第7話 屑の本懐

第七話 屑の本懐


「あ....ぁ.......ぁ」



「何だよあれ?何でリーダーがやられてるんだ?それにアイツ誰だよ!」



「考えるのは後だ!リーダーを助けるぞ!」



 再び手を翳し、様々な属性の魔法が飛んでくる。背後からの攻撃。しかも右の手は首にめり込み防御に使うこともできないのだから、外れることなど誰も考えてない。



 多勢に無勢の攻撃を見るや否や焦る様子もなくゆっくりと振り返り、キノが首を掴んでいる奴が数多の攻撃を一身に浴びる。


 メリメリと首に指を食い込ませ、あろうことかキノは人を盾にしたのである。



「リーダー!!!」



 攻撃は全て生きた盾に当たり、それを構える人には一発も当たらない。



「あーあ。この人あなた達のせいで死んじゃう。介錯してくれたの?」



 古ぼけた黒い外套のフードの奥では黒い瞳がギラギラと輝き、木のうろに溜まった水に石を投げ込んだ時の様な低めの声が響く。



「何酷いことしてるんだよ!お前!」



「俺たちだってそこまでやってないだろ!?」



「酷いこと?食事が欲しいって言ってきて、それをガラスで台無しにしたお前らは酷いことしてないんだ?」



 その言葉を聴いた途端にピタリと静かになった。



「そもそも、コイツらは俺達に家賃を納めてない!国に税金すら納めないで..」



「馬鹿なの?先月できたダンジョン。その周りを勝手に買い占めたのはあんたらの都合でしょ?こんな下民区にある孤児院がそんな大層なお金を払えると思ってるの?そんなに下民区の生活水準派高かったっけ?」



 ここで口を開けば、立場を悪くする。そう思ったのか誰も言い返せない。



「そもそも、お前は何だ!急に現れて正義のヒーロー気取りか!?」



「何で正義のヒーローなの?あんたら、自分達が悪いことやってるって自覚あるんだね」



「リーダーを助ける事が先決だ!一気に斬りかかる!アイツらはどう見てもアサシンに良くてソーサラー。前衛職で攻めればこっちが有利だ!」



「分かった!」



「任せろ」



 獲物を抜き距離を詰めてくる。支援系の職業が殆どいないせいか、九割が敷地の鉄柵を超えてなだれ込んできた。



 この数相手に戦闘を行うなど自殺行為に等しい。



「うっ!あ..!あ...」



 先頭にいた数名が首を掻きむしりながらその場に膝を着く。



「おい!どうした!?おい!?」



 一斉に脚を止め、具合を悪くした者の様子を見る為に歩み寄った者も首を掻きむしり地面に膝を着く。



「何だよこれ!?どうなってるんだ?」



「何だよって、いつも私たちにしている通りのことでしょ。私たちを苦しめるからそのお返し」



「は?」



 アサシンの声が理解できない。



「世の中には生まれながらの貴族と努力して成り上がった貴族の2種類が存在する。前者は必然的に平民や下民を病原体の様に扱い、利用するだけして捨てる」



「それの何が悪い!?努力する事を怠り今に満足して何も生み出さないでいる奴らなど生きている価値すらない!」



「親の功績で今の地位にいる奴らが説教垂れるなよ。親の脛齧って下民の食事を旨そうに食べるお前らの方がよっぽど生きてる価値ないから」



「何だと!?」



「そういう搾取によって下民と貴族の経済的な差は開いていく。国からしてみたらよっぽど貴族の方が老害でしかないんだよ!」



「糞が!」



 キノの言葉に激昂し、剣を握り襲い掛かろうとしても周りと同じ様に地面に膝を着く。



「あんたらは、土地代を払わない奴らへの嫌がらせとしてここに飯を食べに来たんだろ?浅はかすぎるよ」



「何だと!」



「だって、考えても見ろよ。普段、小汚いとか臭いとか言って卑下してる奴らが作った食事だよ。未知の病原体が入っていてもおかしくないだろ?」



 その言葉を聴いた途端になだれ込んできた冒険者達の血の気が引いていく。



「デタラメだよな?」



「そんなわけないじゃん。あれ見て」



 ボロ雑巾の様に掴んでいた首から手を離し、フラフラと仲間のもとへと帰っていき仲間がそいつに手を貸す。



 空いた方の手で屋敷の横を指さす。簡素な木の杭が十字になる様に地面に刺さっている。それも一本や二本ではなく屋敷を取り囲む様にぐるっと一周。夥しい量の十字架が地面に突き刺さっているのだ。



