九 予想外すぎるシロヤマの趣味
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――我ら死神が君を狙う理由。それは……君自身が生身の人間ではなく、ゴーストそのものだからだよ――
死神総裁の肩書きを持つカシン様がまりんちゃんに告げたその言葉は、死神としての任務を遂行しかけたシロヤマにとって、それを再確認する事態となった。
堕天使によって、命を奪われたまりんちゃんに使った蘇生術による影響なのか、それとも他に何か原因があってそうなったのか。まりんちゃんがなんで、生身の人間ではなくゴーストになってしまったのか、それはシロヤマにもよく分からない。
「対象者となる赤園まりんの魂を回収してきてください」
ある日、結社内にあるシロヤマの部屋を訪ねて来たセバスチャンからそう、任務を遂行しろと命じられたのは、突然のことだった。まりんちゃんとは今から半年以上前、緩やかな日本海の潮風が吹き抜ける田圃道で出会っている。禁断の蘇生術をまりんちゃんに使ったのはその時だった。
生身の人間が対象者だなんて、今まで聞いたことがない。意味ありげに微笑むセバスチャンを不審に感じつつもシロヤマは命令に従った。上司からの命令とあらば、任務を遂行しないわけにはいかなかったのだ。
冥界から人間界へと降り立ち、自宅の玄関前にいる対象者の赤園まりんちゃんと対面した時、ポーカーフェースを装いながらも、シロヤマは内心動揺していた。何故なら、頭からフードを被り、熟れたリンゴのように真っ赤なコートを着たまりんちゃんの顔や髪がほんのりと、透けていたからだ。
まりんちゃんが生身の人間ではなく、それを装ったゴースト化している。体が透けていることでその事実に気付いたシロヤマだったが、にわかには信じられなかった。
「お前は、禁忌を犯した。時の神との約束を破った罪は重い。彼女の身柄は、私が預かる」
真っ赤なコートを着たまりんちゃんを抱いて佇む、狩衣に狩袴姿の容姿端麗な少年がシロヤマを
ウェーブした焦げ茶色の長髪を一本結びにした小学生くらいの美少年が、まりんちゃんの本体をどこかに隠してしまったのかもしれない。目が覚めた後、まりんちゃんが当たり前のように傍にいて、普段通りに会話もしたから、まりんちゃんがゴーストになっているとは、あの時は微塵も思わなかった。
なので今になって後悔している。何故、あの時に気づけなかったのかと。せめてあの美少年に会ったことは、夢であって欲しかった。まりんちゃんが生身の人間であるにしろないにしろ、俺がこの任務に就いたのは好都合だ。
こうして、普段通りの生活を送るまりんちゃんを狙って、やつはまた姿を見せる。死神であるこの立場を利用して、今度こそ守り抜く。
残忍非道な堕天使に、己に課した使命のもとに任務を遂行する
その強い信念がシロヤマを後押しし、前途多難ではあったけれど、まりんちゃんを他の
和解が成立した今、よほどのことがない限り、まりんちゃん絡みで結社はもう動くことはない。だが、まりんちゃんが他の連中に狙われているのは確かだから引き続き、気を引き締めて警戒を怠らないようにしないとな。
シロヤマは改めて身を引き締めると、美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上へと向かったのだった。
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「なぁ、シロヤマ」
赤園まりんが、死神総裁カシンを通して死神結社と和解した、数日後。美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上で、真顔を浮かべる細谷くんが不意に話を切り出した。
「あの時ここで、俺の矢に射ぬかれた筈のおまえが、なんで今もこうして立っていられるんだ?」
徐に尋ねた細谷くんと対面するシロヤマは別段、驚きはしなかった。何故なら、事が起きた時から、いつかは訊かれるだろうと予測していたからだ。
「突然、呼び出すから何事かと思えば……そんなの訊いて、どうするんだい?」
「いいから答えろ!さもないと……」
上下ダークスーツの、パンツのポケットに両手を入れ、気取った雰囲気を漂わせて佇むシロヤマを、細谷くんは脅しにかかった。
「この恥ずかしい画像を、今すぐネット上にバラしてもいいんだぜ?」
あくどい笑みを浮かべて、制服のジャケットの内ポケットから取り出した細谷くんのスマホを見た途端、ぎょっとしたシロヤマが青ざめる。
かわいくて大きな(レースやフリルをふんだんに使用したかわいい服を着た)ウサギのぬいぐるみを抱きかかえて、幸せそうな顔をしてベッドで眠るシロヤマの寝顔が、細谷くんのスマホの画面いっぱいに映し出されている。
「き、きききみ……その画像を一体ど、どどどこで……」
声からして、シロヤマはかなり動揺していた。
「キザなシロヤマをゆするものが欲しんだけど……って言ったら、セバスチャンがくれた」
セバスチャンッ……?!いつの間に俺の部屋にっ……!
