年の瀬の贈りもの

黒崎澪

年の瀬の贈りもの

 不景気だからか? 俺は年越しそばの出前に予約が必要だと言われ、思わず文句を言いながら年越しのための物資を調達すべく街に出た。

「賑やかなもんだ」と小声だが口を突く言葉は皮肉交じり。俺も紛れて買い物に精を出す。

『ニャー』と聞こえた。何処ぞの飼い猫かと思ったが、ここはスーパーを出た所。周りには家は無く、駅と商店街が繋がっている。

『ニャァー』さっきより、鳴き声が大きく長く。俺は猫の鳴き声につい反応して辺りを見回す。スーパーの袋を両手に一時でも早く帰りたいはずが足を止める。

『ニャ』なんだか弾むような声で小さく猫が鳴く。ふと目をやった商店街の街灯の横、段ボール箱にデカデカと”拾って下さい”と書かれてあった。『ニャ』返事をするかのように猫が鳴く。キジトラの子猫だ。俺はこいつと目が合ってしまった。


「おやまあ、捨て猫かい」

商店街の八百屋の奥さんが言う。

「そうみたいですね」

俺はしゃがみそうになった足を伸ばし奥さんに答えた。

「あらやだ、いつの間に。この年の瀬の忙しい時にねえ」

奥さんがペラペラと喋り出す。俺は心の中で『いつの間にって、奥さん朝から店、開けてたんじゃねえの? 気付かなかったのかよ』と疑りを掛ける。

「あらあら、まあまあ」

奥さんがチラチラと俺の方を見ながら言う。ここは、

「あ、じゃ俺、急ぐんで」

その場を去ろうとした時、

「ニャァああああ」渾身のひと鳴きとでもいうのだろうか、猫が鳴いた。

「おやまあ、あんたを認めたんじゃないのかい」

得意げに奥さんが言う。

「え?」

とぼけた振りをして首を傾げるも、おっさんでは様にならずに、

「ほらほら、三軒先のみさきさん家で見て貰いなさいよ、あんた、岬さんとは同級生でしょう」

「ああ、岬は幼なじみの同級生ですね」

「さあさあ、この段ボール箱持って行っとくれ」

「え、あの、俺」

「さあさあ」

奥さんが猫入りの段ボール箱を渡すもんだから、うっかり両肘を曲げ受取ってしまった。チラリと奥さんの方を見るとニンマリと笑っている。

『やられた!』心の中でぼやくも時既に遅し、そして俺の足も岬の所へ向かっていた。

ガラガラと音を出し引き戸を開け、「岬ぃ~居るかぁ~」と間の抜けた声で呼ぶ俺。『ニャァ』と猫も鳴く。奥の方から音がして、

有坂ありさか?」

岬が面食らった顔で出て来た。

「お、おう」

『ニャァ』

「なんだ、有坂、その猫」

段ボール箱の猫に目をやる岬。流石に獣医である。

「あ、いや、その、拾った?」

「拾った? なんで疑問形なんだよ」

「商店街の街灯の所にこの箱に入ってこいつが居たんだよ。それで八百屋の奥さんに渡された」

「八百屋の奥さんに渡された? なんでお前に……。というか、朝から聞き慣れない猫の鳴き声がすると思っていたんだ。こいつだったか」

「朝から!」

俺は思わず、大声が出た。やっぱり、八百屋の奥さん。知ってたんだな。

「で、有坂、どうしたいんだ。その猫」

「別にどうしたいとかは無い」

「何? 飼うのか飼わないのか!」

突然、声を荒げる岬。

「あ、いや、その。取り敢えず、こいつの健康診断とか?」

「ああ、飼うんだな」

「あ、いや、その……」

「まあいい、その箱こっちに寄越せ」

「あ、ああ」

岬の勢いに、猫入りの段ボール箱を俺は渡す。岬は診察台の上にその段ボール箱を置くと中を覗き込み、猫を観察する。

「有坂、なんだ、そのスーパーの袋。まだ、有珠ありすちゃん帰って来ないのか?」

「あ、ああ」

岬は俺の両手一杯のスーパーの袋を見て見破った。十二月に入り喧嘩の末、娘を置いて有珠、嫁さんが出て行った。

「あ~待ってろ。万里、まり~」

「もう、なあに! 人を猫の子か犬の子みたいに」

岬の奥さんが、奥から出て来た。

「ああ、万里、有坂のー、有珠ちゃんに連絡入れてくれ。有坂が猫を飼うから見てくれて、家に来てるて」

「え? 猫? マジで!」

「うっそぉ~、娘の有明ありあちゃんが飼いたいとせがんで、有珠はいいといったのに、はるくんが反対したんでしょう? それで大喧嘩なったとか」

「有珠が、『頭を冷やせばいいんだわ!』て、実家に帰ったて言ってたわよ。まあ、有珠の実家ってお向かいだけれど」

そうなのだ。俺の実家は田舎だが、有珠の実家は家の目の前なのだ。

「まあいいわ、電話してみる」

即座にスマホを出すと、「ああ、有珠? 実は……」


数十分後。

「春!!」

「はい、すみません」

俺は条件反射のように、項垂れ、嫁さんの有珠に謝る。

「猫、飼うんだって!」

