第20話 転生の条件

 ついに転生者を見つけた。

 トリエラの心は、喜びに打ち震えている。

 しかもただの転生者ではなく、こちらが圧倒的に有利な立場にある転生者だ。

 身分だけではなく、純粋な暴力としても。

 この商人の息子は、間違いなく戦力にならない。

 別に痛めつけるつもりはないが、今のトリエラの肉体であっても、跡が残らないように痛みを与える手段は持っている。


 友好的に、トリエラは笑った。

 それが肉食獣の捕食の笑みに、あるいは見えたかもしれない。

『あたしは転生者に会ったのは初めてなんだけど、そっちは?』

『見かけた程度なら何人かいるけど、確信して確認できたのは一人だけだな』

 口調が対等のものになっているのは、この関係があくまでも前世からの延長と、双方が認識しているからだろう。

 それにしてもトリエラに対して、対等に振舞うところは、肝が太いのか馬鹿なのか。


 気にしないトリエラは、その三人目に話を移す。

『その人とは会える?』

『死んだよ。金さえあればどうにかなったんだろうが、親を説得する材料がなかった』

『そう。その人はちなみに何人目だと?』

『37人目だと言っていた』

 ふう、とトリエラは息を吐く。


 ようやく同郷の人間に会えたような、懐かしさを覚えた。

 だがすぐにそれを上書きする、どうしようもない事実が襲ってくる。

 先日も一人死んで、これまでに八人の転生者が死んでいる。

 物語が始まってもいないのに、もうこれだけの死亡者だ。

 それでも文明に比してはまだしも少なく思えるのは、やはり魔法のおかげであるのか。

 ただ治療系の魔法は主に神官系の魔法職のものであり、他はなかなか使えないのだが。 

 神官系よりもよほど少ないが、精霊術などにも病気治療系の魔法はある。

 もっとも根本的に、乳幼児の死亡率が高いのは、やはり庶民では当たり前のことなのか。


 このあたりの知識が、トリエラにはない。

 なにしろほとんどの時間を屋敷の中で過ごし、外に出るとしてもせいぜいが屋敷の庭か馬車に乗って道を行く程度。

 魔境に入った時は例外であるが、あれもまた普通の村などは通っていないのだ。

 書物で調べても、そういったことに対する記述はほとんどなかった。

 学問的なものはかなり多いのだが、そういった社会の統計に関する部分が抜けている。

 なんとなく死亡アナウンスから、乳幼児の死亡率はそれなりに高いとは思っている。

 それは病気などではなく、もっと単純に栄養が足りていないからだ。


 公爵家の食卓には、夏場や冬場でも、保管していた肉類や野菜が出る。

 それでも旬のものが一番多いのは間違いない。

 ならば庶民の食事としてはどうなのか。

 トリエラは養父の口から、そのさらに親の世代になって昭和の頃だと、乳幼児の死亡率がまだ高かったということを聞く。

 おそらくミルディア王国では、まだその昭和にも及んでいない。これはただの推測だが。


 出来れば転生者は自分の手元に集めたい。

 ただしそれは戦闘要員とは限らないし、強いて特別扱いする必要は感じない。

 このルイのように、最初から商人に、しかも大商人の子を選ぶのは、それなりに目の付け所があるとは思う。

 しかし馬鹿のように戦闘力にリソースを振って、アンバランスな状態から死に至るのは、放っておいてもいいと思う。




 色々と話したいことはある。

 だが優先順位をどうすればいいのか。

『そういえば探してるのは47人とか言ってたけど、自分を除けば46人じゃないのか?』

『それはそうだけど、それだと分かりにくいでしょ。どうでもいいことは置いておいて、情報交換をしよう』

 ルイのツッコミは確かにどうでも良かったので、二人は話すことを変える。

『そのキャラに転生したということは、主人公たちとは敵対しないつもりなのか?』

『してもいいし、しなくてもいい』

『おいおい、ルートによってはラスボスにもなったはずじゃあないのか?』

『ラスボス?』

『ああ……俺もほとんどこのゲームはしてないから、転生の時に神様に聞いたんだけど』

『あいつらか』


 あれをトリエラは神とは認めたくない。

 確かに超越した力は持っているが、あくまでも神ではない。

 むしろ存在としてのあり方を述べるなら、悪魔の方が妥当ではないのか。

 もしくは人の運命を弄ぶのでも、神ではあるのかもしれないが。


『そちらのキャラメイクは、生き延びることに特化?』

『ああ。あんまりこのゲームに詳しくなかったのが、かえって良かったのかもしれないな。生命力が高くなるようにして、病気や毒への耐性、あと能力値も頑健とか抵抗を高くした』

