第7話

 あたふたしているマリンソフィアを見てどう思ったのか、アルフレッドは不安そうにマリンソフィアの方に近づいてくる。


「だめ、だったかな?」

「ち、ちがっ、その………、………上手すぎて、びっくりしたの」


 マリンソフィアは鏡の前でネックレスに気づかれなかったというか、ネックレスのことについて触れられなかったことに安堵しながら、綺麗に整えられた髪をするりと撫でた。


「ふうー、よかった。………前、妹の髪を整えてやってたら、母上に叱られてしまったんだ。『髪は高貴な女の何者にも変えられない命よ!!男が易々やすやすと触っていいものじゃないわ!!』って。ソフィアって良いとこのお嬢さんだろう?だから………」

「ふふふっ、気にする必要なんてないかしら。わたくし、もう高貴な人間じゃないから」

「そっか………、良かった」


 マリンソフィアの言葉に、アルフレッドは心底安心したように息を吐いた。


「………アルフレッドってやっぱり良いとこのお坊っちゃまだったのね」

「ん?あ、あぁ、………まあな」


 アルフレッドは歯切れ悪く頷く。マリンソフィアはくすくすと笑って髪をまとめる青いリボンを取り出した。


「髪、結って」

「は?」

「いいでしょう?切るついでに髪結ってよ」

「………いいけど、僕縛るのは下手だよ?」

「いいわよ。だってわたくし、もう表舞台に立つ気はないもの」

「?」


 アルフレッドは渋々髪紐を受け取ってマリンソフィアの髪を緩くハーフアップにまとめ上げた。青い部屋着と同じ色のリボンがマリンソフィアの髪に映える。


「どう?似合う?」

「あぁ、似合うよ。いつものダサい緑色の服よりもずっとずっと似合う」

「そっか、………ありがとう、アルフレッド」


 マリンソフィアは、元婚約者のせいで緑色の服以外を着ることが許されてはいなかった。王家の習慣として、王族の婚約者はパートナーの瞳の色の服以外を身につけられなかったのだ。よって、マリンソフィアは全く似合わない濃い緑色の服以外を身につけられなかったし、持つことができなかった。

 だから、マリンソフィアは今、大好きな青色のお洋服を着ることができてとても嬉しかった。王侯貴族はなに不自由ない生活を送っていると勘違いされがちだが、マリンソフィアはずっとずーっと我慢してきた。

 着る服、髪型、お勉強にマナー、何もかもを王太子の婚約者らしくいるために、好きなものを全部全部押し殺して必死に我慢してきた。よって、彼女のやりたいことはいっぱいあって、それらが全部できるようになった彼女は、誰よりもなによりも幸せを噛み締めていた。


(やっぱり、自由って最っ高!!)


 マリンソフィアの感情を知らないアルフレッドは、マリンソフィアの奇行に首を傾げた。


「どうしたんだ?ソフィア」

「なんでもない!!わたくし、これからは自由だなって!!」

「??」


 ますます首を傾げる彼に、マリンソフィアは鏡に映る自分の姿に惚れ惚れした。いつも着せられていたお世辞にも似合わない緑色の格好ではない自分は、少しだけ綺麗だった。化粧はいつも通り全くしていなくてすっぴんだが、離婚して出て行った母親そっくりの容姿は美しい。お洋服も自分で仕立てただけあって最高級の一級品だ。頭もばっさりと髪を切ったおかげでとてもとても軽い。あぁ、なんという幸せだろうか。


「そういえばさー、ここのお部屋から見えるお外の風景ってどう思う?」

「ん?綺麗だと思うぞ。毎度石ころみたいな人間を観察するのは楽しいなーって思う」

「へー、」


 マリンソフィアは自分と似たような感想を抱いているアルフレッドに、自分の感想を伝えることにした。だって、アルフレッドならマリンソフィアの感想を分かってくれる気がしたのだ。


「今日ね、クラリッサに怒られたの。この風景を見て、わたくし、『人がゴミみたいだわ』って言って」

「………それは流石に………正直に言ったらやばいんじゃないか?」

「えぇー、だってゴミみたいじゃん」

「いや、そうだけど………」


 うぅーっとでも言いたげに頭を押さえたアルフレッドに、マリンソフィアは共感してくれたことが嬉しくてくすくすと笑う。すると、お店の前にある、あるお店に目が向いた。小さい頃から憧れで、でもずーっと我慢するしかなかったお店。

 マリンソフィアの胸はとても高鳴った。


「ねえ、アルフレッド。今日って空いてる?」

「ん?しばらくは暇だが………」

「じゃあ、今日お昼からちょっと付き合ってよ」


 彼は怪訝な顔をして嬉しそうでいて夢見心地なマリンソフィアの顔をじっと見つめた。


▫︎◇▫︎

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