第10話決意

「アンヌさん。俺も――山賊と戦うよ」


 ブロウが言い出すことを私はある程度予想していたが、そんなことはおくびに出さずに「どういう風の吹き回しだ?」と訊ねた。


「人を殺さないのが、お前の信条ではないのか?」

「もちろん殺さない。気絶させるとか、無力化する方法はいくらでもあるはずだし」

「甘いな。上質なはちみつよりも甘い考えだ」


 私たちは今、エイトドアの広場で話していた。

 カレニアは同席していない。まだ疲れが取れていないようで、自警団の建物内で休んでいる。


「分かっているよ。でもさ、人を殺したら――あんたみたいに、平気で人を殺しそうな気がするんだ」

「私が言いたいのはそんなことではない。人を殺す覚悟がなければ、お前はあっさりと死ぬということだ」


 私の苛烈とも言える言葉に「そ、そんなことはないよ」と動揺するブロウ。

 続けて私は「人を殺す覚悟がなければ」と言う。


「敵と相対したとき、殺さないように手加減しなければならない。しかし戦場においてその判断の遅さは致命的だ。それに物の弾みで殺めてしまったら? 殺した衝撃で思考が停止したら――お前は誰かに殺される」


 ブロウは私の言葉を噛み締めて「それでも、殺したくないよ」と言う。


「何故だ? 恐ろしいのか?」

「じっちゃんが言っていた。人を殺したら戻れなくなるって。殺す前の自分とは違う生き物になるって。もしかしたら、それが怖いのかもしれない……」


 まだ子供であるブロウの考え方は、本当に甘っちょろかったが――それゆえにもったいないと思えた。

 だから最後に覚悟を問うことにした。


「殺したくないのなら、戦わなければいい。この街の住人ではないのだから」

「住人じゃなくても、お世話になっているところが多いから」


 ブロウは広場から点在する店を指さし始めた。


「あそこの肉屋は俺とじっちゃんが仕留めた鹿やイノシシをいい値段で買ってくれた。隣の魚屋はサービスしてくれたし、いつも寄っていた菓子屋は美味しいお菓子が買えた。それにたまにだけど遊んでくれた友達もいる。自警団の人も親切にしてくれた。だからさ、ここには世話になっているのと、俺なりの恩があるんだ」


 ブロウは私ににっこりと笑いかけた。


「俺、戦うよ。じっちゃんには悪いと思うけどさ」


 それは精悍な男の顔だった。

 私は――溜息をついた。


「一度、ジロウ殿と話したらどうだ?」

「じっちゃんと? 絶対反対すると思うから話したくないよ」

「そうとは限らないぞ? ま、ジロウ殿の好物でも買ってから行けば、案外許してもらえるかもしれない」


 ブロウはしばらく悩んだ後、私の言うとおりにジロウへの土産を買いに行った。

 私は早足で馬小屋へと向かった。

 ブロウよりも早く、ジロウの元へ向かわなければ――



◆◇◆◇



 ジロウとブロウが住む小屋に着くと――山賊どもの死体が数人置かれていた。

 私は舌打ちをして「ジロウ殿!」と呼んだ。

 すると小屋の前で息を切らしているジロウを見つけた。

 多数の怪我を負っているようだが、致命傷はなかった。


「ジロウ殿、無事だったか」

「……アンヌさんか。ああ、このとおりだ」


 その場に座り込んでいるジロウ。

 近くに二振りの刀――久々に見る刀だ――が鞘に納められている。


「やはり、サムライだったのか」

「元サムライだ。わしは、己の息子とその妻が死んでから、逃げ出したのだ」

「ほう。やけに正直に言うのだな」

「ブロウから聞いたのだろう。もはや隠す意味も無い」


 ジロウは「手を貸してくれ」と私に頼んできた。


「昔ならともかく、今では山賊を追い払うのも限度がある」

「その前に二つ、聞きたいことがある」


 私は「どうして山賊がここに来た?」と問う。


「私が狙いなのか、それともジロウ殿が狙いなのか」

「あなたを狙っていると言っていた。いないと分かると半数は去っていった」

「そして半数で襲い掛かってきたわけか」

「ああ……それで、もう一つは?」


 私は既に覚悟を決めていた。


「ブロウが山賊と戦うと聞かないんだ」

「あの子らしいな……それをやめるように説得しろということか?」

「いや。私は戦わせることにした……のだが、彼が殺さないと決めたままではブロウは死ぬことになる」


 ジロウは私が何を言いたいのか、理解できていないようだ。


「もし、ブロウに『山賊を殺す理由』ができれば――あの子は生き残れるだろうか?」

「殺す理由……? ――っ!? まさか――」


 ジロウが刀に手をかける前に、私は剣を抜き――ジロウの腹を刺した。

 そして素早く引き抜き、後方へ下がる。


「がっは……! き、貴様……!」

「ブロウの面倒は私が見てやる。だから安心して死ね」


 ジロウは腹を抑えながら、鞘に入った刀を杖にして立とうとするが、力が入らず崩れてしまう。

 当たり前だ。この私が刺したのだ。致命傷に決まっている。


「こ、こんなことを、して、貴様は――」

「世話になった恩人を殺すのは心苦しいがな」


 私はゆっくりとジロウに近づいた。

 呆然と私が近づくのを虚ろな目で見ている。


「さようなら、ジロウ殿」


 ジロウの喉元を剣で貫いた。

 ぱくぱくと口を開いて、最期に彼は声を発さずに、己の孫の名を呼んだ――



◆◇◆◇



「あ、アンヌさん。どうしてここに――」


 少し時間が経ってから、ブロウがやってきた。

 私はゆっくりと振り返った。


「……どうして、泣いているんだ?」


 ブロウの問いに、私は死体を指さした。

 ジロウの死体を――指さした。


「――じっちゃん!」


 ブロウは私を押しのけて、ジロウの元へ駆け寄った。

 そのときすでに、私よりも涙を流していた。


「じっちゃん! 起きてよ! 返事してよ!」

「無駄だ。ジロウ殿はもう……」

「そんな、嘘だ! なんで――」


 私は「山賊どもの仕業だ」と答えた。


「おそらく、山賊どもの報復だな」

「…………」

「すまなかった。私がもう少し、早く来ていれば――」


 ゆらりと立ち上がったブロウ。

 身体中から怒気と殺気を放っている――


「その山賊は、どこにいる?」

「私が来たときにはいなかった。だから山賊どもの根城に帰っただろう」


 私は二振りの刀を拾った。

 そして鬼の形相になっているブロウに渡した。


「これはジロウ殿の傍に置いてあった。推察するにこれはジロウ殿のものか?」

「……うん」

「ならばこの形見で、山賊どもを殺せ。仇をとるのだ」


 ブロウが刀を手に取った瞬間、彼と刀が一体になった感覚を覚えた。

 錯覚――ではない。

 人が刀を選ぶように――刀もまた人を選ぶ。

 ブロウは、祖父の形見である刀に選ばれたのだ。


 それから私とブロウは、長い時間をかけて、ジロウの墓を作った。

 ジロウはもう泣き止んでいた。

 代わりに暗い感情が張り付いていた。


 私は死んだジロウと変わったブロウを見ても、何も思わなかった。

 裁かれるべきだとは思っていた。

 しかしそれを決めるのは神仏だけだ。

 決して――私自身ではない。

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