『戦う力はあまりない、と』

『幸い家には金があるから、もう少し成長したら、護身程度には鍛えるつもりだが』


 この世界においては、やはりどういう立場に生まれるかは重要なものである。

 ルイも与えられたポイントを、かなり立場に使ったらしい。

 トリエラはあまり気にしなかったが、基本的に戦闘に向いたスキルなどを獲得するのは、あまりポイントを消化しないのだ。

 なので他の考えの浅い人間は、ポイントを戦闘に振りすぎた。

 その結果がゲーム開始以前の死であるため、馬鹿なことだと言うしかない。

 もっともあの男たちが本気で遊ぶつもりなら、それこそちゃんと説明すべきであったろうに。


 ルイは少なくとも、保身の能力はあるようだ。

 そういった相手ならばトリエラも、手を組むのに相応しいと判断する。

 その上で一つだけ、確認したいことがあった。

『気づいてる? この世界、ゲームの世界じゃない』

『そりゃあゲームの世界そのものじゃあないだろうが』

『そうじゃなくて』

 トリエラは前からずっと、そうではないかということを、ルイに語る。

 彼がこれまでに触れた知識からでは、気づかなかったのかもしれないと考えて。

『この世界、未来の地球じゃない?』

 ルイは作ったようでもない、驚いた顔をしたのであった。




 ファンタジー世界を一から作り出すのと、ファンタジー世界に作り変えるのと、どちらが大変か。

 そんなことはどちらも出来ない存在から見れば、答えなど出ることではないと思う。

 ただ生物の存在する惑星、地球だけであろうと思われていたのが、前世の科学知識だったと思うトリエラである。

 それぐらい珍しい存在を、一から作れるものなのか。

 作れたとしても、月が地球時代とほぼ同じ見かけの大きさで、皆既日食などが起こるこの惑星は、相当に地球に近いはずではないのか。


 精密な広域地図がないので、トリエラも断言は出来ない。

 だが植生や、馬をはじめとする生物は、確実に地球のものと外見が変わらない。

 特に植物に関しては、薬草や毒草が、前世のものとほぼ同じものがある。

 言ってしまえばパンなどの穀物原料の食事も、地球の穀物を元にしているのではないか。

 そういったことを考えれば、ここは未来の地球ではないのか。


 ルイはしばし考えたが、すぐに反論が思いつく。

『月の形が全然違う』

『形じゃなくて、地球に面した部分でしょ。ずっと同じ面を地球に向けていた月を、少しだけ違う方向から見せれば、違ったものに見えるのはおかしくない』

 すると月を動かすだけの力はあるということなのだが、それでも世界を一から作るよりは楽だと思う。

『確かに世界を一から作るよりは簡単なのか?』

『家にあった学術書だけど、観測の結果金星が存在するのは確認されてるの。ただ惑星の数は太陽系よりも多いみたい』

『それはまた中途半端に似せてるんだな……』

 ルイも確かに、この世界と地球の相似点には気づいていた。

 だがそういうゲームなのだと、雑に納得していたものだが。


 ただ、未来の地球だと、魔法の存在が明らかにおかしい。

 魔素というものを地球に散布した、ということならまた違う物理学が必要になるが。 

 ただ地球の物理学を超越した原理があるのならば、月も動かせるのかもしれない。

 そして前世より多かった惑星についても、何かの理由があるのかもしれない。


 1600年前の大戦で、おおよその文明が崩壊した。

 だがそれ以前の世界の記録も、ある程度は残っているのだ。

 数千年の文明期間が存在したが、神々の争いは何度か起こっている。

『ここがそうであるっていう、物証はあるのか?』

『むしろ地球ではない可能性も、それなりにはあるかな。北極星が北の方向を向いていないとか』

 北斗七星から辿ってみれば、北極星の位置は分かる。

 だがその方向が、磁石で示される北ではないのだ。


 ルイはそういったことには頭が回らなかった。

 それは転生後に手に入る知識がどうのではなく、前世の知識としてそういったものがなかったからだ。

 さらには東京生まれで東京育ち、星空を見る経験がなかったということもある。

『だけど月ほどじゃない、あの大きな星は地球ではなかっただろ』

『あれは超新星爆発かな。西暦からここまでに数千年だか数万年だかあれば、一つぐらいはそういうのがあってもおかしくない』

『チョウシンセイバクハツ?』

『寿命を終えた巨大な質量の恒星が、爆発して大きく輝く星に見えるようになることだよ』

『詳しいな。前世ではけっこうな年齢で死んだのか?』

 女性に年齢を聞くというのは、とはトリエラは思わなかった。

 そもそも今の肉体年齢は、ずっと若いものであるのだし。

『17歳だったけど、そういうのを教えてくれる人がいたから』

『17って……』

 そこでルイは絶句した。

『お前、17歳で殺人経験があったか自殺したのか?』

『え?』

 この反応に、今度こそルイは絶句した。




 なぜ、転生者は選ばれたのか。

 トリエラは特に気にしてなどいなかった。

