼氏からデートに誘われた。彼氏であり彼女なので、そんなことは特に驚くべきことでもなんでもないんだが、チケットに書いてある映画のタイトルは『007』だった。


「あっ、007の新作! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」


 すると私の彼氏の悪魔ドラキュラ君は言った。


「はっはっは、消音器サイレンサーっていう言葉は俗語なんだよ。銃の消音器には、発射音を完全な無音サイレンスにするほどの効果はまずあり得ないんだ。だからサイレンサーっていう言い方は間違いで、正しくは制音器サプレッサー――」


 プシュン


 あ、いっけない。反射的に撃っちゃった。


「はっはっは、やめてくれよマイスイート。いくらあだ名が吸血鬼ドラキュラでも、当たったら痛いものは痛いんだよ」


 彼は二本の指の先で、私の放った銃弾を受け止めていた。


「すっごーい! どうしてそんなことできるの?」


 私は本気で驚いた。必殺の銃弾を、外したのならともかく、止められたのは初めてのことだ。それも素手で。


「だから言ってるじゃない。ファイヤアーム・マフラーには完全な消音効果はないんだよ。発射の瞬間には、絶対に空裂音が発生する。拳銃の弾丸の速度は最も強力なクラスのものでもマッハ1程度が限界だから、君のその銃であれば、発射音は銃弾よりも先に僕の耳に到達する。ただ鼓膜でそれを検知して、それから体を動かして銃弾を受け止めただけさ」


 人間業じゃないっていうか、『HELLSING』のアーカードにも無理な芸当だと思うけど、私の彼氏は凄いのでそんなことができるらしい。初めて知った。


「すっごーい!」

「すごいだろ? まあ、VSSでも持ってこられたら流石の僕もお手上げだけどね」


 VSS。スペツナズが使用している完全消音機能を持った狙撃銃だ。流石にマフラーの中には隠せないし、ファイヤアーム・マフラーとは消音機構の原理も異なる。


「じゃ、いい? 次の日曜日ね」

「うん、分かったー」


 私はウキウキとデートの予定をスマートフォンの予定表に書き込み、そして人ごみに耳をそばだてる。


「ねーケンジ君、来年公開の007の新作観に行こうよ! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」

「はっはっは、消音器サイレンサーっていう言葉は俗語なんだよ。銃の消音器には、発射音を完全な無音サイレンスにするほどの効果はまずあり得ないんだ。だからサイレンサーっていう言い方は間違いで、正しくは制音器サプレッサー――」


 プシュン


 あ、また撃っちゃった。てへ。

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ファイアアーム・マフラー きょうじゅ @Fake_Proffesor

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