第19話 ドッグラン

「俺たちがSランク? どういうことっすか?」

「ククル様が抜けられたようですので、凍結していたポイントを稼働させました」

「……馬鹿げてますね」

「はい、私もそう思います」


 ギルドの受付は、いたって冷静に業務を遂行した。

 クレーマーのような雰囲気を醸し出している俺に対しても全く動じねえ、このギルドの受付なだけあって肝が据わってる。


「は〜〜〜あ。クッッッソ、多くの探窟家が一層で断念する中、二層まで行ってるククルがAランク止まりなのはそういう事だったのかよ……!」

 

 粘着するわけにもいかず、すごすごと撤退する俺とミーシャ。


「そういうことって?」

「受付の人が言ってたじゃん、第三層はSランクにならないと入れないって。グランツの野郎、先越されねえために根回ししてやがったんだ」

「なるほど……成金臭かったし、ギルドに圧かけてたのかもしれないな」


 俺の愚痴にうんうんと頷くミーシャ。

 あれ、なんか、


「成金……って、お前、アイツのファンじゃなかったのかよ」

「ファンなんてすぐ冷めるさ。ほらアイツ、口臭そうだっだし」


 ミーシャは鼻を摘む仕草をして、ちろっと舌を出した。


「ぷはっ、それ言うなら仮面の裏全部だぜ。ダンジョン篭ってる野郎の仮面なんて蒸れ蒸れの蒸れよ」


「ひっど、違いないや」

「つーかククルの奴も先言っとけよなぁ。なんか理由があんのかも知れねえけど」


 悪い顔して陰口言って盛り上がる。


 なんだこりゃ、すっげえスカッとする。

 多分、被害者仕草でバカ言ってる時間が一番気持ちいいんだわ。

 直接殴りに行かなくても勝った気になれる最強の一手。

 

 なんかミーシャもノリノリだし、悪い気分はまったくしねえ。


 まあ、そんな風にギルドで馬鹿騒ぎしてると、ダル絡みしてくる輩が現れるのは目に見えてる。

 

「誰の陰口だ? 俺も混ぜてくれよ、『超新星スーパー・ルーキー』さんや」


 スキンヘッドの上裸男とビキニアーマーの世紀末コンビだ。


 つか何だよスーパールーキーって。

 くそ安直な通り名が出来てるじゃねえか。


「誰だと思います?」

「グランツだろ」

「分かってんのに言わせようとしないでくださいよ。冷やかしだ、行こうぜミーシャ」


 ミーシャの手を取って去ろうとする。

 

 この瞬間、思わず立ち止まってしまう言葉をビキニアーマーが吐いた。


「私たちと組まないかしら?」


 私たち、パーティー同士で組む──てことはクランか。


「大方グランツにククル嬢を奪われたってところよね? ならきっと彼女はもう戻ってこない。落ちた戦力を私たちがカバーしてあげるわ」

「お前らと組みたい連中は山ほどいる。だが、俺たちが一番槍はもらうし、それっきりだ。他の連中にくれてやるつもりはねえ」


 Sランクのプレートをぎらつかせてアッピールしてくるスキンヘッドとビキニアーマー。


 言いたいことはわかるけど……。


「行こうぜ」

「ああ」

「背中に乗ってくれ」

「よしきた!」


「おっ、おい!! 話は終わってねえぞ!!!」

「ばーーっか!!! むさ苦しい連中にゃ微塵も惹かれねえよバーカ!!」


 ミーシャを背負いギルドを飛び出して逃走する。


 気温は高く、天気は晴れ。

 くそ暑い中でひた走る。


 走る走る走る。

 二人組はすぐに見えなくなったけどそれでも走る。

 

 何故かって──?

 新手が増えてるからだ!

 ひーふーみー、何人いんのか分かんねえ。

 

 ククル脱退の噂は電光石火で広がったみたいだ。

 この街の連中はパッションに溢れてやがる。

 俺に落ち込む暇なんて微塵も与えてくれやしねえ。


「エル! 次、右だ! ああっ、左! 今度は後ろ!!」

「後ろぉ!?」

「やっぱ前!」

「はぁっ、はぁっ、いや──上だろ!」


 大地を力強く踏み締めて天高くジャンプする。

 この世界の誰もが追いつけないスピードで走り、誰よりも高く跳ぶ。


 太陽と同じ目線で少し静止し、近場の屋根に着地して大の字になる。


「死ぬって──っ、マジで」

「ははっ、おつかれさん。なんか凄かったなぁ」

「すげえなんてもんじゃねえよ、イカれてるって。どう考えても傷心の俺たちに対してやる仕打ちじゃねえ」

「それくらいじゃなきゃ、やっていけないってことだよ」

「……うへぇ、みんなちゃんとネジ飛んでんだな」


 ちょいと一休み。

 ここもすぐにバレる。

 それまでは一息つきたいところだ。

 

