第11話 エンターテインメント


「こんなところだな。面白かっただろ」

 スパーリングを終えて、アルコたちの元へ向かう。

「す、すごい。なにかとても面白かったです」

 マリアが椅子を倒しながら立ち上がり、割れんばかりの拍手をする。記録を残すと言っていたが何も書かれていない。それだけ熱中していたのだ。

「僕も思わず手を握ってました。あの迫力はどうやって出したんだろ。何が違うんだ?」

「そりゃ音でしょ。殴られたときも投げられたときもあれだけ音が出ればね。動きも普通の格闘技とは違うみたいだし」

 ドリトスの言っていることは正しい。派手な動きはもちろんこの強烈な音が嫌でも訴えてくるのだ。

「店長ものびのびとできたんじゃない? 初めてにしては良く動けていたよ」

「ああ。重石がなくなったみたいだ」

 ビルタニアスも手応えを感じている。基本的な流れやムーブはあるが、攻撃のリズムや動きは自分の好きな風にしていいのだ。歩き方も振る舞い方も自由。効率的だが細かい型に自分をはめる必要はない。までが窮屈だっただけにやりやすいはずだ。

 それぞれ反応に差はあるが満足している。ひとまず成功と言ってもいい。


「ちょ、ちょっと待ってよ。あんな大振りの攻撃なんていくらでもガードできるじゃない。ロープに振る意味もわからないし、そもそも戻ってくる必要もない」

 アルコが困惑しながら口にする。格闘技をやっていれば当たり前の疑問だ。

「だからわざと受けた。つまりこれがプロレスってことでしょ」

 ドリトスは何となく仕組みに気づいている。格闘技の経験はないらしいが、この中では一番勘が良い。

「大当たりだ。プロレスは攻撃を受けるのが大前提だからな」

「でもあんなノーガードで攻撃を受けたら、大怪我するんじゃないの?」

「そこを上手く手加減するのさ。エルボーで攻撃するときも尖った先端を顔面に叩きこめば大怪我する。だから殴る部分は手首と肘の間にするんだ」

 肘の部分をわかりやすく叩きながら、モーションを見せていく。


「膝も同じだ。固い部分で蹴るときは腹などの部位。顔面を蹴るときは膝の横とか、少し上の部分で蹴るのさ」

 防御や避けることが許される格闘技ならばともかく、ノーガードで戦うプロレスは急所への攻撃は当て放題だ。だからこそ怪我をさせないように気をつけなければいけない。ニーパッドやレガース、ヘッドギアなどを装着してはいけないのだから。


「危険な技を繰り出すときは、それを受けられると判断した相手にする。できそうもない相手には出さない。信頼関係が大切なんだよ。互いに協力し合って、良い試合を作り上げるんだ」

 格闘技は残酷な競技だ。片方が打たれっぱなしで終わることもあれば、消極的な展開で終わることもある。派手な打ち合いを何ラウンドも続けるという試合はなかなか起こるものではない。勝利に拘るからこそ互いの魅力を出し合うというのは生まれにくい。相手の長所を徹底的に潰し、やりたいことをさせないのが格闘技の試合だからだ。

 また全ての試合が一ラウンドで終わるという派手なものだったとしても、それはそれで観客を満足させられないこともある。観客は我儘なものである。面白かったが少し足りないなと思わせてしまうこともあるのだ。


「試合の勝敗よりも観客を楽しませることを何よりとする。そのためにあらゆる手を使うのさ。これは俺が正しいと思う答えだよ。もちろん他の考えを持つレスラーも沢山いるぞ」

 レスラーにはそれぞれの思想があり、価値観がある。違うものを持つからこそ、リングの上で戦う際に試合が盛り上がり、ドラマが生まれる。

 それでも変わらない決まりが一つだけある。『観客』がいるということだ。全てはそこに繋がっている。


「大袈裟に受身を取るのも試合を盛り上げるためだよ。あれだけ派手に音が鳴れば、嫌でも気になるだろ。大きな動きを入れれば、自然と目を引けるだろ。そうやって楽しませて、煽らせる。何が起こるかわからないビックリ箱。最高のエンターテインメントだ」

 手に汗握るような興奮を与えてもいい。腹が捩れるほど笑える試合をしてもいい。涙を誘うドラマを展開しても構わない。いくつもの試合を提供して、最高の空間を作るのだ。一つのテーマパークみたいだ。

「今は基本的なムーブしかやらなかったけど、ここに種族の特徴を活かした技や動きをミックスしていく。きっと面白い物を作れるはずだ」

 見た目や特徴がこれだけ違うのだ。まさしくキャラクターの宝庫である。熟練のレスラーのように仕草や目線だけで会場を沸かせるようになれれば、最高の展開を作れる。

「人間最強主義は覆せないかもしれないし、種族の立場は変わらないかもしれない。だが観客を熱狂させることはできるぞ。日々の不満や辛さを吹き飛ばせるくらいにな」

 成功する保証などない。本当に受け入れられるかもわからない。ただ少なくても潰れることが前提の団体を作るよりは、未来があると思えた。


「さてどうする? 選ぶのはお前たちだ」

 最後の選択を突きつける。どれだけ焦がれても、決めるのはここにいる者たちだ。彼らの心が動かなくては意味がない。これは小次郎にとって最大の勝負だった。文字通りの肉体を張ったプレゼンである。


「これは絶対にウケますよ。種族なんて関係ない。私も絶対に観に行きます」

 この中では誰よりもマリアが興奮している。ここでは純粋な観客という立場だからこそ、素直に感想を言えるのだ。

「僕もやってみたいです。こんなワクワクしたのは初めてです。これなら自分を変えられるかもしれない」

「もう一度だけあの子に良いところを見せてやれるかな。最後の花道を飾るのは、それからでも遅くはない」

 それぞれが答えを出していく。参戦する理由は様々だ。

「あたしも賛成。クラフトアーツはノレないけど、こっちならやってもいいかも」

 あのドリトスまでが参戦を表明した。これは嬉しい誤算だった。


 最後の一人に視線が集中する。最も新団体設立に熱心だった少女。誰よりも強い想いを抱く少女に。


「……やるわ。やってみせるわ。こうなったら行くとこまで行ってやる!」

 己の目論見や考えを打ち砕かれ、完膚なきまでに否定された。答えなどそれしかない。それでも追いつめられた悲壮感は微塵も感じない。絶望の中で新たな希望を見出し、まっすぐに自分の道を進んでいく。最高のベビーフェイスとして輝ける。


「決まりだな。これから忙しくなるぞ」

 解決すべき問題はいくつもあるが、足が止まることはない。どんな場所だろうがプロレスができるのならば、苦にはならなかった。

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