声が弾む有珠。そして有珠の後ろから、

「パパ」

消え入りそうな声で、娘の有明が俺を呼ぶ。

「あ、その」

俺は言葉に詰まる。

「パパが子猫を拾ったんだって。優しいパパで良かったね、有明ちゃん」

「こうすけちゃんのパパ、そうなの?」

「そうなんだ、ほら、あの診察台の上の箱の中に居るよ」

「わぁ、ありあ見たい!」

「いいよ、今は覗くだけな、こうすけのパパがちゃんと診察してから、猫さんのお顔見ような」

「うん」

娘は恐る恐る、診察台に近付いた。すると、ひょっこりと顔を覗かせた子猫。

「わあ」

娘が俺の後ろに隠れ、腰にしがみ付く。

「怖かったか? 有明、無理しなくてもいいんだよ。お前が怖いなら子猫は」

「いや、パパ! あの子は家の子だもの」

少し神経質で怖がりの娘が声を上げた。

「あ、その、な、なあ。有珠?」

嫁さんに助けを求めるもそっぽを向かれた。

「ほらご覧なさい。春。有明は神経質で怖がりな所はあるけど、大丈夫だって言ったじゃない。それに、小学校に上がったら猫を飼うのは約束していたでしょう? それをこの年の瀬まで引き延ばしていたのは、心配性の春じゃない」

「待ってくれ! 俺は」

俺の言葉に岬が割って入る。

「はいはい、この年の瀬に、家は既に正月休みに入っているのに急患が入ったわけだ」

「なんだと?」

「有坂、この子猫は診察して、トリミングしておくから。万里と俺に任せろ」

「あ、いや」

「明日の昼前にでも来るといいさ。良かったな、有坂。正月はぼっちじゃなくなったじゃないか。先週、ぼやいてたろ?」

「な、有坂!!」

「え、なになに」

好奇心旺盛な嫁さんが食い付く。

「任せたぞ、岬」

俺は嫁さんを回れ右させ、背中を軽く押した。

「もう」

久々に嫁さんと会話らしいものをした。

「春、大荷物ね、持つわ」

「ああ、ありがとう」

「パパ、ありあも持つわ」

大人びた言い回しをする娘の有明。

「それにしても大荷物ね」

そんな会話をしながら岬の動物病院を後にした。


歩きながら、

「春、私も言い過ぎたわ。それから、家を数週間も空けるなんてごめんなさい」

「いや、俺も悪いんだ。二人の話しを真剣に聞かなかったのかもしれない」

「え? マジで? 真剣に聞いてなかったの」

ジロリと睨みを利かせながら嫁さんが言う。

「すまない、言葉の綾だ!」

嫁さんの留守に辟易としていた俺は、即、詫びを入れる。

「そうなのね」

ニンマリと笑う。

「ついな、猫を飼うということを自分の幼少の想い出と被せてしまったんだ。俺の田舎では猫や犬、動物はどこの家にも居たからな。そして、その死に対面したのも俺が五歳の時だった」

「そうなのね、春は自分のことを話すのが苦手だから」

有珠の言葉がそこで止まった。

「パパ、ママ、明日は家に猫さんが来るの?」

ふいに娘が俺たちの会話に入って来る。

「ああ、そうだぞ」

俺は娘に満面の笑みで答えた。

「有明、猫さんのお名前も決めなきゃね。春、あの猫、雄? 雌?」

「え? それがだな。まだ、確認してなかった」

俺は背中を丸める。『え~』と言う二人のブーイング。

「まあいいわ、それは明日になれば分かるもの。それに猫のご飯やトイレの用意や、寝るところも作らないと」

「春!」

「はい」

背筋が伸び、返事をする俺。

「一端、この荷物、家に置いたら。もう一度、商店街に行くわよ」

「あ、その、正月は、その、一緒に居てくれるのか?」

「馬鹿ね、当たり前でしょう。私と有明、それにおじいちゃんおばあちゃん。三日には、春の両親に親戚、家の親戚と沢山人が来るんだから。来年もいつもの賑やかなお正月よ」

「あ、ああ」

「娘とあなたでお正月を過ごすつもりだった? それとも私が有明だけ連れて行くと思った」

「有明だけ、連れて行くと思った」

俺は恐る恐る言った。

「もう、馬鹿ね」

有珠は満面の笑みで『馬鹿ね』と言った。俺はこの言葉が体に染み渡り、

「パパ、泣いてるの?」

娘に突っ込まれた。

「ああ、嬉しいんだ。新しい家族も増えるしな」

「猫さん!」

娘のこれまた満面の笑顔が眩しい。

奇しくも今日は十二月三十日。

年の瀬にあのキジトラが届けてくれた、贈りものの日だったのかもしれない。

寒さは身に染みるが、温かさは心に染みた。




終わり

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年の瀬の贈りもの 黒崎澪 @kurosaki

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