 ゴロンと仰向けになり、雲の流れをぼんやりと眺める。


「なぁ、俺たちSランクだってよ。信じられるか?」

「びっくりだね、凄い探窟家シーカー名乗っていいかも」

「多分そのうちSSランクにも上がるし、そん時でいいや」

「そこまで行ったら本物になれるね。少なくともエルは」

「……ミーシャもだろ」

「いいや、分不相応すぎるよ。エルのおこばれでしかないって」


 ミーシャも仰向けになったのか、頭の上から声が聞こえる。


「エルってさ……どうやってそんなに強くなったんだ? 強い奴ってだいたい皆自信に溢れてるのに、エルはいつも……弱気に見える。僕の持論なんだけど、自分を信じられない奴は強くなれない。だから凄く不思議なんだ」

「……」

「言いたくないなら流していい」

「いや、そんな事ねえよ。ただ……改めて聞かれると、分かんねえなって思っちまった」

「分からない?」


 いや、だって……がむしゃらだっただけだしな。


 強いて言うなら──

 

「自信がなかったからじゃねえか? 俺は俺を信じられねえからこそ酒と剣に頼り切った。全部投げ出して溺れたんだ。あの頃の記憶なんてもう……血と酒の味しかねえよ」

「…………凄いな、エルは」

「んな事ねえって。バカになりゃ誰でも出来る」

「そんな事あるって、僕が保証する」

「──」

 

 むず痒いな。

 あっ、そうだ。


「うっし、来たぜ。もうひとっ走り行くぞ」

「え──っ? おわっ、やっば!! 囲まれてんじゃん!!」

 

 大丈夫、もう逃走ルートは確保してる。


 音──の鳴りが弱い方に進めばいい。


「降りてこいやァ!!」

「人にモノぉ頼む態度じゃねえなァ!!!」


 音を拡散し周囲の奴らの聴覚を一時的に麻痺させる。


 びっくりしてる隙をつき建物の裏側に飛び降りて路地裏を左右がむしゃらに駆け抜ける。


 音の、音の小さな方へ──!!


 よし──っ、あの曲がり角の先がゴールだな。


「止まれ、ブレイズマン」

「ぬあ!?」


 逃げ切れる──そう思った矢先、曲がり角からヌッと白鎧の金髪女騎士が飛び出してきた。


 あの鎧は確か、グランツの!


退け!!」

「ほう? 無抵抗の私を斬るつもりか??」


「──ちィっ」

「はぶぅっ」


 キキキーーーーっと急ブレーキして停止する。

 衝撃でミーシャのデコが俺の後頭部に直撃し、背中の重みが少し増した。

 気絶したな。


「……ったく、次から次へと。今度は何しにきやがった」


 ミーシャを寝かせて奴を分析する。


「仕合いをしに来たのだ」


 特筆すべきは奴の歩法。

 全く音がしない。


 なら、考えられるのは『音魔法』。

 周囲の音を制御下に置けば完全に音の発生を断つことも可能。


 『音魔法』の扱いに長けているのなら、先回りが出来たの理由も説明できる。

 自然な感じで音をコントロールして、何も知らない俺を誘導すればいいのだから。


 でも──この推理は、一つ穴がある。 


「仕合いするのはまあ、構わねえが解せねえな。探窟家の情報は得難いものだろ。ましてや俺は新人みてえなもんだ。どうやって身体的情報まで入手した?」


 前提として俺の能力ステータスを知ってなきゃ成り立たない作戦だ。


 女騎士はあくまでも毅然とした態度を崩さずに剣を抜き放つ。


「新人……だと? 貴様が? 胸に手を当てて、過去の自分に聞いてみるといい」

「そうかよ……そんなら安心したぜ」


 彼女が漏らしたわけじゃねえんだな。

 滑らせたのは間違いなくだ。


「騎士さんよ、名前は?」

「申し遅れた。『金獅子』ヴィーナス・グレンジャーだ」


 互いが踏み込んだ瞬間、周囲から音が消えた。

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