 あのゲームをした経験者であるのかな、と思ったこともあったが、基本的にあれは乙女ゲームだ。

 男性にも人気があったそうだが、それでもプレイしたのは女性の方が多いのではないか。 

 そもそもトリエラ自身が、前世ではほとんどゲームの類はしない人間だったが。


 適当に選ばれたのだと思っていた。

 もちろんトリエラの、前世での短い生涯に、あの男は興味を抱いたのかもしれないが。

『まさか、転生の条件を知らされてないのか?』

 このルイの言葉こそ、トリエラを驚かせるものであった。

『そんなものは聞かされてないけど』

『そうか……』

 ルイからすると目の前の少女は、危険な人物だと最初から分かっている。

 だがどの程度の危険さを持つのかは、もちろん分かっていない。


 言うべきか言わざるべきか。

 だがこの話題を自分から出してしまったので、ルイとしては全てを告げるべきだろう。

『転生者に選ばれる条件は、一つにはゲームのプレイ経験があること』

 これはトリエラもだいたい言われていた。熟達したプレイヤーではなかったが、それでもいいと。

『もう一つは、人を殺した経験があり、人に殺されることによって人生を終えた人間だ』

 今度はトリエラが硬直する番であった。


 現代日本において、殺されることはまだしも、珍しいことではない。

 事故などによって死ぬ場合も、それが殺されたと認定されれば、そういうものなのだろう。

 だがもう一つ、人を殺したという経験。

 これは本当に珍しいと思う。


 あるいは相当に、殺害の原因になったということだろうか。

 事故によって殺すというのも、それはそれで一つの殺人なのか。

 もっともトリエラは、殺したことも殺されたことも、はっきりと記憶があった。

 日本の年間の殺人数はともかく、交通事故死はそれなりに多かったはずだ。

 ただそれが同時に、殺されたり事故に遭ったり、その二つが重なる可能性は相当に低いと思う。

 しかしそんな人生を送った人間でなければ、この戦争による死者が多発し、それ以外でも死が身近にある世界では、なかなか生きていけないのか。


 47人も、人殺しを転生させたのか。

 事故で死亡に至った場合などは、また話も変わるとは思うのだが。

 他に正当防衛なども別であろうが、それでも人殺しが多すぎる。

 この世界を穏当に、終わらせるつもりはないのだろう。

『そっちも人を殺したの?』

『まあ、若い頃にチンピラでな。一人殺してそれで20年以上ぶち込まれてた。出所しても片足が上手く使えないから、ろくに働けもしねえ。最後はホームレスで遊び気分のガキに殺されたよ』

 それはひどい。

『ただこのルールには例外もあって、自殺も自分自身に殺されたということで、適格になるらしいが』

 ああ、それならまだ分かる。

 日本のような恵まれた国であっても、若年層の自殺者はそれなりにいる。

 しかし他の人間を殺すような性格では、あまり自殺などもしなように思えるのだが。




 ルイの視線が、トリエラに問いかけていた。

 別に無視しても良かったのだが、トリエラは正直に答えた。

『あたしは他人を殺したし、他人に殺されて終わった』

 誰かを殺した悔恨の念などで、自殺をしたわけではない。

 はっきりと自分の意思で、殺すつもりで殺した。

『この世界でも、殺し続けるのか?』

『それでも良かったけど、あたしがトリエラを取らなければ、この最悪の悪役令嬢は、ゲーム通りに他の人間を殺していただろうし』

 もちろんトリエラとしては、強いキャラクターであるからこそ、トリエラを選択したのだが。


 確かにあの死後の場所では、トリエラはもう次の人生に希望など持っていなかった。

 前世においてさえ、それは同じことであったが。

 しかしそれでもこんなに重要なことは、伝えておくべきだろう。

 訊かれなかった、という言い訳などがあったとしても、こういった情報はシナリオを続ける上で、重要なことになってくる。


 殺人者を47人も集めたのだ。

 そしてゲームの開始の時点までは、ゲームのキャラは死なないようにしてある。

 これはつまりゲームキャラを選んでいれば、メイキングキャラを殺すことは出来るのでは?

 この予測が正しければ、メイキングキャラをシナリオ開始以前に見つけることは、大変に難しい。

 だがルイはトリエラの元に飛び込んできた。

 誤魔化しきれないと判断したのかもしれないが、あえてここで賭けたのかもしれない。


 ならばトリエラとしても、協力すべきだ。

 シナリオがあっても、その通りに進むとは限らない、この二度目の人生。

「ルイ、前世の因果応報は忘れましょう」

 トリエラはこの人生の言葉で、彼に語りかける。

「お互いに同盟を結んで、生きていくことを考えましょう」

 トリエラの発する気迫のようなものには、まさに悪役令嬢に足るものがある。

 それでもルイは、トリエラの提案には、頷かざるをえなかった。

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