第3話
成人の儀を翌日に控えると、小さな村は活気に満ちた。
この時ばかりと着飾り、家を出て少女達が華やかな声で会話をするのを、年頃の少年達が熱い視線で見つめている。成人の儀を終えると結婚も出来るので、そわそわし出す少年達もいるのだ。
逆に、少年達を見て話をする少女達もいた。特に、今年の成人の儀で一番男前のオーティスには、ずっと少女達の熱い視線が向けられ続けていた。彼の場合、少年達からは憧れるような眼差し、大人達からは期待の目も多く向けられていた。
今年はそこに、デイビーも入っていた。内気だが勇気がある彼と結婚すると、彼の両親のような穏やかな幸せを掴む事が出来る、と少女達は期待していたのだ。
「おいおい、聞いたかよデイビー。お前さん、すっかり人気者だな?」
成人の儀の服を母に作ってもらっていたデイビーは、足りない材料を受け取りに行った時、オーティスの隣にいた少年にそう声を掛けられた。
実のところ、まだそういう事に興味がなく鈍いデイビーは、顔を顰めて彼の方を振り返っただけであった。母にお使いを頼まれていた事もあり、少し急いでいたせいで勘繰りもなかった。
だが、その少年が、自分の家族を侮辱した彼だという事には気付いた。
だからデイビーの眉間には、更に強く皺が寄った。
少年は人気者だと口にしたが、デイビーはその声の響きに嫌味が含まれているのを感じ取っていた。先程、昼食を食べて気分が良くなっていたのに、すっかり気分を害されたようにしてその少年を睨んだ。
「僕を言い負かして馬鹿にしたいのなら、君も岩山に登ればいい」
数日前の怒りが沸々とこみ上げ、デイビーはその少年に思わずそう言い返した。
すると、その少年は口をへの字にして押し黙った。そうやってしばらくデイビーを見つめた彼は、肩をすくめると「これだから教養が少ない奴は」と言ってわざとらしく息をついた。
嫌悪感を覚えたデイビーは、「君と同じように村長の教えを受けたよ」と唇を尖らせた。しかし彼は「ちっちっち」と、飛び出た歯の隙間から空気を漏らして、にやりと笑った。
「岩山も、確かにすごいかもしれないが、君は【天空橋(てんくうばし)】を知らないのかい。岩山なんて、本物の登り名人からしたら、段差を飛び越えるようなものさ」
その少年の意見を肯定するように、他の少年達もさも当然と笑って同意してきた。オーティスは黙ったままデイビーを見つめていたが、デイビーは続いて、次に口を開いた少年へと目を向けていた。
「なんだいそれ?」
「天空橋は有名だぞ」
「有名? それは本当なのかい?」
「はぁ、やれやれ。それを知らないなんて、なぁ?」
思わず顔を顰めたデイビーに対して、少年達は一度顔を見合わせると、ニヤリとして口々にこう得意げに話し出した。
「先々代の村長は、一番の登り名人だったと有名だが、その頃は沢山の登り名人がいてな。だから天空橋で競ったというのは、有名な話だ。お前さんは知らないのかい?」
「天からの橋を登っていくのだよ」
「雲を突き抜けた先には、どんな疲労をも吹き飛ばす美しい水があると聞く」
「それだけじゃない。更に登ると、身の丈ほどしかない木がどこまでも広がっていて、宝石のように美しい青い実が成っていると聞く」
「一番上まで行くと、輝く美しい星を手に取る事が出来るらしい」
デイビーは驚いて、もう少しで持っていた袋を落としてしまうところだった。
「そんなところがあるとは、知らなかった」
思わずそう呟いたデイビーに、ひょろっとした長身の少年が得意げに言う。
「そりゃあ、本物の登り名人を決める事が少なくなってきたからさ。大昔は、村全体で天空橋の競技を見守ったと聞くぞ」
彼はそう言うと、村一番の知識を持つと言われている自分の父を自慢し始めた。天空橋に挑戦した様子が描かれた古い原画も、彼の家にはあるという。
「じゃあ、そこへ僕が登れたら、君達は今度こそ僕を認めてくれるのかい?」
「ああ、そうだとも」
歯が飛び出た少年が、得意げに胸を張ってそう答えた。そもそも仕事熱心でもあるデイビーは、是非登ってみたいという願望が芽生え「それはどこにあるの」と続けて尋ねた。
少年達は、教えるのを渋るように「どうしようかなぁ」と言ってにやにやとデイビーを眺めた。それから、自分達が慕っているオーティスをちらりと見やった。彼が笑っていないのを見ると、馬鹿笑いをやめて、顔が丸い少年がデイビーの前に進み出てこう言った。
「橋を隠した雲は、夜が深い頃になると、緑とも青ともつかないなんとも美しい光を帯びると聞く」
「そうなのか。とても不思議なものなのだな」
「しかし、いいか、デイビー。君には見付けられない」
どうしてか、彼は笑いもせず真面目な顔で言う。
デイビーは、自分の実力を否定されたと受け取って顰め面をした。
「どうして僕に見付けられない、なんて言うんだい?」
「俺は君を馬鹿にするわけじゃないが、それは特別な【橋】なんだ。その橋を隠した雲は、勇気と、登り切れるだけの実力を持っている人間がいない限りは――やってこないのだ」
やっぱり僕には無理だと決めつけているじゃないか。デイビーは、カッとなってそんな疑問の声を上げようとした。しかし、そう口を開きかけた時、
「お前には無理だ」
今まで押し黙っていたオーティスが、不意にそう口挟んできた。あまりにも強い口調だったので、デイビーはビクリとしつつも苛々して彼を見やった。
「じゃあ、君にはその資格があって、君のもとへはその雲がやってくるというのか」
僕には来なくて、君には来るというのか。
デイビーは、自分の守るべき自信を取られまいとするかのように、威圧感のあるオーティスの鋭い瞳を睨み返した。すると、オーティスは眉一つ動かさないまま「ああ」と言った。
「俺のもとへは来るが、お前はその雲を探す事さえ出来ないだろう」
ゆっくりと言葉を紡ぎ、はっきりとした強い口調でオーティスはそう述べた。
彼はしばらく、真っ直ぐにデイビーを見つめていた。不意に、いつもの強気と自慢に満ちた笑顔を浮かべる。
デイビーはふと、その顔が自分に向けられたのが随分久しぶりである事に感じた。広場の木に登った時以来だな、とぼんやりと思っていると、向かい合う彼が見下ろすようにして口を開いてきた。
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