第9話

 そのあと、店員さんは綺麗なデザインをした可愛らしいメイク道具をたくさんマリンソフィアの前に出した。


「あの、説明がてらその美しいご尊顔にメイクをさせていただいても構いませんか?」

「えぇ、お願いするわ。わたくし、メイクについてはさっぱりなの」


 うずうずとした感じの店員さんににこやかに応じながら、マリンソフィアは心の底からこの状況を楽しんでいた。


「まず、メイク下地を作ります。お客さまの場合は隈が目立っておりますので、グリーン系の下地を使います。ムラなく均一にのばし、厚塗りしないよう注意しましょう。キワまでぬらず、おでこやあごは半分くらいの量で薄づきに、伸ばすように広げると綺麗にお化粧できますよ!」


 テキパキと顔に塗られていく不思議な感覚に身を任せていくと、メイク下地というやつが出来上がった。


「次はファンデーションです。ファンデーション、今回は中でもリキッドファンデーションを塗ります。リキッドファンデーションは手または、パフ、ブラシなどを使ってのばします。ムラやスジが出ないように全体へなじませましょう」


 真っ白なファンデーションが塗りたくられるが、普段とあまり変わらない顔だ。ただ、目の下の隈が分からなくなったという変化はあるような気がする。マリンソフィアは興味津々に鏡の中の自分を見つめ続ける。


「次はコンシーラーなのですが、必要がなさそうなので今回は排除しちゃいます」

「コンシーラーって何かしら?」

「コンシーラーは、ニキビ跡や赤み、シミ、そばかすなど、見せたくない部分を隠してくれるアイテムです。ニキビやシミ、そばかすのない美しいお肌には不用物ですね」

「そう、なのね」


 『きゃー!!』と言った雰囲気で熱弁する店員さんの熱量に若干というか、大層引きながらも、マリンソフィアは本当に大好きなことを生業としているであろう、店員さんを微笑ましく眺めた。

 ドレスやお洋服について話している自分が、このような感じなのではないかという不安は拭えないが、やっぱり幸せそうに笑う人を守るのが、マリンソフィアは大好きだ。


「次はどうするのかしら?」

「えぇっと、次はですねー………」


 マリンソフィアは打てば響くように答え、そして美しいメイク道具を迷いなく取り出す店員さんのことを、心底気にいるのだった。


「最後の仕上げとして、フェイスパウダーをパフにとって、薄くのせたら完成です!!フェイスパウダーは肌のテカリや化粧崩れ防止、化粧持ちを良くする働きなどがあります。1度パフにとった粉をそのまま使うと、固まってムラができてしまうため、余分な粉を軽く叩いて落としてから塗ることをおすすめいたします」

「へー、これで完成なのね」


 マリンソフィアはジーッと肌がなおのこと綺麗になった顔を見て、興味深そうに頷いた。


「はい、完成です。次に、眉を整えるメイクに入ります」

「………………」


 まだ先が長そうなことに気がついたマリンソフィアは、少し絶句してしまう。普通の貴族のご夫人たちは半日近くかかるドレスアップにプラスして、こんなに面倒臭くて時間のかかる作業をしていたのだと感心すると同時に、呆れた。そんな時間があれば、自領の民のために頭を使って身体を動かした方が有効であるとしか、マリンソフィアには思えないのだ。


「眉は濃すぎず、太すぎず、曲げすぎず、おぐしの色より少しだけ明るめにして、やや平行気味につくると可愛くなります!お客さまの場合は、お髪のお色が白色ですので、これ以上明るい色がないため、白いものを使用させていただきますね」

「もう全部お任せするわ。わたくしにはさっぱり分からない」

「おい、ソフィアはメイクができるようになりたいんじゃなかったのか?」

「無理よ。こんなの。できる限りは自分でやるけれど、基本はもうクラリッサにお任せするわ」


 優秀な従業員への丸投げ宣言をしたマリンソフィアに、アルフレッドはずきずき痛む額を押さえた。今日付き合わされた意味が全くもって分からない。


「お話の途中ですみませんが、メイクのご説明を再開させていただきますね」


 店員さんの躊躇いがちの声に、マリンソフィアは穏やかに微笑んで頷き、アルフレッドの方ではなく店員さんの方を向いた。ぷいっと簡単に見捨てられてしまったアルフレッドは、拗ねたように横を向く。


「あぁー、あぁー、僕はの程度の人間ですかーだ!!………ソフィアのばか」


 後半だけ声音を落としたが、地獄耳なマリンソフィアにがっつりと聞かれてしまい、結局肘を鳩尾みぞおちに入れられてしまう、可哀想なアルフレッドなのだった。

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