五 祠の管理人さんとの和解。そして……
「り、りりかちゃんっ……?!」
「ごめん、赤園……止めたんだけど、俺の力じゃ無理だった」
そう、申し訳なさそうに詫びたのは、ようやっとりりかちゃんに追いついた細谷くんだった。
「ひょっとして、ここでの会話、全部……」
「うん、聞いてた。邪魔にならないところで、黄瀬と一緒にひっそりと……」
真顔で、気まずそうに告げた細谷くんからの返事に、青ざめたまりんは驚愕した。
りりかちゃんにバレたっ……!私がゴーストであることが……堕天使と関わっていたことが……あぁぁぁ!!
心の中で絶叫するほど、まりんにとってそれは衝撃的な事実なのであった。
「わたしは……」
心底ショックを受けるまりんに抱きついたまま、りりかちゃんが不意に口を開く。
「まりんちゃんがゴーストだろうと気にしないよ。だから遠くへ行かないで、とっても淋しくなるから……ずっと、ここにいてよ」
それはまるで、遠くへ出かけてしまう母親に抱きついて甘える子供のようだった。仲良しの友達から伝わる愛しさと切ない気持ち。遠くへ行く方も辛いが、置いて行かれる方も辛いのだ。そしてそれは、まりんが恋愛対象としてみる細谷くんも同じである。
祠の管理人さんの言う通りだ。愛する家族、仲のいい友人や知人……大切な人と顔を合わす度に、この世から離れるのが辛くなる。
「ありがとう、りりかちゃん」
まりんはそう、自身の体に抱きつくりりかちゃんの腕にそっと手を添えると、心から感謝の言葉を述べたのだった。
まぶしいくらいの友情に満ちた、二人の女子高校生の姿を目の当たりにし、無言で額に左手を添えた祠の管理人さんは頭を抱えた。これが小説ではなく漫画のひとコマだったなら、頭を抱える祠の管理人さんの背景に、以下の文章が書き連ねてあることだろう。
ゴーストである赤園まりんが一緒にいれば、今もこの周辺を張り巡らす天神アダムの結界から脱出、冥界へまりんを連れて戻ることは出来る。
強行突破をすれば最悪、ここにいるシロヤマや死狩人の男子高校生、そしてアダムとの戦闘が勃発。アダムとの、本気の戦闘になれば、自身とアダム以外の人間に命の危険性が……そしてなによりも、一般人を戦闘に巻き込むわけには行かない。苦渋の末、祠の管理人さんはある決断をする。
「……赤園まりん。もう一度、俺と勝負しろ。君が俺に勝てたら、なんでも言うことを聞いてやる。成行き次第じゃ、先ほど俺が君に言い渡したことがちゃらになるかもしれない……勝負を受けるか受けないかは、君の判断に委ねる」
真面目な祠の管理人さんの顔を、じっと見詰めるまりんの目が驚きで丸くなる。思いがけないチャンスが、まりんに巡って来た。ならばもう、答えは決まっている。
「分かりました。祠の管理人さんとの勝負、受けて立ちます!」
闘志が宿る精悍な顔つきで、まりんはしっかりとそう返事をしたのだった。
自宅の敷地内と外を隔てる鉄柵の門の内側に、細谷くんと一緒にりりかちゃんを避難させ、まりんは祠の管理人さんと対峙した。その少し離れた場所から、シロヤマと天神アダムが、冥府役人のエディさんと、りりかちゃん行きつけのカフェのマスターの二人が固唾を呑んで見守っている。
深呼吸をして精神統一するとまりんは、銀色の剣を手に突進、前方で佇む祠の管理人さんと刃を交えた。
剣同士が、激しくぶつかり合う音がアスファルトの路面上に響き渡る。時々、跳ねては刃を交えての、まりんと祠の管理人さんによる攻防戦。それが暫く続いた後、刃を交差させた二人は離れると再び対峙した。
ほんの少ししか戦っていないのに、まりんの息が上がっている。一方、引き抜いた剣を右手に携え、悠然と佇む祠の管理人さんは息を弾ませていなかった。体力的にも、相手の方が有利であることは明白だ。シェルアの武術を以てしても、祠の管理人さんには敵わない。まりんは改めてそれを思い知った。
祠の管理人さんには勝てない。それを分かっていながらまりんは勝負に挑んでいる。自身の運命を変えるために、まりんは今、戦っている。
まりんは突進すると剣を突き出す。同時に突き出した祠の管理人さんの剣とまりんの剣の刃が交差するそして……金色の閃光が迸り、辺り一面に広がった。ふと気付くとまりんは、一面黄金色の空間の中にいた。
「これは……一体、どうなっているの?」
右手に銀色の剣を携えたまま、茫然とその場に佇むまりんの問いに、誰かが返答する。
