五章 獅子令嬢と町の花娘(3)
美人は目の保養である。それは平民が誰しも抱えている憧れであり、美女や可愛い女の子と話すのが、とれほど楽しい事か、幼い頃から男友達ばかりだったティーゼも自身の暮らしの中で実感していた。
マーガリー嬢は、雰囲気のきつい美女だが歩く横顔も凛々しく、それだけで、ティーゼの沈んでいた高揚感も浮上した。歩くたびに揺れる胸、女性らしい肉付きのある形の良い尻、どれをとっても欠点の見られない完璧なボディには見惚れてしまう。
町中を移動する間も、マーガリー嬢は人目を引いていた。数少ない女性騎士という存在感もあって、憧れと羨望の眼差しが圧倒的に多かった。隣を歩くティーゼを、町の人々が「見慣れない顔だなぁ」と不思議そうに見送っていった。
歩きながら、マーガリー嬢が、ちらりとこちらを見降ろした。
同じ女性でありながら、頭一個分以上高い彼女を見上げ、ティーゼは場を取り繕うように笑って見せた。すると、彼女は少し目を瞠り、それから困ったような微笑を返した。
辿り着いた先は、人の気配がない駅前のベンチだった。ここなら誰かに話を聞かれる心配もないからと、マーガリー嬢は、ティーゼに隣に座るよう勧めながらそう説明した。
「あなた、女の子なのね」
唐突に切り出され、ティーゼは目を丸くした。
マーガリー嬢は怒るわけでもなく、もどかしいように長い髪の先に指を絡めた。
「笑った顔を見て気付いたの。小奇麗な男の子だと思っていたけれど、私の弟とは全然違うわ」
「えぇと、すみません。その場のノリで否定するタイミングを誤ってしまったというか、勘違いされる事も多々あるので……」
「十四歳ぐらいかしら?」
「十六歳です」
素早くティーゼが年齢を訂正すると、マーガリー嬢は「もしかしてだけど」と思案するように視線を彷徨わせた。
「あなたの姓は『エルマ』?」
「ん? そうですけど」
何故知っているのだろう。
ティーゼの問う視線に、マーガリー嬢が可笑しそうに微笑した。
「やっぱり、あなたが『町の花娘』なのね。もしかしたらと思っていたけれど、そう、あなたが『ティーゼ・エルマ』なの」
「なんですかそれ? 私は『花娘』なんて呼ばれていない、ただの凡人ですよ」
近所のおじさん達に「お前がいると花が咲いたみたいに賑やかになるな」とからかわれた経験はあるが、そんな可憐な少女をたたえるような通り名はついていない。むしろ、色気のない道端の野花だと、本人を前に言う奴らが圧倒的に多い。
マーガリー嬢は「『英雄』の幼馴染の話は、騎士団でも聞くから」とぼかすように説明した。
貴族のみならず、騎士団にまで名前が知れ渡っているらしいと、ティーゼはショックを受けた。流れている話といえば、悪い噂しか想像がつかないせいもある。
「ただの幼馴染なんで、その辺は流して下さい……」
利用者のない駅前には、人の姿はなかった。見回りの騎士もない時間なのか、沈黙すると風が通り過ぎる涼しげな音ばかりが耳についた。
無人の駅を静かに眺めていたマーガリー嬢が、ふとこう言った。
「あなた、結婚について考えた事はある?」
「ないですね」
即答すると、何故か溜息を吐かれた。
「そう。私もなのよ」
「何故溜息を吐かれたのでしょうか」
「いいえ、予想通りな子だと思って……私も仕事に生き甲斐を感じているわ」
あなたこそ想像通りの人物だと思いました。
ティーゼは心の中で呟きながら、ルイから彼女へ送られた手紙の存在を思い浮かべた。手紙の中身が、甘い愛の言葉を囁くような内容で綴られていた事は覚えているが、全部読んだ訳ではないので、そこに結婚を考えさせられるような一文があったかは分からない。
とはいえ、結婚か。
ティーゼは、マーガリー嬢のモテモテ具合を想像した。すると、彼女のドレス姿まで妄想して気分が急激に上がって来た。
「マーガリーさんは、私から見ても凄く美人で色気むんむんで、さぞかし結婚したい男性も多いのではないかと思いますッ」
「どうしてあなたが興奮するのかしら?」
まるで小さな男の子みたい、とマーガリー嬢が柔らかく笑った。
こうして肩から力を抜いているマーガリー嬢は、怖い騎士というイメージがなかった。ルイやルチアーノに向けていたような眼差しの強さも、彼ら離れてからは一度も見ていない。
「多分、女の子が持つような憧れを、私はとうの昔に置いてきたのよ」
遠くを見るように視線をそらし、マーガリー嬢が、背筋を伸ばしながら口にした。
「恋愛だなんて、考えた事もなかった。魔王陛下は、暇潰しでからかっているとばかり思っていたから、手紙の内容には驚いてしまったわ」
「えぇと、ちなみにどのような事が書かれていたのか訊いても……?」
「顔に似合わず、すごく情熱的な文章だった。今すぐにでも婚約出来ないかと書かれていて、先に結婚されてしまわないか心配で、だから、この町にある別荘から離れがたいのですって」
途端に凛々しさは影を潜め、マーガリー嬢が心底困ったように頭を抱えた。
「……ラブレターなんて、物語の中だけだと思っていたわ」
「さすがにそれはないんじゃ……。いえ、私も詳しい訳ではないので断言は出来ませんが。私の周りのやつも、手紙よりは直接本人に伝えていましたからね。花を渡して、公衆の面前でプロポーズする奴もいましたよ」
「……それ、どこの勇者なの?」
「幼馴染のラスという奴です。去年めでたく結婚しました」
「そう……花が、指輪や宝石のかわりなのね」
結婚指輪はその後に贈っていたが、まぁいいか、とティーゼは黙っている事にした。
チラリと横に目をやると、マーガリー嬢は組んだ足の上に視線を落としていた。その上で組み合わされた指が、形のいい鍛えられた足を不規則に叩いている。
「マーガリーさんは、ルイさんが嫌いですか?」
単刀直入に訪ねてみると、困ったような顔がこちらを向いた。
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