6.別に小娘が気になるというわけではない


「あー猫ちゃん!」

「可愛いー!」


 子供というのは騒がしく恐ろしい生き物だ。特に幼い子供は私たちを丁重に扱ってくれない輩が多いから危険なのだ。

 本来なら行くことは無かったが、何となくあの小娘のことが気になり学校まで来てしまった。小娘と同じ格好をしている者が多いからきっとこの学校なのだろう。近い場所にあることは知っていたが、来るのは初めてである。

 ここは15歳から18歳くらいの、強いて言えば大人になる手前の子供が通う学校。中には学校に行きながら仕事をしている人間もいるらしいが、ここに通う人間が別の所で働く理由は生きるためというわけではない。わけが分からない。


「珍しいな。こんなところに猫なんて」

「ホントだ」


 本当にここは人間が多い。人間に注目されるのはごめんなので隠れた。

 広場では玉を蹴っては追いかける人間や、線に沿って走り、並べた柵を飛び越えて競う人間がたくさんいた。昔から思っていたが、人間は奇妙な娯楽を考えるものだ。

 別の所に移動すると、ようやく見慣れた人間が現れた。


「ねぇ真昼、放課後時間ないー?」

「ごめーん、今日もおばあちゃんの所行かなくちゃだから」

「えー、無理すんなし。一人なんでしょ?」


 植木から建物を覗くと、偶然あの小娘が同い年の人間と歩いているのが見えた。

 あんな生意気でも友人の一人二人は出来るものなのだなと関心する。


「なら私も付き添うよ。手伝いできることあれば手伝う」

「いいよ……世話できるの私しかいないし。最期くらい一緒に居たいし」

「うわ真昼めっちゃ健気〜!」

「だからごめんね。もうしばらくしたら遊べると思う」

「でも真昼それって」

「じゃあ行くね!!」


 私は建物から出た小娘を追いかけた。しばらく彼女は走っていたが、道に曲がるとゆっくり歩き始めたので追いかけるには容易かった。家の塀に上り、小娘の近くまで駆け寄る。


『小娘にもあんな友人がいるのだな』

「うわ、付いてきたの!?」

『気まぐれだ。このまま老婆の所へ行くんだろう?』


 小娘は私から視線を逸らし、下を向いた。下を向くのは人間にとって悲しい時だ。


「……行かないよ」

『お前老婆が死ぬのを悲しんでいたではないか。それにさっきの会話、友人に嘘を吐いたということだろう』

「人の会話聞くんじゃないわよ」

『耳に入ったのだ。不可抗力だ。だがあの友人もお前のこと心配そうにしていたではないか。お前も普段からかなり忙しそうだし、それに加えて病気なのだろう?なぜ頼らない』

「いいよ。そんなの……」


 小娘は止まり、私に顔を向ける。


「ねえ、ミケ。私のペットになってよ」

『断る』

「なんで?家に入れば寒さもしのげるし、ご飯も毎日あげるよ?」


 突然の提案に私は困惑した。いやいや餌をやった癖に、今度は飼い猫の勧誘。だがこの小娘の雰囲気が親と引き離され捨てられた子猫によく似ている。


『小娘、お前は私に縋ろうとしていないか?寂しいなら他の人間に頼ればいいだろう。それか生涯共に暮らす番を作るか』

「つがっ……そんなのまだ私には早い!!それに友達に頼るとかそんなの……」

『一人で生きるというのはそういうことだ。どんなに寒い寝床でも、腹を空かせていても、寝床は自分で探さなければならないし、飯は自分で狩らなければならない。今のお前はただの独りよがりだ』

「ねえ、それって矛盾してない?一人で生きるのに一人よがりって」

『矛盾はしてない』


 まったく、世話のかかる小娘である。

 口出しするだけで何もしていないではないか?まさか。これは未だ独り立ちできない子猫への教育である。

 小娘はすねたのか、踵を返した。


「もう知らない」

『夕飯は忘れるなよー』


 この小娘に限ってそんなことはなと思うが、どうだろうな。

 さて、またいつもの所で日向ぼっこでもするか。

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