逆境を味わう

月井 忠

第1話

 突如として司令室にアラートが鳴り響く。


「ミシマ、原因は!」

 所長のイソザキ アンナは鋭く言い放つ。


「はい、少々お待ちを……大変です、ステーション2が」

「結論だけを言いなさい!」


「こちらを」

 ミシマはメインモニターにステーション2の映像を出す。


 階段からは滝のように水が流れ出し、乗客が押し戻されていた。

 ステーションにはすでに水がたまっている。


 乗客たちは膝下まで水に浸かっていた。

 地下空間に取り残された者たちは恐怖に顔を歪め、水に足を取られながら走り回っている。


「メインハッチは?」

 カトウに聞く。


「ダメです! 開いたままです」


 今日の雨は異常だった。

 観測史上最大の降雨量と言っていた。


 その備えはできていたはずなのに。


「マキオ! 手動でメインハッチを閉めるように通達!」

「はい」


「サナダ! 他の避難路を確保!」

「はい」


「イオカ! 排水システムの確認後、直ちに排水を!」

「しかし!」


 イオカの言いたいことはわかる。

 排水槽がいっぱいになれば、トンネルに水が溢れ出す。


 運行中の機体は進入禁止にすれば対処は可能だろう。

 しかし、埋設されている超電導ケーブルはどうにもできない。


「乗客の命には変えられない!」

「……わかりました」


 出せる指示はこれだけだろうか?

 自問自答する。


「所長! 社長から」

 ミシマが乞うような目線を送ってくる。


「チッ」

 思わず舌打ちが出た。


 確か社長は地下鉄記念日とかで記念式典に出ている。

 互いに地下空間を利用しあう仲、交渉も必要だろう。


「はい」

 アンナは苛立たしげに通信に出る。


「これは、どういうことだ!」

「現在、対応中のため、また後で」

 それだけ言って通信を切った。


「良かったのですか?」

 ミシマが聞く。


「どうせ、この職に留まることはできないでしょうからね」


 そういえばミシマは社長派の人間だ。

 あることないこと吹聴することだろう。


 しかし、今はそんなことどうでもいい。


 部下たちは指示通りに動いている。

 対処はいずれ終わる。


 できることは全てやった。


 乗客にどれだけの被害が出たのか。

 気がかりなのはここだけだ。


 いや、メインハッチが閉まらなかった原因がある。

 二次災害のことも考え、早急に調べる必要がありそうだ。


 ここにきて大深度地下航空システム「ジオプレイン」を止めるわけには行かない。


「タガワ! メインハッチの動作不良の原因究明を!」

「はい」


 この職についてここまでの逆境は初めてだ。

 不意に血の味がにじむ。


 どうやら、唇を噛んでいたようだった。


 これからも何度となく、この血の味を舐めることになるだろう。

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