「ここは、死封の守りが創り出した結界の中……みたいだな。君を守るために、その効果が発揮されたんだろう」
聞き覚えのあるその声に、まりんはゆっくりと前を向いた。凜然たる祠の管理人さんが、右手に剣を携え、そこに佇んでいる。
「死封の守りの結界……?」
「君がいま結んでいる赤いスカーフ……それを、どこで入手したんだ?」
「天神さまが……地球上で最強の老剣士から預かったこのスカーフを、私に授けてくれたんです。老剣士さんが持つ最強の死封の力が宿るお守りだそうで……って、そうか!このスカーフが死封のお守りなんですね!」
やっと分かったか、とでも言うように、フッと気取った笑みを浮かべた祠の管理人さんが返事をする。
「そう言うことらしい。君と刃を交差させた時、君よりも早く到達した俺の剣の切っ先が、そのスカーフに当たった。死封の守りの結界が発動したのは、その時だろうな。そうして死封の守りの効果によって君は守られた。
俺は初めから、君の命を奪うつもりはなく、剣の切っ先を向けても寸止め程度に留めておこうと決めていたのに……まさか、死封の守りに敵対されるとは思わなかったぜ」
気取った笑みを浮かべていた祠の管理人さん、不意にばつが悪そうな顔をしてぼやくと言葉を締め括った。
もともと、まりんが人助けのために祠へと向かい、そこに眠る堕天使の封印を解いてしまい、そのうえ、復活を遂げた堕天使と契約を結んでしまったことに原因がある。それを考えると、祠の管理人さんに対して、まりんは申し訳なく思った。
そこはやっぱり思うだけじゃなくて、ちゃんと言葉にして伝えないとならないよね。まりんは真顔になると、覚悟を決めた。
「何度も言うタイミングはあったのに……正直に告白するのが怖くて言えませんでした。けれど……今になってようやっと、決心がつきました。祠の管理人さん、私はあなたに伝えたいことがあります」
右手に携える、銀色の剣の柄を固く握り、まりんは口を開く。
「……ごめんなさい。人助けのためとは言え、私はあなたが管理をする祠に侵入し、封じられていた堕天使を復活させて、契約まで結んでしまいました。あなたに疑われている時点で、正直にそれを告白するべきでした。今まで、本当にすみませんでした」
深々と頭を下げ、心から陳謝したまりんの言葉を、面前にいる祠の管理人さんはどのように受け止めたのだろうか。
「ようやっと、君から直接、その言葉が聞けた」
そう、俯き加減で呟いた祠の管理人さんの口元に、安堵の笑みが浮かんでいる。
「参ったよ、降参だ。約束通り、君の言うことをなんでも聞いてやるよ」
剣を鞘に収め、気取った含み笑いを浮かべて、両手を挙げた祠の管理人さんはそう告げると降参したのだった。
勝ったらなんでも言うことを聞いてやる。祠の管理人さんからの条件を呑み、まりんは勝負に挑んだのだ。
「では、お言葉に甘えて……」
やり方はどうであれ、祠の管理人さんを降参させたまりんは真顔で切望する。
「今から半年以上前に、私の故郷に広がる田圃道で、あなたが私にかけた呪いを解いてください。それをしてくれないと私、永遠にゴーストのままで、元の体に戻れないのです」
遡ること一ヶ月前。シロヤマと一緒に時の神殿へと赴いたまりんはそこで、穏やかな表情をして眠る自身の本体と対面した。
「君が堕天使に殺害され、ゴーストになった日から、この部屋に保管していた。私の力で以て、君の体の時を止めている。その手で本体に触れると再び時が動き出し、ゴースト化した君は元の体へと戻れる筈だ」
時の神カイロス様とシロヤマの真ん中に佇むまりんはそっと右手を伸ばし、自身の体に触れてみた。しかし……
「……っ!」
ゴースト化したまりんが触れても何も起こらず、本体に戻ることが出来なかった。何故、本体に戻れないのか……その理由を考えているうちにある出来事が、まりんの脳裏に浮上する。
『俺は、君に疑いの目を向けている。黒髪の青年と同じく、祠の中に足を踏み入れた侵入者なのではと。だからこそ、君に呪いをかけさせてもらった。俺とキスをした時点で君は“
まりんの唇にキスをした祠の管理人さんは、鋭い目つきでそう告げて立ち上がった。そこまで思い出したまりんははっとしたのである。
祠の管理人さんにかけられた呪いのせいで、エターナルゴースト化したまりんは元の体に戻れないのだ。よって、元の体に戻るには、祠の管理人さんにかけられた呪いを解くしか方法は残されていない。その答えをみいだしたまりんに絶望感が襲った……
