第12話知らぬが仏

 絶体絶命の危機――しかし神仏は私を見捨てなかった。

 あるいはまだ死ぬ運命ではなかったようだ。

 三人目の腕に目がけて、矢が飛んできた――ずぶりと当たり、血飛沫が散らばる。


「全員、捕縛しろ!」


 十数人ほどの自警団の団員を率いたジャックが、弓を構えつつ言う。

 おそらく彼のおかげだろう。私は三人の山賊から離れた。


「ちっ。お前ら、ここはとんずらするぜ!」


 ブロウと戦っていたホヴィが悪態をつきつつ、その場から逃走を図ろうとする。

 無論、ブロウは「逃がすか!」と叫ぶが――ホヴィが手に持った玉を地面に叩きつける。

 黒い煙が一気に部屋中に充満する。煙玉の一種だろう。密閉されている空間だからすぐには無くならない。


 しかし、人の動きや足音までは消せない。

 山賊たちは示し合わせたように、奥の壁にあった隠し扉から出て行く――山賊たちと近かったから分かったことだ――私は自警団の皆には伝えず、こっそりと跡をつけた。



◆◇◆◇



 ホヴィは一人の山賊と共に行動していた。

 二人とは別行動のようだ。ま、隠し扉の先は二手に分かれていたので、逃げることを考えれば当然だろう。


 私は幸運だった――頭目のホヴィが選んだ道を通れたのだから。

 ホヴィともう一人の山賊は山の川原で水を飲んでいた。

 安心しきっているのだろう――そこを矢で狙う。


 弓矢は山賊から奪ったものなので、粗悪品という出来だった。

 だが動かず油断している、人間ぐらいの大きさなら、射ることができる。


 びゅん! と矢を放つ。

 ちょうど山賊の首の後ろに当たる。背中の中心を狙ったのだが、まあいいだろう。


「だ、誰だ!? 自警団の連中か!?」


 剣を抜いて辺りを警戒する――私は敢えて姿を見せた。

 ホヴィは息を飲んで「この女――」と歯ぎしりした。


「お前のことは知っているぞ! 騎士の国、アースドリアの貴族からえらく嫌われているじゃないか!」

「ふん。面倒なことだ……つまり、その貴族から依頼されたわけだな」


 私は剣を抜いた。

 ホヴィもまた剣を抜いた。


「どうやって自警団を巻き込んだのか分からねえが――てめえのせいで、俺の部下たちは全滅だ! どうしてくれる!」

「どっちにしろ、いずれ討伐される山賊なのだ。知ったことではない」

「はん。貴族らしい言い草じゃねえか!」


 私の出自を知っている――そこまで依頼した人間は話したのか?

