第25話 ※《フリッツ視点》俺は終わっていない

「悪いね、他を当たってくれないか?」


 ──おかしい。


 ここ最近の不振にフリッツは頭を抱えていた。


 ランクはBに留まったまま上がらず、新規加入したメンバーも定着しない。

 結果が振るわなければ新たに勧誘しようとしても、今のように断られてしまう。


 つまるところ、悪循環に陥っているのだ。


「くそ──っ、これ以上家の力は使いたくないのだが……」


 自分達に切れるカードはもはや家の力だけ。


 有力な商家の出である彼は、父に頭を下げれば湯水のように金を使うことができる。

 しかし、頭というのは下げるほどに軽くなる。

 いくら大きな源泉を持っているといっても、そこには限界があるのが道理。


 徐々に頼りない姿を見せるようになっていたフリッツの背中を相棒であるメインは何とかして押そうと試みる。


「まっ、まぁ……ゆっくりやっていこうや。お前ほど男は見た事ねえ」

「世辞はいらん」

「嘘じゃねえって。ほらほら」


 そう言って金貨を咥えて見せるメイン。


 これを見たフリッツは少し瞳孔を広げると、その金貨を払い除けた。


「あっ、あ〜! 何すんだよフリッツ!!」

「うるさい。黙って拾え」


 犬のように金貨を拾いに行くメインを見下ろしながらフリッツは仄暗い感情を満たす。


 あぁ、まだまだ自分は終わっていないと。



♤♤♤♤♤♤♤♤



 次の週。

 おかしな男がフリッツ達の泊まる宿舎に来た。


「お前がフリッツだな?」

「あ、ああ」


 金髪の男だった。

 純白の鎧を纏った、嫌味な微笑がよく似合う。


 金の匂いをぷんぷんと漂わせたその男は、自らを『グランツ』と自称して、斜め上をゆく質問を金貨百枚を添えてぶつけてきた。


「エル・ディア・ブレイズマン──この名を知っているな?」


 その言い回しはフリッツ達が事を確信しているように聞こえた。


「知っている……昔、組んでいたからな」

「そうか、何処まで知っている? 能力、コネクション、性格、体格……知っていることを全て話せ」


 大仰な態度で問い詰めてくる──それはそれは、フリッツの意志など知った事ではないと言わんばかりに。


 これに対し、早くも苛立ちを抑えきれなかったのはフリッツではなく短気なメインの方。


「てめえっ、それが人にモノ聞く」

『黙れ』

「ふぐぅあ!?」


 唾を飛ばし荒ぶるメインの口が強制的に閉じる。

 意味が分からないとペタペタ口を触りながら、メインは窒息したのか失神した。


「さて、改めて。知っていることを全て話してくれないか?」

「……待て、その前に聞かせてくれ。なぜ、エルの素性を知りたいのだ?」

「ふむ。近頃急上昇中の男について知りたいと思っているだけなのだが? 何かおかしいかね?」

「……」


 確かにヤツの活躍は最近耳によく届いているが……何故なのか。


 


 眼前の男が真の目的を語っていないのは百も承知。

 しかし、フリッツの中に渦巻いたドス黒い感情が口を軽くする。


「ふっ、フハハ。いいだろう、全てを語ってやる──だが、金はいらない」

「ほう?」

「貴様、俺を誰と心得る」

 

 辛うじて不敵な笑みを浮かべたフリッツは、机に並べられた金貨を全て払い落とす。

 愚かに踊るピエロにも、僅かながら主人公としての残滓が残っているのやもしれない。


 土俵際で踏み留ろうとするフリッツはベラベラとエルのパーソナルな情報を知り得る限り話し──気持ちよく話して、机を叩く。


「──俺の功績を奪ったゴミというわけなのだ!!」


 立て付けの悪い机の足がぐらぐらと揺らぐ中、相対するグランツは愉快に口元を歪める。

 

「それで終わりかね?」

「あ、ああ。そうだが?」

「……耳が良いこと以外は分からぬではないか。本当に仲間だったのかね」

「ばっ、本当にこれだけなのだ! 貴様、俺を愚弄しているのか!?」


 感情を発露させまくるフリッツに対して金髪の男は粘着質に嘲笑うのみ。

 両者の間にある差は明白であった。


「愚弄? 何を言う。お前ほど踊りの上手そうな男は中々お目にかかれんよ」

「……? どういう意味だ??」

「知る必要はない。それより──」


 グランツは立ち上がり、黒い名刺を机に滑らせる。

 怪訝な顔で受け取ったフリッツは、紙面上に記された文字列を見て驚愕する。


「『ガーディアンズ』、だと? 世界最高の……」


 フリッツの目の色が変わった。

 格が違いすぎる。

 あまりに住む世界が違う人間に対して、もはや怒りや苛立ちといった感情は生じない。


「一週間後、名刺に記されたポイントに来るがいい。客人として招待してやろう」

「……何を企んでいる?」


 言葉を聞く価値は上昇した。

 しかし、依然として怪しい男であることに変わりはないのだが、それでもグランツはあくまでも紳士的に茶会にでも誘うかのような声色でフリッツをエスコートする。


「なに、将来有望な男がこのまま潰れるのは見たくないのだよ」

「……っ」

「ブレイズマンにこれ以上遅れを取りたくないのだろう?」

「──っ、く」


 ぎり──と音が漏れるほど奥歯を擦り合わせると、フリッツは名刺を奪い取った。


 それから現状を瞬時に咀嚼する。


 理由は分からないが、世界最高の男が自らに価値を見出した。

 これが事実。

 これが結果。


 つまり。

 つまりだ。


 ──やはり、俺は終わっていない。

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