第12話

 マリンソフィアがまたもや溜め息をこぼすと、店員さんは爆笑し始めた。


「ぶふっ、ふふふっ、あはははははっ!」


 数分間笑い転げ続けていただろうか、長い時間が経ったあと、おもむろに顔を上げた店員さんは、ぽんとアルフレッドの肩を叩いた。


 ーーーズキッ、


 左胸に痛みが走り、マリンソフィアは顔を顰めた。


「お兄さん、お客さまは絶対にお兄さんの恋心に気づいていませんよ」

「………そんなもの嫌と言うほど知っている………………」


 こそこそお話しした2人の会話に首を傾げると、マリンソフィアはじっと店員さんに知的なサファイアの瞳を向ける。


「えっと、………とりあえず、次のメイクに移りますね。次のメイクは頬やくちびるです。頬やくちびるは可愛らしさを一番出しやすいパーツです。より愛されフェイスをつくるために、浮きにくくくすみにくいピンクをチョイスして、ほんのり血色感を出すことがベストです!!」


 力説した店員さんの言葉に、マリンソフィアはじっと店員さんの方を見つめる。可愛いと言う言葉は、マリンソフィアは向けられたことがない。いつも『綺麗なお嬢さんですね』や『美しいお姫さまだ。賢い子になるだろうね』と言われて、決して『可愛い』とは言われない。


「かわいく、なれるの?」

「? どうしたんです?いきなりやる気になって」


 キョトンとした店員さんは、次の瞬間不思議そうに首を傾げた。

 マリンソフィアは、自分の失態を悟って顔を赤くしながらあからさまな弁明を始める。だって、自分が1回だけでいいから『可愛い』と言われたいという単純明快な気持ちで、化粧に力が入るだなんて子供らしすぎる。特に間抜けなアルフレッドに『可愛い』と言われたいだなんて、死んでも口にしたくない。本当に、絶対に知られてはいけない。


「い、いいえ!?や、やる気になんてなっていないわ!!今までの16年間の人生で1回も『可愛い』って言われたことがないからって、お化粧で可愛くなったら、ちゃんと女の子らしくみんなに『可愛い』って言われるんじゃないかって、期待とかしてるんじゃないんだからね!?特に、アルフレッドに言われたいだなんて、絶対に思ってないんだからね!?」

「あ、はい、つまり、お客さまはアルフレッドさまと言う人に『可愛い』って言われたいんですね」

「ち、違うって言ってるでしょー!?」


 マリンソフィアの叫びに、アルフレッドは顔を真っ赤に染め上げ、それを見た店員さんは一瞬きょとんとした後に『まあ!!』と嬉しそうな声を上げた。


「お2方は両思いですのね!!」


 2人は驚愕の表情で店員さんの方を向き、真っ赤な顔で否定する。


「違うわ!!」「違う!!」

「まあ!息もぴったり!!」

「だから違うってば!!」「だから違うと言っている!!」

「もう!真似しないでよね!!」「おい!真似をするなよ!!」

「「~~~、なんでこんなところばっかり!!」」

「ふふふっ、やっぱりそっくり」


 2人はプイッとお互いの顔と反対方向に顔を向けて、耳まで赤く染め上げる。恥ずかしいのが目に見えるくらいに初々しい2人に、店員さんは思わずうっとりとしてしまう。


「アルのおおばかもの………」「ソフィーのおおばかやろう」

「「だーかーらー、」」

「なんで揃うのよ!!」「なんで揃うんだ!!」


 顔を見合わせてぷくぅーっと頬を膨らませると、2人はまたプイッと視線を外した。双子と言われたことがあるくらいに、似た者同士だと良く言われてきたが、流石にここまでそっくりだとイライラしてきてしまう。2人はお互いにチラッチラッと視線を向けては視線があってまた目くじらを立てる。


「どうしてこっちを見るの!?」「どうしてこっちを見るんだ!?」

「ふふふっ、あははははっ!!お客さまたち、本当にそっくり!!」

「誰と誰がそっくりなの!?」「誰と誰がそっくりなんだ!?」

「ほら、そっくり」


 マリンソフィアとアルフレッドは不機嫌そうな顔で向き合ったが、次の瞬間、呆れた顔をして笑い合った。もう歪み合うにはうんざりとでも言いたい表情だったが、微妙に目が笑っていない。


「お化粧の続き、お願いできるかしら?」

「ふふっ、分かりました。お任せください。お兄さんをぎゃふんと言わせたいのですよね?」


 確認をすると言うよりも、決定事項を述べると言った口調の店員さんの言葉に、マリンソフィアの顔はお化粧の上からでも分かるくらいに、真っ赤な色に染まり上がる。


「そ、そそそっ、そうじゃないわ!!ただ、さっさと終わらせて欲しいだけ!!」

「はいはい。今やりますので、少々お待ちください」

(な、なななっ、彼女、わたくしを馬鹿にしているの!?)


 店員さんは呆れ顔で淡々とメイク道具を手に持った。

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