第5話

▫︎◇▫︎


 マリンソフィアは、去っていったクラリッサの背中の方を数分見つめたのちに、緩慢な仕草で動いて生家から持ち出した物の整理を始めた。

 貴金属類以外はあまり持ち出していないが、それでも本やお金などそこそこのものが入っている。下着やドレス、私服に靴はお店にある物の方がいい物だから、1つも持ち出さなかったがが、頭が冷静になってくると、多少は持ち出した方が良かったのではないかと思い返してしまう。


 ーーーぱんっ、


「後悔なんてらしくないじゃない!!さあ!さっさとお片づけしちゃうわよー!!」


 マリンソフィアはそう言って、貴金属類をお部屋にある青薔薇のデザインの宝石箱に、綺麗なデザインの上等な物だけを詰め込んでいった。その際、デザインが古臭いものや、趣味が悪い物、例えば髑髏ドクロに蛇が巻いている銀細工や毒花の宝石細工などを除けていった。他にも、悪い思い出などしかない、愛人さまのありがたーいプレゼントという名の毒が仕込まれていたブローチやネックレス、ブレスレットにイヤリングなども除けていく。

 すると、なんということか、貴金属類が5つしか残らなかった。


「………捨てる分だけで、お店が開けそうね」


 吐き捨てると、マリンソフィアは次に要らない貴金属類の分類分けに移る。これからお店で売るものと、他の店に持って行って売り捌くものとを、きっちりはっきり分けるのだ。そこに未練や勿体無いという感情はない。また欲しくなったら、買えばいいのだ。


「ま、そんな日は来ないだろうけど」


 もうマリンソフィアは、美しい輝かな日の当たる場所に出るつもりは全くない。だから、可愛いものや綺麗なものはもう一切要らないのだ。


「はあー、」


 全てを諦めたような溜め息をついたマリンソフィアは、自分の首にかかっている幼い頃からずーっと大事にしているネックレスに愛おしそうに触れた。かれこれもう10年以上毎日付け続けている。


「アルフレッド………」


 幼馴染にもらった大切なプレゼント。

 小ぶりのルビーを削って作られた大輪の美しい薔薇型のネックレスは、プラチナでできたチェーンで繋がれている。始めて母親と一緒に下町に出た時に出会った、今になっては大事な幼馴染の少年がくれたものだが、正直に言って、普通あの年齢で持っていていいものじゃない。というか、普通持っていない。

 美しく削られたルビーに、プラチナの金具とチェーン。とてもではないが平民に買える代物でもない。


「はやく、片付けなくちゃ。わたくしには、大事な大事なこのネックレスがあるもの」

(まあ、口が裂けてもアルフレッドには絶対に言えないけれど)


 マリンソフィアは右の人差し指を使い、優しい手つきでしゃらんと首飾りを撫でた後、すうっと瞼を閉じた。


「よし、着替えよう」


 マリンソフィアは部屋の備え付けに入れていた真っ青な青薔薇のようなワンピースに着替え、ドレスを店の再利用品に回すようにしている装飾品をまとめた場所に置いた。


 ーーーコンコンコン、


「どうぞ」

「失礼します。あら、お着替えなさったのですね」

「えぇ、気が向いたから」


 自分で縫った服を始めて着たマリンソフィアは、くるんと回って見せた。社交界ダンスとしていっぱい練習したこともあり、結構上手に回れたはずだ。


「どうかしら?」

「いいかと思います。それから、お客さまです」


 『お客さま?』と言いたいのを我慢して、マリンソフィアはすっと背筋を伸ばした。


「朝食を食べながらで良いということですので、」

「お通ししなさい」

「はい、どうぞお入りください」


 クラリッサの言葉を受けて入ってきたのは前に見た時よりも大きくなった、見た目麗しい黒髪に真っ赤な瞳の青年だった。


「久しぶり、可愛い可愛い僕のプリンセス、ソフィア。かれこれ3年ぶりかな?」

「ある、ふれっど………」


 マリンソフィアの口から小さな呻き声のようなものが漏れた。

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