五章 獅子令嬢と町の花娘(4)
「それが分からないから困っているのよ。あなた、『英雄』の事は嫌い?」
「嫌いじゃないです。大事な幼馴染だし、友人として好いてます」
「もし彼にプロポーズされたら、どうする?」
「それはないと思いますけど」
クリストファーは姫が好きなのだから、友人である自分に、そのような感情を向けるなんて、ありはしないだろう。
迷わずに答えたのに、マーガリーは奇妙な表情を浮かべた。ティーゼが「お姫様、美人なんでしょう?」と告げると、「確かにそうだけれど……」と話しが掴めないように渋る。
「私から見て、マーガリーさんは、ルイさんの事が心底嫌いじゃないと感じました。もし毛嫌いしているのなら、手紙を押し返してると思うんですよ」
「なんだか、今のあなたに言われても説得力を感じないのだけれど……。そうね、悪い人じゃないのは認めるわ。歴代の魔王の中で、もっとも優しいと噂されるだけの事はある人でしょうね。でも、好きかどうかは別でしょう? 苦労を知らない、あの呑気でのんびりとした笑顔を見ていると、ぶちのめしたくもなるのよ」
それは、あまりにルイが可哀そうだ。
しかし、感触は悪くないと良い方に考え、ティーゼは得意げに胸を張った。
「私、結構良い組み合わせだと思うんです。ルイさんは、魔界一モテる男だと聞きました。過ごしてみると本当に優しいし、ルチアーノさんに比べると神様みたいな人だし、クリスに比べたら牙もない神様って感じがします!」
「『英雄』と『氷の宰相』が、ひどい言われようねぇ……」
マーガリーが、どこか同情するような目をしたが、ティーゼは気付かず続けた。
「いいですか、マーガリーさん。ルイさんは、私の目から見ても確かにモテにモテまくる人だと思います。舞踏会なんかに出たら、女の子に囲まれて、キャーキャー言われるような存在でしょう。あなたの事を好きだと言っているのに、その状況を許せますか?」
結婚した仲間の妻は、それが嫌だと認めた時に恋愛感情に気付けたのだと、結婚式で恥ずかしげに語っていた。何度も断っていた花も、お菓子も、デートへのお誘いも、彼の周りにいる女性の存在で苛立っていたのが原因らしい。
ティーゼが思い出しながら想像を促すと、マーガリー嬢は、素直に考える素振りを見せた。美麗な眉を控えに潜め、顎に手をあてて強い眼差しで足元を見据える。
「……それはそれで、なんだか面白くないような気がするわ」
「じゃあ――」
「そうよ、確かめてみればいいのよ!」
「は……?」
「手紙で、祝いで続いている舞踏会にどうですか、と書かれていたのよ。彼と向き合ってみて、自分の中の気持ちをハッキリさせてみる事にするわ」
凛々しく言い放ち、立ち上がるマーガリー嬢の瞳に迷いはなかった。
ティーゼは呆気に取られ、マーガリー嬢を見上げた。その男顔負けの凛々しい物の考え方に、思わず「おぉ……なんとも勇ましい」と呟いてしまう。
「でも、突然の参加とか大丈夫なんですか?」
「これでも伯爵令嬢として招待はあったのよ。面倒だから参加していないだけで」
「あ、そうでした」
そういえば彼女は生粋の貴族令嬢でもあったのだと、ティーゼは思い出し、内心ガッツポーズをした。
当初は無謀だと思われていたが、ルイの初恋が報われる可能性が見えて来た。話してみると、マーガリー嬢の意外で可愛らしい一面にも気付けたので、出来れば女性としての幸せを掴んで欲しいとも応援したくなった。
ふと、そこでティーゼは、自分の事も考えさせられた。
クリストファーのトマウマ的な心配性がなくなって、彼が結婚して離れて行った後はどうしようか。世界中を旅して回るのも楽しそうだが、ギルドの仕事にも慣れて来た事だし、これまで彼が反対してきた仕事仲間ぐらいは、そろそろ欲しいとも思う。
けれど好奇心のように、続けて思い浮かんで来たのは、寄りそうルイとマーガリー嬢の姿だった。それは、とても幸せな形のように思えて、少しだけ憧れに似た思いが胸に込み上げる。
いつか自分も、ずっとそばにいてくれるような、こんな自分でも好きだと言って愛してくれるような人と、巡り会えるだろうか。
ティーゼは、父と母のように、これ以上の幸福はないという顔で、我が子を見守る自分の姿を脳裏に思い描いた。しかし、それは少しだけくすぐったい気持ちがして、すぐに考えを打ち消した。そんな事を考えてしまったら、まだ知らない『恋』というものがしたくなってしまうではないか。
「あなたも、女の子らしいところがあるじゃない」
立ち上がった矢先、マーガリー嬢に声を掛けられ、ティーゼは心を見透かされたようでドキリとした。
「い、いやいやいやッ、なんの事やら私にはさっぱり……」
「視線を泳がせても駄目よ。舞踏会に行きたいのでしょう?」
「は? そんな事は全然考えてなかったです!」
ティーゼは、慌てて即座に否定した。なんだそっちかよ、と思うと同時に、これ以上巻き込まれるのも勘弁して欲しいと切に思った。
マーガリー嬢は、ティーゼの本気の嫌がりようを見て「あら、違うの」と片眉を上げ、残念そうに「そうなの……」と呟いた。しかし、彼女もまた立ち直りが早いのか、にっこりと笑ってティーゼの手を取った。
「私、これから魔王陛下に直接、招待を受ける事を伝えてやろうと思うの。だけど、彼を前にすると苛々するから、あなたも付いていてちょうだい」
「えッ、なんで私なんですか」
マーガリー嬢は、ティーゼの華奢な手を強く掴み直と、実に妖艶な笑みを浮かべた。
「なんだか、あなたといると不思議と落ち着くのよ。まるで、小さな精霊がそこにいるみたいに心穏やかになるの」
つまり、厄介事に巻き込まれ、振り回されるのはこの身に流れている血のせいとでもいうのだろうか……?
ティーゼは、思わず乾いた笑みを浮かべた。
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