「しかもぬいぐるみのウサギが着ている服って、おまえの手作りなんだって?」
それも、セバスチャンから聞いたんだけど。
あくどい笑みからだんだん引き気味の顔になってきた細谷くんに尋ねられ、まさかの趣味がバレたシロヤマは(マジカァァァ!!)と恥ずかしさのあまり心の中で絶叫。
こうして、細谷くんに脅されるまでシロヤマは、誰にも自身の趣味を打ち明けず、
冥界の中では尊敬される強者のひとりとしてカウントされている。自分で言うのもなんだが、見た目は一匹狼のキザで知的な死神、それがシロヤマだ。
そんなシロヤマの趣味がまさか、ロリータ系の甘くてキュートなデザインの服や小物を手作りすることなんて。そんな趣味、絶対に言えないしバレたくもなかった。なのに、
「他にも何枚か(画像を)もらったんだけど……俺の口からじゃとても、読者に説明できないものばかりだな……おまえ、どんな趣味してんの?」
スマホをスクロールして画像を確認しながら追い討ちをかける細谷くんのその言葉に、即座に反応したシロヤマは驚愕とショックが入り交じる顔で、心の中で絶叫。
セバスチャンは何故、俺の趣味を知っているっ……?!どこでその情報を入手したんだァァァ!!
「やめてっ……!そんな目で俺を見ないでェェェ!!」
スマホから視線を外し、どん引きした顔と目でシロヤマを見詰める細谷くんに、居た堪れなくなったシロヤマが両手で顔を覆い隠す。
「じゃあ、もったいぶってないで、本当のこと言えよ」
「細谷くんさぁ……時々、俺に対してものすっごいブラックになるよね」
とは言え、この世で流行ってるSNSは冥界の人間も容易に見ることが出来るしな。(冥界専用のネット回線もあるけど)
しばし考えた末、ふぅ……と小さく溜息を吐いたシロヤマは観念したように応じた。
「あの時、ここできみの矢に射貫かれた筈の俺が、なんで今もこうして立っていられるのか。それは……」
シロヤマがすっと、着ているスーツのジャケットの懐に手をやる。目つきが鋭くなった細谷くんが着目。シロヤマが、徐に懐から取り出したあるものを目にした途端、細谷くんは唖然とした。
「スマホ……?」
「まりんちゃんのスマホだよ。最初に会った時、取り上げたまま、返すの忘れてたみたいで……結果、このスマホが俺の命を救ったんだよ」
シロヤマが掲げるまりんのスマホには、細谷くんが撃ち込んだ矢が刺さった跡が残っている。
「……このまま、赤園に返すつもりか?」
「まさか。きちんと謝ってから、神力で復元した方のスマホを返却させてもらったよ。幸い、このスマホの中に入ってたデータは無事だったしな。ここから抜いて復元したスマホにデータを移しといたから、本人には何も気付かれてないだろうぜ」
気取った含み笑いを浮かべるシロヤマ、そのさまはまるで、世界を股に掛ける大泥棒を彷彿させた。
「本当のこと、赤園には言わなかったんだな」
「言ってどーにかなることじゃないしね。こればかりは複雑すぎて……俺の口からじゃ、荷が重い」
「……だよな」
そう、不意に真顔で本音を口にしたシロヤマに同情するように、仏頂面を浮かべた細谷は静かに応じた。
「んじゃ、一区切りついたところで、次にやるべきことをするかね」
「次にやるべきこと?」
気持ちを切り替え、俄然やる気モードで背を向けたシロヤマに、細谷くんはきょとんとする。
「おまえ、今から何する気だ?」
すたすたと歩き出したシロヤマを不審に思い、後を追いながら細谷くんは尋ねる。
「そんなの、決まってるだろう?」
今まで自分達がいたところとは反対方向を歩きながら、意味ありげに含み笑いを浮かべたシロヤマが返答。
「直接、問い質しに行くんだよ。あそこにいる……灰色のコートを着たあいつにな」
まるで、犯人を追いつめる探偵の如く、自信と覚悟の入り混じる笑みを浮かべるシロヤマが睨みつける視線の先、見晴らしいの良い屋上の端に佇む人物の後ろ姿があった。風に靡く灰色のロングコートのポケットに両手を入れて佇む、黒髪のショートヘアの男の姿だ。
「あいつは……」
「悪魔だよ。俺の勘が正しければおそらく……誰かに連れ去られたまりんちゃんの行方を知っている人物だろうぜ」
「なにっ……?!」
歩を止め、シロヤマと揃って屋上に佇んだ細谷くんはぎょっとした。
「赤園が……連れ去られただと?!」
「ああ……まりんちゃんが下校途中に、俺がほんのちょっと、目を離した隙にな」
灰色のコートを着た悪魔の背中を、眼光鋭く見据えながら、シロヤマは細谷くんにそう返事をした。
俺としたことが……赤園を護るどころか、危険に曝してしまうとはっ……!
突然のことに驚き、シロヤマから簡潔に事情を聞いた細谷くんが歯噛みする。
「
沈着冷静なシロヤマの言葉で、ふと我に返った細谷くんも冷静に応じる。
「
張り詰めた緊張感を漂わせ、シロヤマと細谷くんの二人は、依然として背を向ける悪魔に向かって一歩踏み出した。
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