「あそこにはこの屋敷の近くに住み着いた奴らの死体が眠ってる。病気や殺人で助からなかった人を供養しているんだけど、そいつらの肉はどうすると思う?教会もないところで焼けると思うか?」



「地面に埋めてるんじゃ...」



「棺に入ってもいないんじゃ、野犬に掘り起こされて匂いも凄くなるだろ?正解はここで出してる炊き出しに混ぜてるんだよ!散々下民を卑下していた奴らが美味しそうにそれを食べるなんて皮肉もいい所だよな」



 口に手を当て今にも吐きそうな顔をしていた。



「糞!舐めやがって」



 そう言いながら武器を振り上げようとも周りと同じ様に首を引っ掻きながは地面に膝を着き苦しむ。



「本当に学習能力無いんだね。死体をかさましに入れてる奴らが住んでる屋敷だよ。そんな不衛生な所、未知の病原体がいるに決まってんじゃん。ねえ見てよ。最初に倒れた人なんて顔が真っ青。今にも死にそうじゃん」



 地面に寝転んだ冒険者の腹を軽く足で蹴る。ゴロンと仰向けになるのだが、暗い中でもはっきりと顔が青くなっているのが分かるくらい変色していてピクリとも動かない。



「うわぁぁぁぉぉぁぉあーーーーーーー!」



 それを見た途端慌てふためき屋敷の敷地内から次々と冒険者が居なくなる。



「まっ...て。おれた...ちも行く」



地面に寝そべっていた者もフラフラと後に続く。



 しばらくして、屋敷の庭からは殆どの者がいなくなり五人だけが残る。



「クソ!クソ!何だんだよ!もう!」



「貴方達は尻尾を巻いて逃げないの?」



「惨めに下民相手にそんな事出来るわけないだろ!?」



 その場で地団駄を踏み、子供以下に見える。



「じゃあ、逃げられる理由を与えてるよ」



 不意に視界から消え去り再び同じ場所に現れた。



「一体何をしたいんだよ!?なぁ!?」



 そう取り乱しても何も答えない。ゆっくりと右手を外套の中から出し、人差し指で真っ直ぐと指し示す。



「それ、あげたよ」



「は?」



 自分が着ている皮鎧。右肩から左脇腹の辺りまで深くキズができ、赤い液体が地面に溜まっている。



 よくよくこちらを指してくる手を見ると夜空の様に美しく星が輝いている様なナイフが握られている。そのナイフからもドロっとした液体が滴っていた。



「斬られた!切られた!きられた!助けてくれ!」



 地面にひっくり返り、斬りつけられた部分を必死に押さえつける。あれよあれよと言っている間に手は血まみれになっていく。



「退くぞ!急げ!」



 負傷した者を残りでどうにか抱え上げ、ようやく全員が出て行った。



「終わった。騒がしかったね?」



「ねぇ!?何で深夜なのにこんな長時間男の姿になってるの!?抗魔剤何錠飲んだ!?」



「10錠」



 そう言っているうちに体がシュルシュルと一回り小さくなり声も高くなる。



「それがどういう薬か理解できてる?身分証明書の時や緊急事態の時だけにしろってゆってあったよね!?」



 起き上がり、服についた土を払い腰に片手を当てながら呆れる。



「分かってるけど、大丈夫。最近は調子良い」



「調子乗ってると後からどっと疲れが出たりするんだからね!」



「はいはい」



「ちゃんと聞いてる!?」



「女2人だと舐められるから男の姿になったの。エナが心配だった」



 まだ僅かに男の顔の面影が残っているせいか、エナが顔を赤くする』



「そ、そう?だからってあんな無茶しないでよ」



 照れてもじもじしているエナの代わりにランプを拾い上げ蓋を開ける。中からは手乗りサイズの赤い小さなトカゲが出てきた。



「リム、小さくなりすぎじゃない?」



