第6話 本性

第六話 本性


「先ず、話を詳しく聞かせて」


 決して強くない口調でシチューの肉を口に運びながら状況を聞く。目を細めながらも怒る気配は全くない。それどころが、告げられた言葉によって微睡の世界から意識をゆっくりと引き戻す事ができた様な顔をしている。


「うん。事が起こったのは一ヶ月前。直ぐ近くの森の中に見慣れない洞窟が出て来たの」


「自然発生のダンジョン」


その言葉に首を縦に振る。本来ダンジョンというのは鉱床の様に自然と地上に出てくる。国の中とは言え、ダンジョンが発生するのは普通にあるケースなのだ。


 しかし、この下民区で発生するのは珍しい。飼えなくなった魔物を下民区に捨てる貴族もいるせいで、ここに住む者たちの自衛スキルも高いのでダンジョンから漏れ出た魔物から被害を受ける心配も健康な下民であれば殆どない。


「そのダンジョンは、最初森を管理している平民が見つけて冒険者ギルドに報告したんだけど、希少な金属が取れるって分かったら、ある貴族が森ごと買い取ったの」


「ある貴族?」


「子爵のサルバドール・ゲルド。そいつがダンジョンを買い取って、ダンジョン踏破を企んでる。踏破すれば冒険者ギルドからは報酬がたんまり出るし、踏破後は観光施設として使うことを見越しての投資だろうけど地元住民まで近づかせない様に土地ごと買い取らせるなんてどこまで臆病なの!」


「そういうやつだった。大方、この辺は強い魔力を持った下民が多いから何かの拍子で踏破をされるのを嫌がってる。それか、自分達が入ってきた後に入ってきた強い下民に殺されるかもしれないとか思ってるだと思う」


「その貴族のことよく知ってるのね。まるで見てきたみたい」


「だって、さっきまでそいつのパーティにいた」


 皿の淵に口を付けスープを飲み干すキノに驚きを隠せない。


「はぁ!?」


「だから、レイドを意識した編成にし直したのか。ダンジョンの最後にいるボスを倒さないと踏破した事にならないし」


「ちょっと待って!!?何で言わないの!?」


「だって聞かれなかった。まさかそんな事になってるなんて思わなかったし。ソロで探索してた所を無理矢理雇われただけだから」


「なんか複雑な気分。もし、パーティをクビになってなかったら私はあんたの事を殴ってたかもしれない」


「世の中うまく回るね」


 その気軽な言葉を聞いたせいか、エナの肩から今まで入っていた力が急に抜ける。まさか、目の敵にしていた貴族の元でキノが働いていたなんて驚くには充分すぎる材料であった。


「それで?周りの住民を、追い払った所までは分かったけど何でここに私達が住んでるってバレたの?霧が深すぎて普通なら辿り着けないと思うんだけど?」


「実は、それなんだけど...キノが送ってくれてるお肉が最近多かったから前よりも遥かに多くの人の分の炊き出しができるようになったの。それで子供達も手伝ってくれてこの屋敷の庭に多くの人が出入りする様になったらいつのまにかサルバドール家の冒険者にもバレて、ここの屋敷の存在がバレました」


「そう」


 そう言って皿に残ったスープをスプーンで掻き集め口に入れる。スプーンには皿にこびり付いた液体や具材の破片がどんどん集まっていき、ミニスープがスプーンの中で完成した。その味は普通に飲むよりも濃く、最後の一口に相応しい貧乏人の知恵だ。


(あれお咎めなし?)


 安心してエナも自分の分のスープを飲もうとした瞬間。


「ねぇ?私、言ったよね。私が送った肉でやるのは勝手だけど出入りが多くなればまじないの効果もガバガバになるから最深の注意を払ってって...」


「ごめんなさい!ごめんなひゃい!」


 エナの柔らかそうな両方の頬っぺたを思いっきり引っ張り上げ、無表情で叱る。ギリギリとゆっくりとだが、着実に力を込め、これでもかというほどに引っ張り上げる。


「それと、子供達の手に武器を握った痕があった。それは何で?」


「それは...」


パリン!


