第33話 5月6日 決戦の日(4)

「うん。帰るよ。でもさ、こういうことって、俺にだけ言っているの?」

「……ねえ、今のはデリカシーないけど、ワザと言ってる?」


 さすがというか。雪野さんは俺の心を読んだかのように疑いの目で見つめてくる。


「ごめん。俺なんかに雪野さんみたいなカースト上位の人が、誘ってくれるなんておかしいと思って、ちょっと考えてしまった」

「そっか。もっと自信持っていいと思うんだけどなぁ。しょーもない男だったら優理に近づいて欲しくないし。たつやがいい男だと思って気になるから、私も気にするんだよ?」


 雪野さんは呆れたように顔を横に振って続ける。


「それにさ、誰にでも言うわけじゃないよ。というか初めてだよ? 私って、そこまであっさり断られるほど魅力ないかなあ?」

「ううん。俺は今いっぱいいっぱいで余裕がなくてさ。色々考えちゃって。雪野さん魅力的だと思うよ」


 すると雪野さんは嬉しそうに口元を緩めた。


「そっかぁ」

「雪野さんとすぐ仲良くなれたし、友達思いで優しい人だって知ってるから。だから雪野さんがダメとかそういうんじゃないよ」

「嬉しい。たつやが嫌じゃないなら……今日だけでも……いいと思うんだ。優理には絶対内緒にするから」


 その意味を理解しようと頭を巡らす。何がいいのだろうか。しかし、気付くと目の前に雪野さんの顔があった。


「えっ、ちょっ……」

「んっ……」


 俺の唇に柔らかいものが触れ、口の中に温かいものが侵入してくる。

 舌と舌が絡み合い——頭がぼーっとするくらい気持ちが良い。

 しばらくして口を離すと、お互いの息が荒くなっているのが分かる。


「ぷはっ……はぁっ……」

「……はぁ…………ふぅ…………」


 見つめ合ったまま沈黙が続く。

 まずい。身体が流されている。俺には優理がいるし、ヒナだっている。その上雪野さんとそんな関係になってしまうって……よくないよな。


「んっ……」


 そんなことを考えていると、また雪野さんからキスされ引っ張られるようにしてベッドに倒れ込んだ。

 押し倒した形になった俺は雪野さんの瞳に吸い寄せられ……逃げられなくなっていた。

 そして、お互いの身体が絡み合う——。

 

 ☆☆☆☆☆☆


 ふと目を覚ますと、見慣れない天井が見える。

 窓から光が差し込み眩しい。その明るさで意識がハッキリとしていく。

 隣を見ると可愛い寝顔があった。静かな寝息を立てている雪野さんだ。上半身が露わになっていて素肌が見える。

 これは……布団を持ち上げると、一糸まとわぬ姿が見え、慌てて目を逸らした。


 下半身には昨日の熱がまだ残っている。互いの温もりや、柔らかさを思い出す。


 結局俺は流されてしまったのだ。雪野さんはとても寂しかったようで、俺を離してくれなかった。

 そして意外にも雪野さんは初めてだった。色々あって今まで出来なかったと話していた。


「んん……」


 モゾっと動く雪野さんを見てドキッとする。

 昨日はお互い疲れて寝てしまったため俺も裸のままだ。


 昨日の出来事を思い出して悶々としていると、スマホに通知が来ていることに気付き、手に取る。見ると優理からのメッセージだった。


『助け』


 一気に目が覚める。言葉が途切れている。なんだいったい?

 メッセージは一時間前のものだ。現在時刻を確認する。


「え? ちょっ——今12時前?」


 既に昼前になっている。どうりで外が明るいはずだ。

 そういえば、今日の午前中、優理は雪野さんと遊ぶ約束をしていたはずだ。この時間に、俺の隣に雪野さんがいるということは、優理との約束をすっぽかしたことになる。

 いや、それよりも。中途半端なメッセージは異常だ。一体何が起きている?

 ブルッとスマホが震え、次のメッセージが届く。


「は?」


 写真付きのメッセージ。そこには、優理が彼女の部屋でベッドに横たわっている姿が映っていた。誰かに両腕を拘束されている! 嘘だろ?

