第10話

「眉のメイクは、小鼻から目尻の延長線上に眉尻が来るように、ペンシルで描き足していきます。もともと眉尻が濃い場合でも理想の形に合わせて枠取りするのがおすすめですが、お客さまは細いのでしっかりと書き足していきます」

「ふふふっ、くすぐったいわ」

「ごめんなさい、我慢してください」


 さらさらと書き足されていく感触がくすぐったくて、マリンソフィアは身体を全く動かさずにくすくすと笑うという器用な芸当を披露した。


「次は、パウダーアイブロウを色混ぜして、毛の足りない隙間にのせていきます。毛並みを揃えるようなイメージで埋めると上手にできますよ」

「へー、猫のブラッシングみたいな感じかしら?」

「………ま、まあ、そうじゃないんですか?」

「うーん。表現って難しいのね」

「そうですね。難しいです」


 だいぶ昔に亡くなった愛猫を思い出したマリンソフィアは、懐かしげな表情で笑う。真っ白なもっふもふの毛並みにくりりとした青い瞳の美猫だった愛猫は、病気であっけなくたったの5歳という年齢でこの世を去ってしまった。本当に、この世は美しいものから儚く散っていくというが、その通りだとマリンソフィアは思ってしまった。


「次はどうするのかしら?」

「眉間、眉頭の毛がある部分をぼかすようにパウダーを薄くのせていきます。眉頭を濃くしてしまうと、男っぽくて強すぎる印象になってしまうので、明るめの色で薄くぼかすくらいに乗せていきましょう。まあでも、お美しいお客さまなら、男装をしても中性的な美男になりそうですよね………」


 店員さんはうっとりとした口調で、手を動かしながらため息をついた。世の中不平等すぎると聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


「お世辞は結構よ。わたくしはいくら着飾ったところで、中の上が限界。世の中美しい人間は芸術品のように美しいのだから」


 社交界でというか、意地悪な婚約者と婚約者の母親、そして愛人さまと、妬み恨みのすごい同年代のご令嬢と嫌味ったらしい年長のご婦人方の猛攻を幼少の頃からくらい続けていたマリンソフィアは、自分のことを過小評価する傾向にあった。そして、嫌がらせを全部信じてはいないにしろ、自分があまり可愛らしい容姿はしていないと信じ込んでしまっていた。


「わたくしなんて、井の中の蛙よ」


 ぼそっとした声に、アルフレッドは不服そうな表情をした。


「さあ、続きをしてちょうだい。わたくしも、メイクをすれば、ちょっとは美しくなれるでしょう?」

「………お任せください!!私、精一杯メイクして、お客さまがご自分の本当の魅力に気づけるように、尽力いたします!!」

「そう、ありがとう」


 マリンソフィアは鏡に映る自分を見ながら、最終的な自分の姿に思いを馳せた。


「次の作業に移りますね。これが眉の最後の工程で、下から上に毛を立ち上げるイメージで眉マスカラをのせます。一度逆立てるように塗ってから、毛流れに合わせるとムラなく色をつけることができるので、ぜひご自分でする際には試してみてください!!」

「へー、頑張ってみるわ」


 頭の中のメモ帳にメモをしながら、マリンソフィアは次に出されたメイク道具に目を向ける。


「彼氏さん、彼氏さん。この色の中で好きな色を選んでください!!」


 店員さんはいきなりいくつかのメイク道具を手に持ってアルフレッドの前に差し出した。


「え!?」

「………アルフレッドはただの幼馴染よ。彼氏ではないわ」

「またまたー、そんなこと言ってー、まあ、そこは正直どうでもいいので、お兄さんさっさと選んでください」


 店員さんはマリンソフィアの苦言を聞かず、アルフレッドにいくつかのパレットを見せた。外観は桃色の小花のものと水色の雪の結晶のもの、そして黄緑の若草のものだ。


「………水色のやつがソフィアには似合うと思う」

「ちょっ、」

「ソフィアはこれじゃないのがよかったのか?」

「っ、」


 実質、マリンソフィアは水色の雪の結晶のものが気に入っていた。桃色のような愛らしいものは比較的似合わないというか、印象が幼めで着る勇気がないし、黄緑色は元婚約者を思い出して反吐が出る。だから、彼の選択は正解なのだが、正解なのだが………。


「これにするわ。これはアイシャドウってやつであっているかしら?」

「えぇ、合っていますよ。じゃあ、乗せていきますねー」


 パカっとアイシャドウの蓋を開けた店員さんは、また説明を再開する。


「アイシャドウのパレットの中から、一番薄めの色を選び、アイホール、まぶた全体にのせます。今回お客さまに乗せる色は透明感の高い薄い水色になりますね。次に、2番目に濃い色を選んで二重幅より少し上まで重ねます。お客さまの場合は、少し薄めの水色です」


 目元がぱっと華やいで、マリンソフィアはウキウキとしてしまった。

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