第7話「オーロとイザベラ」


「あっ、ダメよオーロ。あなたのご飯はこっち。ふふっ、くすぐったいってば」


ーー聖女よ。その力に驕ることは、決してあってはなりません


「眠いのね。いつもより体が温かいわ。さぁ、バスケットにお入りオーロ」


ーー民の幸せが聖女の幸せ。貴女は只の一人も、悲しませてはいけない


「オーロの羽根はつやつやで本当に綺麗ね。私の髪とは大違いだわ」


ーー自身を優先させてはなりません。聖女がこの世に存在できるのは、民に望まれるからこそなのだから


「心配してくれているの?あなたは優しい子ね、オーロ。だけど大丈夫、明日になれば私の体はまた元通りになるから」


ベッドまで体勢を保つことが出来ず、湿った床に体を突っ伏した私の傍に、オーロがそっと身を寄せる。


「ごめんねオーロ。あなたに、止まり木のついた素敵なおうちをプレゼントできたらいいのに」


薄まる意識に抵抗することなく、私は静かに瞼を閉じる。オーロの硬くてほんのり温かな嘴が、そこに触れた気がしたけれど。


それが夢なのかそうでないのか、今の私には判断がつかなかった。





金色の小鳥によく似た魔物、オーロと名付けたその子がウチに住みつくようになってから、もう二十日は過ぎただろうか。恐らく彼…でいいのだと思うけれど、オーロがこの家から飛び立つ気配はまったくなかった。


オーロがいようとも、私の日常は変わらない。日の出と共に大聖堂へと出かけ、月が高く顔を出した頃に疲労困憊で帰途に着く。聖女の力が安定した十歳過ぎから今までずっと、この生活に疑問など抱いたことはなかった。


それが当たり前であり、拒むという選択肢など私の身体のどこにも用意されていない。


聖女は民の為に在り、民の為になければ存在している意味がない。大神官様からそう教えられ、幾つも読んだ古い文献にもそう記されていた。


聖女とは、かくあるべし。


「私は聖女、私は聖女」


今日はベッドへ辿り着けただけマシなのかもしれない。近頃、高位貴族達が魔物によりつけられる傷が増えているせいで、王城へ上がる頻度も多くなった。


正確にいえば、貴族達が愉しむ為に手頃な魔物を捕獲する騎士達の怪我の重度具合が上がったのだ。


「深林の魔物達が殺気立っている」と、捕獲に駆り出されている騎士達が慄いているのを偶然目にした。


そんな危険な状態ならば、魔物を狩りの的にする遊びを辞めればいいのに。


なんて、私がこんなことを言ったらどうなることか。


歴代聖女の名を、私が穢すわけにはいかないもの。


私はただ、聖女としての務めを全うするだけ。


「おやすみなさい、オーロ」


どんなに気力を失おうとも、この子が側にいればまるで子供のようにすやすやと眠りにつくことができるのだった。

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