 話そうとした矢先、小さな部屋の外へと通じるガラス扉が投げ込まれた一つの石によって破壊された。ガラス片が粉雪の様に部屋に舞う。


「何?」


 咄嗟にエナを庇う様に身を低くして机の下に隠れて事なきを得た。


「あいつらまたきやがった」


 ドタドタとランプを持ち、庭へとエナが走っていく。


 キノは何が起こったのか処理が追いつかず、立ち上がりガラスが入ったスープを見つめる。シチューの中の肉にもガラス片が突き刺さり、灯りのなくなった部屋でそれが一番輝いていた。




 エナが外に出ると皮の防具に身を包みチンピラの様な人相の30人程度の冒険者が鉄柵を壊して中に入ってきていた。


「何の用!?」


「別に用事って程じゃねーんだけど、何が食べるものくんない?」


 ボサボサの金髪で顔に薔薇の刺青が入った黄色いモヒカンのリーダー格の男が上等な黒いシャツに黒いズボン、青い服を羽織った舐めきった態度で無理な要求をしてくる。


「ふざけないで!ここには親に捨てられた子供や怪我して働きたくても働けないスラム街の人の分しか無いわよ!」


「アララ?それはおかしいな。下民に食べさせる飯はあって俺たち貴族お抱えの伯爵の冒険者様が食べられる飯はないってか!?俺たちもそいつらと変わらないだろ?」


「あんた達はここに来て何をした?みんなが順番を待っている列に武器を持って割り込み何人を傷つけたの!!?そんな奴らに食わせる飯なんてない!」


「アララ、凄い言われよう。俺らは腹が減ってるんだよ!」


「なら、自分の家に戻って食べなさいよ。馬鹿なの 」


「はぁ!?俺たちがどこで食べようが勝手だろうが!!?殺してやろうか!?」


 筋の通らないいい加減な理論を展開し、何十人もの冒険者が手を掲げる。そいつらの装備品のあらゆる場所に宝石が散りばめられ、悪趣味なのが見て取れる。中には飾ることしか考えられていない装備品もあり、何のために作られた武器なのかすら分からない。


「やれ」


 後ろに控えた魔導ローブを着た魔法使いが赤い宝石をはめた指輪を一瞬輝かせる。短い号令と共に4つの火球が放たれ、その背後からは別の魔法使いが緑色の指輪を着け、一瞬輝かせると追い風が吹いてきた。


「チッ!礼儀は通せよ!食べて!」


 ランプを体の前に出すと空中の火球がランプの中へと収束していく。辺り一面の火が猛烈な勢いで吸い込まれていき、火が白く発光する。


「何だあれ?あんな魔法見たことない」


「そもそもあれ、魔法か!?」


 冒険者からはさまざまな声が聞こえてくる。未知の物に対するざわめきはどんどん大きくなる。


 ランプに灯っていた光が青く光る。


「吐き出して」


 ボワっと先ほどまで蓄積された炎が圧縮され、ランプから巨大な球になり噴き出た。


「炭になれ!」


「水魔法隊消火しろ!」


 その一言で、ポケットの中から青い石を取り出した数人が口早に詠唱し、ありったけの水の魔法が撃ち込まれる。火の魔法とは違う必要な箇所に必要な分打ち込まれる正確な魔法だ。


 一瞬にして辺りには青い煙が立ち込める。


「惜しかったな」


 煙に乗じて近づいたチンピラのリーダーが逆手でナイフを握った手を思いっきりエナに振り下ろす。


 咄嗟の事で逃げる暇などない。


「やったのか?」


 後ろで控えるチンピラが呟き結果に目を輝かせる。


 徐々に煙が晴れていく。そこに映るのは、腰を抜かしたランプを持った女の子と、先ほどのチンピラのリーダー。そして、月明かりに照らされる外套を深々と被った男が右手でリーダー格の男の首を背後から握りしめていた。

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