第9話エイトドア
「君は――サムライについて知っているか?」
「ううん。よく知らない。じっちゃんが昔そうだったことは知っているけど」
エイトドアに向かう道中、私はブロウに訊ねた。
私は馬にカレニアを乗せて引いていた。その隣を木剣二本背負ったブロウが歩く。
そして前方に縄で縛った山賊を歩かせている。さるぐつわをしているから声も発せられない。
私は「そうだったのか」と納得した気持ちだった。
「サムライの知識があることは分かった。しかし、まさかジロウ殿がサムライだとは思わなかった」
「じっちゃんはサムライが嫌になってやめたって。俺は詳しく聞かなかった」
私たちの会話を聞いていたカレニアは「本当にサムライはいるんですね」と驚いていた。
ブロウは「俺が物心つく前に国を出たらしいよ」とどうでも良さそうに言う。
「だからじっちゃん以外のサムライに会ったことは無い」
「では、ブロウの剣術はジロウ殿に習ったのか」
「うん。俺には親がいなくて。じっちゃんが教えてくれた」
どうしてブロウに両親がいないのか。
気にはなったが、あまり込み入ったことは聞かないほうがいい。
次に私は「ブロウは人を斬ることを躊躇しているが」と切り出した。
「ならばどうして、剣術を習った?」
「それは……じっちゃんが護身のためとか言って。今は日課になっているから、教わることに疑問なんて思わないよ」
ブロウは腕組みをした。少しだけ自分でも変だなと思ったようだ。
「己の身を守るか。まあ間違ってはいないな」
私は目の前の山賊たちを見つめた。
護身術は守るだけの技術ではない。
相手を制圧するための技術も含まれている。
そうでなければ、完璧に己を守れやしない。
さらに言えば――大事な者を守ることもできない。
その後、カレニアとブロウと会話しつつ、歩いていると――前方に大きな丸太の塀で囲まれた街が見えた。おそらく目的地のエイトドアだろう。
「エイドドアに到着したよ。今、門番の人に話してくるね」
「ああ。任せた」
ブロウが行った後、カレニアは「こんなに守りが固められているんですね」と驚いていた。
「それなのに、どうして山賊たちは攻めようと考えているんでしょうか?」
カレニアとブロウには私の考えを明かしていない。
単純に『山賊がエイトドアに攻め込む』と思い込んでいる。
「さあな。山賊の考えなど分からない。でもまあ、攻め込めないこともないからな」
夜陰に乗じて火矢を放ったり、門番を買収して潜入したり、方法はいくらでもある。
城攻めより簡単なことだ。
「アンヌさん、入っていいって。それから自警団の団長が話を聞きたいそうだよ」
ブロウが戻ってきて、報告してくれた。
やや緊張している面持ちだった。山賊との戦いになるのだから、当然だろう。
「分かった……こいつらも入れていいのか?」
「自警団の人に引き渡すって。あんまり待たせるのも良くないから急ごう」
私たちはエイトドアに入った。
そこは木でできた家々が立ち並んでいた。しかし武士だった頃の村とは異なり、整然とした造りとなっていた。街の中心には大きな木があり、そこを広場として人が集まっていた。
自警団の建物は街の中心からやや北寄りに位置していた。
山賊どもは既に預けている――自警団の建物の扉を叩く。
「話は聞いております。団長室へどうぞ」
扉が開くと同時に、自警団の青年が私たちを案内しようとする。
私は「こちらの女性は病み上がりだから、どこかで休ませてほしい」と伝えた。
カレニアは「私は大丈夫ですよ」と言うが、顔色は優れなかった。
「いいから休め。これは命令だ」
「……分かりました」
渋々と言う風にカレニアは他の団員の配慮で休める部屋に通された。
私とブロウは二階の自警団の団長室に案内された。
団長室には筋肉粒々の大男がいた。
「話は聞いた……しかし、山賊どもは正気か? エイトドアを攻めるなど」
重低音な声音。まるで獅子のような顔つきの団長は唸るように疑問を言った。
私は「山賊どもの証言が正しければ」と言う。
「事実を判断するしかない」
「そうだな……おっと。自己紹介がまだだったな。俺はジャックという」
「私はアンヌだ」
ジャックは「そっちの子は知っている。ブロウだ」と手を裏に回して組んだ。