「最近食事を食べなくなってランプにいつく様になったの。まぁ、蝋燭代が浮くしこれはこれで助かるんだけど」



「ごめん。蝋燭代が明日から必要みたい」



 いつも通りの声で謝るので何があったかと見てみれば先程まで手乗りサイズだったトカゲが抱き抱えられるほどずんぐりむっくりに成長していた。腹の部分がクリーム色で鱗に覆われてなく、プニプニなのだが、明らかに何かを食べさせられたと分かるほど膨らんでいた。



「リムちゃんに何したの!?こんなに満ち足りた顔してるし!」



「いや、ソーセージ食べるかと思って近づけたらこうなって...外套に隠してたやつ10本はあげすぎた」



「ソーセージ食べる為にこの大きさになったの!?魔法動物の大きさは主人に合わせて変化するのにお前は食欲を優先させるかー」



 ムチムチっとした頬っぺたを引っ張ると確かにソーセージ臭いゲップを吐き出す。



「明日から、ソーセージも作らなきゃだな! お肉は沢山送られてくるから大丈夫」



「うん。そう言う問題じゃないの。後、あんな無茶はもうしないでね。キノが送ってくれた魔物の供養の為に建ててるお墓をうまく信じてこませたから良かったけど...」



「ここで住んでなきゃ知らない事だしばれっこないよ。それに、あれのおかげでお香作戦もうまく行ったし」



 屋敷の入り口を指さすと紫色の円柱状の筒を指差しながら自慢げに話す。



「風上に痺れる効果のあるお香を焚いて病原体を演出したのね。基本魔法と調合スキルだけでよくやるね」



「気配を消す『遮断』の応用で、視認しにくくした。月明かりがあったから用心に越したことはないでしょ」



「じゃあ、なんで私たちは痺れてないの?」



「理由はこれ...」



 キノが口周りをさす。エナも自分の口周りと鼻周りを触ると手には極細の糸が付いていた。



「『放出』の応用で目に見えにくいほど細い糸をあの煙の中でマスク代わりに編み込んだ。私の身体から離れれば効果が薄れるけど」



「『遮断』がうまいぐらいにハマったからって自分で隠蔽とかいい名前付けちゃってるし、完全に調子乗ってるわね。でも、最後切りかかったのは肝を冷やしたよ。後の4人からの報復とかは考えなかったの?」



「だって切ってないし」



 先程のナイフを取り出し、柄の部分を強く握ると刃先から赤い液体が出てきた。



「これで切った様に見せかけた」



「何の為に?」



「あの人が私のために作らせた屋敷の庭を汚い血で汚したくなかった。それに、報復されても私は一切切りつけてないって言って冒険違反者として嵌めるつもりだった」



「毎度のことだけど肝が冷えるわ。さぁ、逃げ惑うアイツらを見てスカッとしたし、中に入ろ?」



「そうだな。それと、あの人って誰だ?」



キョトンとした顔でエナに聞く。



「キノより私の方が後に来たから知ってる訳ないでしょ!?」



 溜息を吐き屋敷に戻ろうと一歩踏み出す。そのすぐ横で地面に落ちている一枚の紙に仕掛けられた魔法陣が起動し、土で体ができた狼がエナの首目掛けて口を大きく開く。



 それに噛みつかれる寸前で気が付くのだか避けられない。咄嗟のことに足が絡まり合い、後ろに身体が滑った。



「嘘」



 死を覚悟したその瞬間。人差し指ほどの無数の峨嵋刺が狼の身体に突き刺さり、屋敷の外壁まで飛んでいった。壁に当たった時の衝撃で跡形もなく塵となって消える



「大丈夫。エナのことは私の命に代えたって守るから」



 しゃがみ込んだ男前のキノの腕の中にすっぽりと収まり、支えられているせいか心臓の動悸が治らない。


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