 通話ボタンを押すとすぐにつながった。


『クロちゃんが……死んじゃう……離してっ! や、やめてッ!』


 悲痛な優理の声が聞こえた。

 ガサッ。

 すぐ隣で聞こえた音の方向に目を向けると、裸のまま雪野さんが抱きついてくる。


「今の何? 優理の声?」


 その瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだ。

 ……意識が闇の底に沈み、そして浮かぶ——。



「……ねえ、本当に何もせずに帰るの?」


 俺の目の前には雪野さんがいた。見覚えのある服装だ。つまり——。

 二度目だろうか。きっと時間がまき戻ったのだろう。きっと、間違った選択をしたのだろう。

 つまり、雪野さんの誘いは断らなくてはならない。


「うん、帰るよ。雪野さんは魅力的だよ。今こういう状況じゃなかったら……流されていたと思う」

「……そ、そっか」


 一瞬間が空き、雪野さんは急に顔を真っ赤に染めた。見ると、耳の先まで赤い。


「どうしたの?」

「う……ううん。今、頭に、たつやと私がそういうことしてる想像しちゃって……」

「えっ?」

「あっ、違うの、違わないけど……朝まで……いや、もう!」


 そう言って雪野さんは俺に背を向けて、両手で顔を覆った。


「あー、恥ずかしい……私、変になっちゃったのかな」


 もしかして、俺が見た未来を雪野さんも見たのか? いや、そんなわけはないとは思うけど。

 でも、恥ずかしがる雪野さんが初々しくてかわいい。

 雪野さん初めてだったわけだし、軽い気持ちでそういう関係にならない方がいいだろう。


「ふう」


 俺は一息つき、気分を落ち着かせる。

 優理のあの切羽詰まった声が頭から離れない。声から想像すると、クロが危険な目に遭うようだ。

 俺と一緒に過ごしたせいで、雪野さんが約束をすっぽしたことが原因だろう。

 そういえば、猫をいじめる奴がいると優理が言っていたし、何か事件に巻き込まれたのかもしれない。


「じゃあ、俺は帰るね。明日優理と遊ぶんだよね? すっぽかさないようにね。じゃあ、お邪魔しました」

「う、うん。ば、ばいばい」

 

 そういって足をもじもじさせている雪野さんを置いて俺は部屋を出たのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 明日の朝、念のため雪野さんと優理に連絡をして、二人でクロも一緒に遊ぶように伝えておこう。

 理由を聞かれるかもしれないけど、なりふり構っていられない。


「ただいまぁ」

「おかえり、お兄ちゃん。どこ行ってたの?」


 家に帰ると妹の千照が出迎えてくれた。気のせいか、少し元気がないように見える。


「ああ、ちょっとな。千照、元気がないみたいだけど大丈夫か?」

「そう? 普通だよ……くんくん」


 千照はジト目のまま俺に抱きつき身体の臭いを嗅いできた。


「お、おい」

「……んー普通」


 顔を俺の胸にくっつけたまま話すので、こそばゆい。

 っていうか胸元が見えるぞ千照。いつも通りノーブラで、スレンダーなのに柔らかい。ふと、さっきの雪野さんと、ワンナイトのことが頭をよぎる。

 いや、時間もまき戻ったししてないけど!


「あっ……お兄ちゃん?」

「ん?」

「その……なんか固いのが私のお腹にあたってるよ?」


 やばい! 雪野さんのことを思い出したのが悪かったのか、無意識に反応してしまったらしい。これはダメだ。急いで離れよう。

 しかし、遅かったようで、顔を上げた千照は顔を赤くしていた。


「今まで全然こんなことなかったのに」

「すまん千照。今のは忘れてくれ」

「えっ……別に気にしなくていいよっ」


 そうは言うものの……千照は心なしか口元を緩め嬉しそうにしていた。

 元気が戻ったみたいで、よし、と俺は思う事にしたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


5月7日(日)


 翌朝。

 俺は優理と雪野さんにメッセージを送る。


『おはよ! たつや』

『おはようございます。たつやさん』


 二人は元気に即レスを付けてくれた。無事に二人で優理の家で遊ぶようだ。

 クロと優理のこと気をつけてとメッセージを送った。


 しかし、である。

 雪野さんと一晩を過ごした翌朝に聞いた、優理の切羽詰まった声が気になって仕方ない。

 クロが危機に陥り、そして優理も?

 俺は急いで着替え、そして家を出た。


 このまま向かえば、優理から『助け』というメッセージを受け取る時間の、少し前に優理の家に着く。

 何者かが優理やクロを襲うのなら、絶対に阻止してやる。


 俺の足は次第に早まり、気がつけば走っていた。



————

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