「自警団に誘っているが、なかなか良い返事は来ないとも聞いている」
「エイトドアに住んでいるわけじゃないし。それにじっちゃんが嫌がるんだ」
ブロウが口を尖らせてそっけなく言う。
ジャックはにやにや笑って「まあよく考えておいてくれ」と言う。
「さて、本題だが――俺は山賊どもを制圧しようと思う。奴らの証言で根城が分かったわけだからな」
「それは上々だな」
しかしジャックは眉を八の字にして「だが他の団員が承諾するか分からん」と困った声を出した。
「アンヌさんは知らんだろうが、エイトドアの自警団は合議制なんだ。一応、俺が団長になっているが、反対多数なら方針を変えることもある」
いわゆる盟主の位置にいるのだなと私は思った。
するとブロウは「でも、もたもたしていると攻め込まれるかもしれない」と不安そうに言う。
「俺はエイトドアの人間じゃないけど、ここには世話になっているし……なるべく守りたい気持ちはある」
「そうだな……ま、とりあえず団員を集めておく。君たちも同席するか?」
私とブロウは頷いた。
このまま山賊に襲われ続けるのは、私の旅に支障が来てしまう。
だからこそ、騙してでも――山賊どもを皆殺しにしなければならない。
◆◇◆◇
自警団の意見は真っ二つに割れた。
攻め込んでくるのを撃退すればいいと主張する者と、先制攻撃するべきと主張する者に分かれたのだ。
前者を慎重派、後者を交戦派と称するなら、慎重派は確定ではない情報に踊らされるのは危ういと言い、交戦派は攻めてこられたら街の住民に被害が出ると言った。
「そもそも、山賊はこちらより人数が少ない。無理に攻め込むはずがない」
「分からんぞ。俺らが知らない抜け道を知っているのかも」
「そっちのほうが問題でしょう。すぐに補強工事をしなければ」
「あくまでも可能性の話だ。とにかく、山賊どもを――」
喧々諤々と意見が交わされるが、互いに譲ることもなく、平行線が続いていた。
隣に座っているブロウは退屈のあまり何度もあくびをしている。
団長のジャックは話をまだまとめるつもりはなさそうだ。
仕方ないな……
「一つ訊きたい。自警団は設立されて長いのか?」
私の問いに団員の一人が「エイトドアができてからすぐに結成した」と答えた。
「およそ八十年前だ」
「……ならばその八十年が無駄になってもいいのか」
私の言葉に皆が黙り込んだ。
水を打ったように静まり返った場。
私は続けて「今までエイトドアが平和かつ発展していったのは、先達たちのおかげである」と言う。
「先達は街ができてから、獰猛な獣や残忍な山賊たちと戦ってきたはずだ。それらの苦労と努力のおかげで、お前たちの今がある。しかしだ、山賊たちに先制攻撃をされてみろ――先達の功績は無に帰す」
誰も口を挟まない。
「住民の何人かは死ぬかもしれない。財は奪われ、家屋は焼かれ、守るべきものが無残に消え去っていく。そんな悲しいことを、お前たちの世代で起こしていいのか? 延々と語り継がれるぞ? あの世代のせいで、多数の犠牲が出たと――」
私は団員の顔を一人ひとり見つめた。
真剣に私の話を聞いている。
「何を悩んでいるんだ。山賊どもを倒して街の平和を守るべきじゃないのか? もし己が死ぬのが嫌なら、自警団を辞めればいい。先達が守ってきたものを守り続けろ。さすれば後の世代がこう語り継ぐ――あの世代は格好良かったと」
そして最後に私は言った。
「誇って死ぬか、臆して生きるか。お前たちが決めろ。そして山賊たちを倒すと決めたなら、私が先陣を切って戦ってやる。決して退かぬ。お前たちのために、道を切り開いてやる」
団員たちは黙っていた。
しかし、目は燃えていた。
決意という名の炎で――
「……決まりだな。俺たちは山賊どもを強襲する」
ジャックの言葉に全員が頷いた。
ブロウは「アンヌさん。あんた凄いな」と感心した。
「全員、やる気にさせちゃった」
「そうでなければ、兵を戦に駆り立てられなかった」
ブロウは首を傾げたが、私は武士だった頃の父を思い出していた。
あの人のやり方は、このように人を戦に出させるものだった――
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