第26話 かませ犬は自らの欲望に気付く
「ウチに入りたい? ちっせえガキじゃねえかよ!」
「構わんよ、メイン。面白い小僧じゃないか」
あの頃はそう、物語を始めるのに、大きな一歩なんて必要なかったんだ。
♧♧♧♧♧♧
「くそっ、また夢かよ」
ラムを振り切ってからの三日間、俺は悪夢に悩まされることになった。
悪夢、というのは勿論過去の事だ。
振っ切れたつもりではいるけれど、物事はそう単純じゃなかったという事。
彼女の姿を見たことにより記憶は刺激され、真綿で首を絞めるように心の深いところを侵食されるのだ。
「浮かない顔しているな。何かあったか?」
「ねえよ」
「ほんとに? 最近かなり顔色悪いぞ」
「うなされてるんだ」
「……ミーシャの問いには応えるのだな」
悪いなヴィーナス、つい。
ミーシャの言葉にはなぜか、簡単に反応してしまうんだ。
とはいっても、重い話をするつもりはないし、何なら時間で解決できる程度のものだと思うので夢の詳細までは話さない。
「……たいした事じゃねえよ。もう終わった話なんだ」
だからこう言って、珍しく水を飲んだ。
♧♧♧♧♧♧♧
今日はS Sランクの戴冠式なので、手ぶらでギルドに向かった。
ギルドに入ると何やらお祝いムードで、どいつもこいつも思い思いの酒を俺にぶっかけてきた。
勿論、ミーシャやヴィーナスには掛けられない。圧倒的な男女差別によって俺だけが被害に晒されることになっちまう。
「──であるからして、諸君らをS Sランクに任命する。最速記録であり、偉大なことである──この先も精進……」
ギルマスの言葉は半分以上記憶に定着しなかったけれど、とりあえずなんか凄いことを成し遂げたのは理解できた。
ミーシャなんて目を潤ませてるし、いつもは襲いかかってくるギルドの面々も今日ばかりはスタンディングオベーションで拍手喝采だ。
適当にクエストやダンジョンを攻略しまくってきただけ……だし、あまり実感は湧かない。
ずっしり重い白色プレートを渡されて
何かが足りない、満たされた感じはやっぱり無い。
「浮かぬ顔をするでないブレイズマンよ。皆が見ておるのだからな」
「っ、そうっすよね。ははは」
ギルマスに突っ込まれてしまったのでにへーっと笑ってみせる。これでいいのだろうか。
半分夢心地だ。
ふわふわした感覚が抜けない。
壇上を降りてからはギルメンに振り回され、ぐるぐるぐるぐる。
早すぎる。
なんか、いろんなもんに置いていかれそうだ。
「……っ、うぉえ。ちょいストップ」
「うおっ!? 悪いな、回しすぎたか」
押し出されるようにギルドから飛び出す。
ふらふらと石畳を歩きながら頭を捻る。
「なんか、違うんだよなぁ」
多くの
でも、それで達成感みたいなものを得ることはできなかった。
おかしい。
少し昔を遡れば、ククルに勝って武闘祭を優勝した時は嬉しかったのに……。
今とは何が違うんだろうか。
こうして下を俯きながら歩いていると──ゴツンと頭から何かにぶつかった。
「きゃっ」
人だ。
それも顔に傷の入った女剣士。
「──ご、ごめん。怪我はねえっすか?」
「っ、いや、こちらこそすまない。あたしの注意不足だ」
南国風の服で、胸元をはだけさせた変わった装いの女性だ。
やけに印象に残る力強い眼光をした黒目に射抜かれると、否応なしに鼓動が早くなる。
つか何だよ、さっきの「きゃっ」って。
喋り方とのギャップが凄いな。
出会い方といい、まさに運命的な──
「なーに、してんだ、よ!」
「ぬぅおわ!?」
背後からどつかれた。勿論ミーシャだ。
ミーシャがグルルと唸ると女剣士はハッとして頭を下げると去ってしまった。
背筋の伸びた後ろ姿を思わず目で追ってしまう──わけだけど、さっとミーシャに遮断される。
俺を追い越して前に躍り出ると、頭の後ろに手を組んで後ろ向きに歩き始めたのだ。
「なにしてんだよ。あぶねえぞ」
そっくりそのまま返してやる。
「危ないのはエルの方だ。やっぱ最近おかしいって」
「おかしいのは元からだろ」
「……」
「否定してくれ……っ」
いや、おかしいのは元からってことはそれが通常運転か。
じゃあ俺は普通だな、うん。
そんな屁理屈はさておき、ちょっとは成長したと自称する俺はミーシャに聞いてみることにする。
「なぁミーシャ」
「ん?」
「俺らってすげえよな」
「おう」
ミーシャは当然のように言い切った。