あの時は絶望感でしかなかったが、心から陳謝した今はすっきりとした気持ちで祠の管理人さんと掛け合うことが出来る。切実なまりんの願いに、祠の管理人さんが出した答えとは……
「いいぜ、呪いを解いてやるよ」
気取った笑みを浮かべたまま、祠の管理人さんはそう返事をすると、肩を抱いたまりんの左頬に右手を添えて顔を近づけ、キスをした。
まりんにとって、彼とのキスはこれで二回目になるが、恥ずかしさのあまり赤面はしたけれど、祠の管理人さんに対する感情はそれ以外なにもなかった。
「これで、君にかかっていた呪いは解けた。いつでも、元の体に戻れるぞ」
まりんとのキスを止めて、そっと身を退いた祠の管理人さんが、含み笑いの浮かぶ、凜々しい表情でそう告げた。
「あ、ありがとう……ございます」
真っ赤な顔を隠すように俯いたまりんはそう、ぎこちなく礼の言葉を述べる。その言動に、意地悪な含み笑いを浮かべた祠の管理人さんが、腕組みしながらまりんを見下すようにして茶化す。
「まだ未成年の君には、ちょっぴり刺激が強すぎたかな?」
「そんなわけないじゃないですか……もう、茶化さないでください!」
こんな言い方したくはないですけど、呪いをかけるのも、それを解くのもキス以外の、もっとましな方法でやってもらいたかったです。私には、心に決めている人がいるんですから。
気合いを入れて、秒速で冷静沈着になったまりんは祠の管理人さんを見据えると、ほんのり頬を赤らめながらそう告げて窘めたのだった。
「それは、悪いことをしたな。今度また、君に呪いをかけることがあったら、キス以外の方法を試してみるよ。そう、例えば……」
気取った笑みを浮かべて詫びた祠の管理人さんは、不意にまりんの耳元で囁き、ぎょっとしたまりんを赤面させた。
「冗談ですよね?!」
「俺が冗談を言っているのか言っていないのかは、その時にならないと分からないかもな。呪いを解いたついでに、俺がさっき、君に言い渡した処罰もちゃらにしてやるよ。もともと、堕天使のことやその祠に関する法律なんてないし。だから……」
悪びれる様子もなく、気取った口調で曖昧に返事をした祠の管理人さんが、改まった顔で最後にこう告げて言葉を締め括った。
「俺は君を、冥界まで連れて行かない。“
改まった顔に、優しい笑みが浮かぶ祠の管理人さんの言葉が、面前で佇むまりんの心に響く。
“
「改めて……呪いを解いてくれて、ありがとうございます」
喜びと幸福感に包まれたまりんはそう、満面の笑顔で感謝の言葉を述べたのであった。
まりんが制服の襟元に結わく、赤いスカーフから放たれた死封の守りの効果が切れ、結界が音もなく溶け去った後。掻い摘まんで事情を説明したシロヤマと一緒に、まりんは再び、時の神カイロス様が待つ時の神殿へと赴いた。
「二人とも、待っていたぞ」
時の神殿にて、出迎えたカイロス様に案内された神殿内にある『
まりんが、自身の体に触れた瞬間、銀色のまばゆい光が迸り、ゴースト化しているまりんが消えた。それから間もなくのことだった。部屋の中央に置かれた、大理石の台の上に、仰向けの状態で横たわるまりんの意識が戻ったのは。
「まりんちゃん……?」
カイロス様と並んで佇むシロヤマがそう、心配そうに横たわるまりんの顔を覗き込みながら呼びかける。閉ざしていたまぶたを、ゆっくりと開いたまりんは、シロヤマを見詰めると呼びかけに応じた。
「シロヤマ……?」
シロヤマの手を借りて、上半身を起こしたまりん、なんだか懐かしいような感覚がして、ようやく、本当の体に戻れたそのうれしさに、大粒の涙が溢れた。
「感動しているところに水を差すようで悪いが……」
両手で顔を覆い、感涙に震えるまりんを優しく抱きしめているガクトに向かって、カイロス様がそう、真顔で前置きをした上で話を切り出した。
「ガクトよ、この場でお前に処罰を言い渡す。私がお前に禁じた蘇生術を使った罪は重い。当面、時の神殿から出られると思うな」
「はい、カイロス様」
そっと、抱きしめていたまりんから離れ、厳格な雰囲気が漂うカイロス様と向かい合うと、覚悟を決めたようにシロヤマは、あらたまった表情をしてそう返事をした。
ひとしきり泣き、良くも悪くも、今まで抱えていた様々な感情を涙と一緒に流してすっきりしたまりんは、カイロス様とともに佇むシロヤマに別れの言葉を告げると、もうひとりの時の神、クロノス様とともに人間界へと戻った。
