エヌ氏が異世界転生 ~もし星新一が異世界小説を書いたら~

我破 レンジ

碌でもない目に遭うことに定評のあるエヌ氏は異世界でもたぶん碌な目に遭わない

 ある日のこと。エヌ氏はトラックにひかれて死んだ。


 控えめに言って、エヌ氏は冴えないを絵に描いたような男だった。容姿も平凡で、無職だった。自分が生きていてどんな価値があるのかを知らなかったし、周囲の者達も彼の生きる意味はわからなかった。


 薄れゆく意識の中、エヌ氏は後悔の念に満ちた言葉をはいた。


「ああ、わたしの人生はなんと無意味だったのだろう。お金を手にすることもできず、女の子には嫌われてばかり。社会の役に立つ能力もなかった。このままわたしは死んで無になってしまうのか……」


 こうして死んだのだが、どういうわけか、エヌ氏は気が付くと不思議な空間にいた。見渡す限り真っ白で、水中にもぐっているような浮遊感を覚えた。


 そして彼の目の前に、豊かな髭を蓄えた老人が現れた。


「はじめまして。わしは神じゃ」


「なんですって。突然現れて、いったい何を言っているのですか。それより、ここはどこなんです。私は死んだのではないのですか」


 神様は、おごそかに答えた。


「わしは本物の神だし、君は確かに死んだ。じつは、すべてわしの手違いなのじゃ。君にはあと40年の命があったが、40秒の命とわしが勘違いして、あのような運命に導いてしまった。いやはや、申し訳ない」


「なんということをしてくれたのです。今すぐ生き返らせてください。あんな死に方、わたしは嫌です」


 エヌ氏は怒り心頭だったが、神様はなだめるように手を振った。


「まあ待ちたまえ。もしこのまま現世に生き返ったとして、君は本当に満足かね。天国から君をのぞき見たときは、おおよそ充実した人生を送っているようには見えなかったが」


「うむ、そう言われると……」


 神様の指摘には一理あった。生き返ることができたとしても、誰にも相手にされず、孤独にさいなまれる生活を送るのは二度とごめんだ。


「そこでだ、人間よ。わしから一つ提案がある。現世に生き返るのではなく、異世界に生まれ変わるのはどうかね」


「異世界ですって。そこはどんなところなのです」


「君が生きていた世界よりも、文明は少々遅れているが、魔法使いやドラゴンが存在する神秘の世界だ。わしからのはなむけとして、チートと呼ばれる能力も授けてやろう。これがあれば君はどんな魔法もたちどころに使えるし、政治を行えばあらゆる内政問題を解決できる。たくさんの女の子にも、もてるだろう」


 これを聞いて、エヌ氏は目を輝かせた。


「それはいい。ぜひ、そうしてください。わたしはその異世界で、今度こそ幸せになるんだ」


「よかろう。ならば行くがよい」


 神様が両手を上げると、あっという間に周囲は光に包まれ、エヌ氏の魂は異世界へと送られたのだった。


 こうして、エヌ氏の第二の人生は始まった。異世界では、やることなすこと何もかもが上手くいき、どんな挫折にもつまずくことがなかった。


 神様がチート能力を与えてくれたおかげで、幼少の頃から高度な魔法を操れる才能があった。大人の魔法使いでも太刀打ちできない。一瞬で100人の傷をいやし、巨大な炎の竜巻を巻き起こすことだって出来た。


 また、非常に優れた顔立ちでもあったため、女の子たちからももてた。同じ村に住む幼馴染に、異国の女騎士、エルフと呼ばれる異種族の姫君と、あらゆる美少女たちが彼に求婚した。果ては隣国の貴族の令嬢からもだ。


 幸いなことに、生まれ変わったエヌ氏は様々な事業に手を出し、とんとん拍子で成功した。今や国の内政にまで関わる身分にのし上がり、莫大な財産を築いている。おかげで何人もの美少女を囲うことが出来た。エヌ氏は彼女たちと暮らす大きな屋敷を造り、気まぐれにドラゴンを狩りながら、自由な生活を謳歌した。