「そっか……じゃあ、やっぱ俺イカれてるかもな」
「どうして?」
「何も嬉しくねえんだ。達成感がねえっつーか、何つーか。ダンジョン攻略しても、べつに何も感じねえし」
「……そりゃそーだ。だってエルにとっては全部余裕だろ。僕とヴィーナスはそれなりに苦戦してるけどさ」
あっけらかんとミーシャは言った。
さも当然のように。
ミーシャの答えは多分、当たってる気がする。
作業のようにこなすタスクに何を感じればいい。
起伏の無い物語は壁を眺めているのと一緒だ。
山籠りをしていた頃の記憶は正直言って、薄く引き伸ばされていて他人に語れることは殆ど何もない。
もしかすると、めちゃ心外だけどフリッツのパーティーにいた頃の方が、追放されてからの6年間よりも内容に富んでいたと思う。無理して思い起こす気はさらさら無いけど。
これで往くと、ここのところずっとダンジョン攻略の記憶が薄いな。強く覚えているのは『ウロボロス攻略』が最後だ。
街にいる時間──ククルやミーシャだったりと触れ合っている時間やハプニングの方が印象に残ってる気がする。
……まあ、これに気付いたところでどうすんだよって話だ。
俺は主人公なんかじゃねえし。
このまま過ごしてても、会社と自宅の往復をするような毎日が続くだけだ。
どうやったら何か変わるのだろうか。
もしも、武闘祭でかませ犬がヒロインに勝っちゃうみたいな事があれば、大きく変わると思うんだけどな。
「……ククルねぇ」
「おっ、ついにやる気になった?」
「え、何が?」
「助けに行こっかぁ、とか思ったんじゃないのか?」
「いや、どーだろ……」
何となく脳裏を過っただけなんすけどね……でも、そうか。
そういえばククルって──運命力激つよなヒロインだったな。
これまで起きたイベントは殆どククル関連だったし。
それ全部覚えてるし。
うーむ、
「……あ! いや、そっか。あっれぇ、まじかよ俺」
「どうしたんだ?」
「あーいや、変態かもしれん俺」
「は?」
「何かが起きねえと生が実感できねえ変態なんだよ。多分」
「え、ぇ、はい?」
武闘祭に番狂わせを起こして
フリッツと運命の再会ではかつて無いほど感情を発露。
ミーシャとの月下の出会いは鮮烈に覚えてる。
ククルの半分裏切り的な行為に大して怒ることもなく、ほぼ敵みたいなヴィーナスも仲間に引き入れた。
さっきの女剣士から受けた『予感』もすげえ良かった。
誰かに語りたいと思えるのは、何かが変わる──あるいは何かが変わる予感があることのみ。
かませ犬として生を受けた俺は、物語を自ら動かす好機に飢えているんだ、多分。
染み付いた生き方が今までそれを許さなかっただけで。
「ふ──っ、貴様、よく分からんがククル嬢を助けに行く気が出てきたみたいだな」
「ヴィーナスか……まぁ、な。でも正直言って、まるで救い出す算段が思いつかねえ」
「それは……そうだろうよ」
三人で路肩を埋め、頭を悩ませる。
そんな中でミーシャが沈黙を破り、俺の鳩尾に拳を当ててきた。
「なあエルさんよ。やりたいことは
「……ああ。多分」
「多分? それじゃだめだ。僕はお前が決めたことに従うって言ったろ。曖昧じゃないんだよな?」
ベレー帽の美少年。
ミーシャは胸が苦しくなるほど、俺をしっかりみてくれる。
そんな目で見られたら……本音で答えよう。
「……白馬の王子になりたいって。思っちまったんだ」
「この前と言ってること違うじゃん」
「回り回って気付いたんだよ」
「いいんだな、それで」
「ああ」
「分かったよ……っ。ちぇっ、よりにもよって王子様かよ」
ミーシャはベレー帽を今一度深く被ると、「これから忙しくなるな」と呟いた。
「え、突撃かますだけだろ?」
「ばかっ、式場は『ダンジョン』だぞ!? 丸腰で落とすのは無理だって!」
「……じゃあどーすんだよ」
「僕が人肌脱ぐのさ」
「どゆこと?」
ミーシャはニィっと笑い、ベレー帽の隙間から銀髪を一本抜いた。
「エル──僕を選んだその耳は正しかったよ」
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余談ではありますが、『ウロボロス』以降はダンジョン描写を一度も入れてません。語り主のエルにとって重要じゃなかったので。
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