 ホヴィは唸り声を上げて――私のところへ一気に走る。

 私は剣を地面に刺し――隠し持っていた石をホヴィの顔面を狙って投げた。


 戦国の世において、投石は有効的な攻撃手段だ。

 どこでも手に入る――人を殺し得る武器。


 結果として、ホヴィの鼻っ柱を砕き、大量の出血を吹き出させた。

 頭をのけ反らして、後ろから倒れる。

 私は刺した剣を引き抜いて――悠々と彼の傍に寄った。


「ぐあああ、ああ……」

「鼻が折れたようだな。しばらくは立てまい」


 私は剣先をホヴィに向けた。


「いくつか質問がある。まず、私を狙った貴族は何者だ?」

「…………」

「お前を拷問することも可能だが……ま、私も推察している。依頼主の名は――」


 私は少し溜めてから、その貴族の名を告げた。


「ギルバード・ダラゴン。もしくはダラゴン家からだな?」


 推察と言ったが、私の中では確実な事項だった。

 しかしホヴィは「……くっくっく」とおかしそうに笑い出した。

 その反応を見て怪訝に思う。


「……違うのか? ならば別の貴族か?」

「…………」

「私に恨みを持つ者はルアバぐらいだが……あいつは王家につながっているものの、そもそも度胸がない」


 そこで私は思いついてしまった。

 私が死んだほうが良いと思っている貴族のことを。


「では、グラスフィールド家か?」

「…………」


 ホヴィの顔が強張った。

 そしてその沈黙は肯定でもあった。


「……ま、当然か」


 私は何の躊躇いもなく、あっさりとホヴィの喉を刺した。

 彼もまた分かっていたようで、目を大きく見開いて絶命した。

 その後、首を切り取って持っていた布で包む。


「口を封じることができて良かった。これで、山賊が自警団を襲う計画が真になる」


 自分の実家に殺されそうになったことよりも、嘘を見抜かれないようにするほうが、今の私には大事だった。

 自分でもおかしいと思う思考だ。



◆◇◆◇



 自警団と合流して、頭目であるホヴィの首を見せると、団長のジャックは嫌な顔をした。

 できれば捕縛したかったらしい。

 それならあらかじめ言っておいてくれと私は返した。


「結局、じっちゃんの仇は取れなかったな」


 エイトドアに戻って、カレニアのいる部屋にいた私に、ブロウは悲しげに言った。

 カレニアは何か言いたげだったが、結局は沈黙を選んだ。


「なあブロウ。これからどうするつもりだ?」

「うーん、考えてないな。じっちゃんの仇を取ることしか頭に無かった」


 途方に暮れている彼に、私は「お前の都合が良いなら」と切り出した。


「私たちと一緒に、サムライの国に行かないか?」

「……本気で言っているのか? 俺とじっちゃんはその国を捨てたんだぜ?」

「捨てたのはジロウ殿だ。お前は物心つくまえに出国したのだろう?」


 ブロウは困ったように「そうだけどさ……」と言葉に詰まった。


「カレニアだけでは手が回らないこともある……お前も、ブロウがいたほうが楽できるはずだ」

「えっ? まあ男手はあったほうがいいですね」


 カレニアはよく分からないままでも、私を後押ししてくれた。

 そういうところが彼女の美徳である。


「お前の剣術は優れている。だから頼りになるのだ」

「認めてくれるのは嬉しいけどさ」

「……このまま一人で生きていくのか?」


 ブロウは悲しそうに「人を初めて斬った」と呟いた。


「無我夢中だった。でも戦いが終わって、次第に頭が冷静になると――自分がとんでもないことをしたんだって思う」

「……それが戦いというものだ」

「分かっている……つもりだったけど。俺が斬った山賊にも、家族がいるって思うと……」

「それは感傷に過ぎない」


 私はブロウに優しく言い聞かせた。


「お前の後悔は痛いほど分かる。人を斬ることはそのくらい重い」

「……アンヌさんも後悔している?」

「初めはな。でもだんだんと慣れてきて、何も思わなくなる……その度に私は自分の喝を入れる。人を斬って、何も感じなくなったら、人間おしまいだとな」


 ブロウは私の言葉を聞いて、考え込んでしまった。

 一方、私は自分が言っていることがまるで見当違いだと分かっていた。

 人を斬ることなど、私にとってはさほど重要ではない。

 後悔などあるはずがない。

 生きるために、斬ったのだから、何の罪悪感などない。


 もし私に人を斬ることの戸惑いや嫌悪感、忌避があったとしたら。

 ジロウを殺したりしなかった。


 だから今言ったことは欺瞞だ。

 ブロウが納得するような、あるいは耳当たりの良い言葉を並べただけだ。

 仏も使う、方便というやつだ――


「じゃあ、俺は一生悩まなければいけないんだな」


 長い沈黙の後、ブロウは絞り出すように小さな声で言った。


「そうかもな……だが、お前の悩みを私は聞くことができる」

「…………」

「お前と同じ、悩みを持っているからな」


 ブロウは少し部屋の中を歩き回った後、大きく深呼吸して、私たちに言う。


「世話になってもいいかな? 正直、俺が産まれたサムライの国に興味があるし。じっちゃんがどうして出て行ったのかも知りたい。俺の両親のことも分かるかもしれないし」


 私はブロウに手を差し伸べた。


「ああ。歓迎するよ。これからよろしくな」


 ブロウは私の手をじっと見つめて、それから力強く握った。


「ああ、よろしく頼むよ」


 こうして、幼い子供は。

 己の祖父を殺した女の仲間になることを選んだ――

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