「赤園!」
華奢な女子高校生の肩を抱いて瞬間移動をしたクロノス様とともに人間界へと帰還したまりんをまず出迎えたのは、心配そうにまりんの帰りを待っていた細谷くんだった。
「心配したんだぞ。詳しい事情もなしに、急にどこかへ行っちゃうから……でも、安心した。赤園が元気そうで……シロヤマは、どうしたんだ?」
ふと安堵の笑みを浮かべた細谷くん、まりんと一緒に瞬間移動をして姿を消したシロヤマがいないことに気付き、尋ねる。努めて明るく、まりんは返答した。
「時の神殿にいるよ。当分、そこから出られないみたいだけど……」
「そうか……」
シロヤマ……あいつ、時の神殿で罰を受けているんだな。
あまり多くを語らなかったまりんの返答から、シロヤマは今、カイロス様から禁断の蘇生術を使用したことによる罰を受けていると悟り、細谷くんは神妙な面持ちで返事をするに留まった。
「赤園まりん。私とカイロスと旧知の仲にある精霊王を危機から救ってくれた事に感謝する」
しばし、未成年の男女二人のやりとりを、そこから一歩ほど身を退いた場所から真顔で見守っていたクロノス様が不意に口を開き、まりんに感謝の意を表すると、
「少年よ、そう遠くない未来で、なにか良からぬ事が起きるだろう。日々の鍛練を怠らず、万一に備えておけ。君にとって、一番大切な
細谷くんを一瞥、最後にそう言って釘を刺し、
「では、さらばだ」
威厳のある口調で別れの言葉を告げて、クロノス様がシュッと姿を消した。
「ここまでわざわざ送ってくれたのに……クロノス様にお礼を言いそびれちゃった」
たった今、クロノス様が佇んでいた当たりを見詰めながらまりんがそう、肩をすぼめて残念そうに呟いた。
「赤園、こっち向けよ」
不意に聞こえた、細谷くんの言葉に、条件反射でまりんは振り向いた。
「やっぱりだ。まぶたが腫れてる……赤園、時の神殿で、シロヤマとなにかあったのか?」
まりんが、泣き腫らした顔をしていることに気付き、険しい顔つきになった細谷くんが迫る。いきなり迫られ、動揺したまりんは平静を装い、曖昧な笑みを浮かべて返答した。
「シロヤマとは、なにもないよ!ただ……時の神殿で私、元の体に戻れたから……それが嬉しくて、感動して泣いちゃったの」
てっきり、シロヤマがまりんを泣かすような(細谷くんにとっては)犯罪を犯したのかと思いきや、まさかの新事実が発覚。まりんの口からそれを聞いて驚愕した細谷くんはしばし、茫然とした。
そうして、驚きから感動へと気持ちが変わった細谷くんは、うれしさのあまり、がばっとまりんを抱きしめた。
「そっか……やっと、元の体に戻れたんだな。念願が叶って本当に、良かった……よく頑張ったな、赤園」
愛情を込めて抱きしめる細谷くんが放った、最後の労いの言葉に、頬を赤らめて目を潤ませたまりんの心に響く。
「ありがとう、細谷くん……すごく、うれしい」
感極まり、感謝の気持ちを声に出したまりんは、唐突に話を切り出す。
「元の体に戻ったら、細谷くんに言おうと思っていた事があるの。それを今、伝えるね。死神としてのシロヤマから私を助けてくれた時……細谷くんが私に告白してくれたことがとっても嬉しかった。だから……本当に、今更だけど……私も、細谷くんのことが好き。大好き。もう、好きすぎて離れたくないくらい……これが私からの、告白の返事……でいいかな?」
気付けば、まりんの顔が熱を帯びて赤くなっている。まりんを抱いたまま、押し黙ってしまった細谷くん、ドキドキするまりんにとってその間がとても長く感じた。
「……やっと、赤園から返事が聞けた。両想いになるって、こんなに嬉しいものなんだな」
不意に安堵の笑みを浮かべた細谷くんが抱き合ったまま向かい合い、まりんの唇にキスをした。
「俺が赤園を好きな気持ちは、今もずっと変わらない。もう離さないから、覚悟しとけよ」
頬を赤く染めて、気取った口調で宣言した細谷くんとまりんの顔が再び近づき、ディープキスをする。こうしてまりんは、今までよりも愛情が深まった細谷くんと両想いになった。
ゆるほら―ゴーストになった赤ずきんちゃんの物語― 碧居満月 @BlueMoon1016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます