第12話 金銭は何処に行っても必要だ


「へい、お待ち! 他にはないっすか!」

 テーブル席に酒と料理を運び、違う席へ移動して注文を聞いていく。賑やかな店内を忙しく駆け回っていた。

 小次郎はビルタニアスの店で働かせてもらうことになった。言葉が通じるのが本当に救いだった。こちらの世界の文字はまだわからないので他の店員にも手伝ってもらっている。

 今の言葉は勇者も使っていたという。この世界にきて間もないが、街や文化の至るところに日本の匂いを感じる。もし勇者が同じような経緯でこの世界にきたとするなら、日本人なのかもしれない。


「兄ちゃん。新入りかい。随分と働くじゃないか」

「そりゃそうさ。うちの団体で鍛えてもらってるからね」

「団体ってアルコたちが言ってたやつか」

「もうすぐ旗揚げだから観にきてくれよ」

 ただ働くだけじゃなく宣伝もしていく。張り紙はもちろん口頭でも説明し、どんどん広めていった。店には種族を問わず、大勢の客が訪れるので絶好の宣伝になる。

 新しい団体は他種族のものだが、人間の顧客も捕まえておきたかった。マリアのように新しいものを見たいと思っている人間はいるはずなのだ。

 団体設立が決まってから、アルコたちにもそれぞれの人脈や環境を活かし、色々と動いてもらっていた。こういう地道な行動もきっと実を結ぶはずだ。


「あまり無理するなよ。お前さんはただでさえ忙しいんだ。ぶっ倒れられたら困るぞ」

 ビルタニアスが心配そうに声をかける。

「こんなの屁の河童さ。それよか追加の注文あったよ。いらっしゃせー」

 新しく入ってきた客を席に案内する。ゆっくりと話している暇もない。

 今は非常にハードな日々を送っている。働いている時間以外は自分のトレーニングはもちろんアルコたちに動きを教えなければいけない。家に帰ったら泥のように眠ってしまう。

 だがプロレスができるなら何も問題はない。かつてプロレス人気が翳った頃は多くの団体が潰れていった。それでも諦めずに活動してくれたからこそ、プロレスはなくならなかった。

 そんな先人たちを知っているからこそ頑張れる。この世界でプロレスをやるという野望を叶えるために。


 目の回るような時間帯を過ぎ、ようやく店内が落ち着いた。客はまだ残っているが、小次郎がいなくても回せる人数だ。ビルタニアスから許可をもらい、仕事を終わりにする。今日の本番はこれからだった。


「店長、そいつはいつ来るの?」

「もうすぐだ。しかしあまり期待せん方がいいと思うぞ。何しろいい加減な男だからな。おっと、噂をすればというやつだ」


 一人の男が店に入ってくる。顔立ちは整っており、年齢は二十台後半といったところだろうか。洒落た服装は高級感が滲み出ていた。

「酒くれ、酒。つまみは適当でいいや」

 カウンター席に勢いよく腰掛け、身体を投げ出す。

「羽振りが良さそうだな。上手くいったのか?」

「最悪だよ。最後の最後で怖気づきやがって。これだからわかってねぇんだ。厄払いは盛大にやらねぇと」

「さっさとツケを払えよ。あんまり貯めるなら出入り禁止にするぞ」

「大丈夫、大丈夫。新しい儲け話はあるからね。それで返すよ。で、用事ってなに?」

 どう見ても払う気がなさそうである。仮に払ったとしてもまた新たな借金を抱えそうだ。ダメ人間のオーラが全身から出ている。

「話はこいつから聞いてくれ。お前さんに頼みがあるんだと」

「なんだ、男かよ。つまんねぇな」

 露骨に態度を変えてきた。多少の不安を抱いたがとりあえず話をする。


「俺は瀬田小次郎。あんたと仕事の話がしたい。上手くいけば大儲けができる」

「トム・ジャックだ。何か欲しいものでもあるのかい。正直金を持ってそうに見えないけど」

 本人の口調や態度を見る限り、かなり胡散臭い。いかにも偽名という感じである。優秀な男らしいが良い噂ばかりではないらしい。

「払うのは俺じゃない。団体が出す。だから心配しないでくれ」

 特に問題はない。能力があるなら人格や性格が壊れていても構わなかった。

「店長たちが話してたやつか。あんたも関係者なのか?」

「関係者というよりは代表に近い存在だな。今は彼主導で話を進めているんだ」

「おい、おい。マジかよ。ついにヤキが回ったか。ガキのお守りじゃねぇんだぞ」

 からかうように笑いだし、運ばれた酒をあおる。小次郎のことなど酒のつまみにしか思っていない。彼の目から見ればただの子供にしか見えないのだから当然だ。

「大袈裟に言いすぎだよ。俺はただのアドバイザーにすぎない」

 責任者などになった覚えはない。社長なんて柄じゃないからだ。


「あんたは珍しい品を扱ってるんだろ。その中に声が響く道具とかないか。映像を映すような道具でもいい」

 ジャックの反応など無視して話を進める。試合に向けて足りないものは山ほどあるが、一番欲しいのがマイクだった。パフォーマンスには欠かせないし、実況にも必要である。

 実況はテレビで観るときにつくものだが、会場でも必要だと判断した。この世界ではまだプロレスを見る目が育っていない。わかりやすく攻防を説明する存在が必要だからだ。

 技や攻防の説明を書いたパンフレットは作成しているが、何千枚も用意するには時間がかかる。


「良いところに目をつけるね。どっかで俺のことを調べたのか」

 目付きが細くなり、感心したような息を漏らす。態度や口調は同じだが、空気ががらりと変化する。浮かべる笑みは油断ならない。隙を見せれば全てを持っていかれる。そんな狡猾さを秘めていた。

「まさか。俺はつい先日この街にきたばかりだからな。ただ俺が前にいた場所でそういう物があったってだけだよ。あんたが作っているのか?」

 人間の作るものなど似通ってくるものだ。異世界だろうとそれは変わらない。マイクやカメラといった考えに至る人間はきっといると思ったが、どうやら当たっていたみたいだ。口振りや態度から見るに扱っている。

「俺の仕事はあくまで道具を売ることだよ。他人に理解されない物を作る奴なんてどこにでもいる。そういう物を商品として売り出していくのさ」

「口八丁で金持ちや珍品好きな奴に高値で売りつけるのか。悪い噂が立つのも納得だな」

 傍から見れば、ガラクタを売りつけているようにしか見えない。ましてや本人がこんな性格なのだ。悪く言われるのは当たり前だ。

「適正価格だよ。持っている奴から金をもらって市場を回しているんだ。感謝して欲しいね」

 詐欺に近い行為を働いているだろうが、悪びれている様子は欠片もない。商人という風でもなく、完全に怪しいセールスマンだ。ビルタニアスが言っていたことがわかる気がした。


「とにかくあるんだな。だったら売ってくれ」

 ジャックの人格や道義など関係ない。必要なのは物品なのだ。売ってくれるなら犯罪者だろうが、悪魔だろうが構わない。

「こっちとしては金を払ってくれるなら問題ないが……何に使うつもりだよ?」

「客個人のことに深入りしないのは、あんたたちみたいな人種の礼儀じゃないのか」

「扱うのは俺だ。俺が面白いと思えば、安くなるかもしれないだろ。別に情報を漏らしたりしねぇよ。純粋に興味が湧いたのさ」

 得体のしれない相手に話すのはリスクを伴うが、今は一人でも味方が欲しい。仮に周囲に知られたとしても、真似される心配は少ない。

 プロレスのことや必要となる器具、これから行おうとすることを大まかに話し始める。小次郎はまだこの世界の市場価値などを完全に把握しきれていない。団体経営も話だけは師匠から色々と聞いていたが、自分が行ったことは当然ない。

 だからこそこういうビジネスの視点で相談できる相手がいることはありがたかった。他の仲間も信頼しているが、舞台裏のことなどは話しにくい。


「確かに面白いな。成功すれば一気に持っていけるぞ。クラフトアーツの市場を揺るがす可能性も秘めている」

 冷静に吟味したうえで答えを出し、テーブルを指でつつく。格闘技のことを理解しているかはわからないが、ビジネス人としての感覚で掴んでいるのだ。

「だが博打であることには変わりねぇな。今のままじゃ七分三分。いや、八分二分といったところだ。理由はわかるか?」

 過去にいくつものプロレス団体が潰れてきたことは知っている。いくら目新しいからと言っても、成功する可能性はほんの一握りなのだ。

「当然だ。あんたには商品の他にも金を用意してもらいたい」

 団体資金は参加する種族の援助によって集められたが、既に底を尽きかけている。本来なら問題なかった経営計画も大幅に狂っていた。原因は言うまでもなく小次郎だ。構想通りに進めるにはとにかく金がかかるのだ。当てのある場所からは限界以上に借りている。まともな手段ではもう金を集めることはできない。

 何か大きなことをするにはそれに見合う金が必要なのだ。異種族や魔法が存在する異世界なのに世知辛い話である。


「別にいいけどよ。それを俺に頼むってことの意味がわかってるのか」

 声を荒げることもなく淡々と告げる。ジャックに脅すつもりはない。事実だけを言っているのだ。

「いざ払えないときはお前の全てが持っていかれる。生命はもちろん血も肉も骨も毛の一つすら残らない。他人のことなんて屁とも思わない連中だぞ」

 裏稼業にどっぷりと浸かっている男である。表の世界にはない業界に顔が利く。同時にそれはあまりにも巨大なリスクを背負うことになるのだ。


「構わないよ。こっちも生命を賭けているんだ。死んでからのことなんて俺の知ったことか」

 一時は二度とプロレスができないと思ったが、奇蹟といえるような出会いが重なり、新しい道が見えたのだ。どれほどか細く危険だとしても進む。地獄に落ちるというのなら、落ちてから考えればいい。死ぬのが怖くないわけがない。それでも己の願いに嘘などつけなかった。


「どうやら金の前に医者が必要みたいだな。厄介なクライアントに捕まったみたいだ」

 杯に残っていた酒を一気に飲み干し、熱の籠った息を吐く。どんな感情が込められているのだろうか。

「あんたとなら良い商売ができそうだ。ネジが外れた奴は良くも悪くも巨大な金を動かす。そのまま沈むか、それとも上がっていくかはわからないがな。必要な物があるなら言ってくれ。できる限り手伝ってやるよ」

 どうやら交渉成立ということらしい。より詳細な話をしながら内容を詰めていく。資金の面は何とかクリアできそうだ。


 小次郎に安心している暇はない。次の問題を解決しなければいけなかった

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