「素晴らしい毎日だ。これぞ人生。きっとわたしは前世で不幸な目にあっていたに違いない。だから神様がこうしてつり合いを取ってくれているんだ」


 美少女たちに囲まれ、生まれ変わったエヌ氏は笑った。


 しかし、幸福というのは長続きしないものと相場は決まっている。


 エヌ氏の運命が狂い始めたきっかけは、令嬢の暴挙だった。彼女はエヌ氏を独り占めしたいがあまり、ライバルの一人であったエルフの姫君に毒を飲ませて、その命を奪ったのだった。


「やったわ。この調子で、邪魔者を全員葬ってやるんだから」


 だが、この企みはすぐにエヌ氏の知るところとなり、令嬢は彼の前に呼び出された。


「ひどいことをしてくれたな。わたしのことが大好きだからって、人を殺していいはずがない」


「それなら、今すぐ教えてちょうだい。あなたは誰が一番好きなの」


「それは、とても決められない。みんな良い子だし、わたしのことを好いてくれている。優劣なんてつけられないよ」


「そんなの納得できないわ。みんなを平等に愛するなんて無理に決まってる。こうなったら、あたしは出ていくわ」


 こうして、令嬢は故郷へ帰り、同じ貴族の息子と結婚した。


 だが本当に大変だったのはこの後。タガが外れたように、エヌ氏の美少女たちは骨肉の争いを始めてしまった。エヌ氏が彼女たちと暮らす屋敷では、いつしか互いを陥れるための陰謀が渦巻き、かつての様子からは想像も出来ない、殺伐とした空気が流れるようになった。


「こんなはずじゃないんだ。わたしは彼女たちと共に暮らし、幸せな人生を歩みたいだけなんだ」


 エヌ氏は現実を受け入れることができず、やがて贅沢におぼれていった。奴隷として売られた少女を何人も買い、自らの傍にはべらせた。豪華なパーティを連日開催し、高級な酒を浴びるほど飲んだ。財産が減ってくると、庶民から徴収した税金をこっそり横領した。


 そして数年後。とうとうエヌ氏の元には誰もいなくなった。美少女たちはつぶし合いの果てに、死んでしまうか、命だけは惜しいと逃げ出した。お金を使い果たし、荒れていく一方のエヌ氏を見限り、友人たちも去っていった。


 一人きりになった屋敷の中で、エヌ氏はぽつりとつぶやいた。


「なんという人生だ。どうしてわたしだけがこんなに不幸なんだ。こうなったら、この世界の者達をみんな道連れにしてやる。わたしと同じくらい、みんなを不幸にしてやるんだ」


 エヌ氏は屋敷を飛び出すと、近くにあった村を魔法で焼き尽くした。大勢の人が死に、その後も彼はいくつもの村々を焼いた。


 そんな狼藉が許されるはずもなく、近隣の国々から優れた魔法使いが集められ、エヌ氏を捕らえるべく戦いを挑んだ。エヌ氏がどれほど魔法の天才でも、一人では多勢に無勢。とうとう魔力を封印されてしまい、捕まってしまった。


 牢屋に入れられ、看守から告げられる。


「いいことを教えてやろう。お前は明日にも処刑される。ドラゴンの餌として食われるんだ。これまでの悪行を鑑みれば、当然の報いだ。自分の行ってきたことを悔いて、そこで最後のときを待つがいい」


 エヌ氏は泣きわめき、世の無常を嘆いた。そしてあることを思い出し、天井に向かって叫んだ。


「神様。もう少しでわたしは処刑されます。あなたはわたしを前世より幸せな人生を送れるようにと、この世界へわたしを転生させてくださったでしょう。わたしが処刑されたら、また別の世界に生まれ変わらせてください。お願いします」


 エヌ氏の懇願は天国の神様にも届いたが、神様は腕組をし、ため息をついた。


「勝手なことを言いおって。忘れてしまったようだが、君は既に二度の生き直しをしているのだぞ。もともと異世界の住人だったというのに、満足な人生を送れなかったと、死んでからわしに泣きついてきおって。今度は別の世界でやり直したいときたもんだ。それでもわしが憐れんでその通りにしてやったら、結局最初の人生と大差ない生活。それならばと、交通事故を利用して、おまけにチート能力まで授けて異世界に帰してやったら、この始末。さて、また別世界への転生を望んでいるが、果たしてかなえてやってよいものか……」


(終)

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エヌ氏が異世界転生 ~もし星新一が異世界小説を書いたら~ 我破 レンジ @wareharenzi

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