最終話

足音の主は高橋、中町至をハメる際に使った刑事だった。

憎しみの籠った目で吉彦を見据えているのが、薄暗い地下室でもよく分かる。


「何しに来たんだか、あいつは…」


高橋は、泥鰌の海に浮かぶ健児のボロボロになった服を見て言った。


「ここへ来る途中、皇居の前を通ったよ。酷いもんだった…陛下も、後継者の弟君や孫息子も全滅らしい。日本はもう終わりだな。」


「天皇がいなくなるくらいで終わるようなら、もうとっくに終わってたんだよ。」


「…そうかもしれない。」


「皇居を爆破する事に協力したのはこいつだったんだぜ。

死の直前まで『陛下!陛下!』って叫んでたのに、爆弾を取り除く事はしなかったんだな…」


吉彦は泥鰌の海に浮かぶ健児の服や骨を顎で差し言った。


「所詮こいつにとっては、天皇もアクセサリーみたいなもんだったのだろう。」


高橋は何も言わず、表情も変えずにいる。


「なぜ、警察署やこの地下室からあれを…爆弾を取り除かなかった?」


妻子を人質に、そして中町をハメた共犯者として脅迫し、吉彦は彼に爆弾をこの地下室そして警察署の至る所へ配置させた。

もちろん爆弾とは言わなかったが、不穏な物である事は想像できたはずだ。

妻子が殺された後、高橋はなぜ自分への復讐としてそれをしなかったのかが不思議だった。


「何もかもぶっ壊れりゃ良いと思ったからだよ、多分お前と同じ様にな。

最初はお前を憎んでいた、今でも憎んでいる。

しかし同時に、例えば『もしあの日あの場所にいなかったら』とか『あの時必死にお前と格闘したら』とか考えてしまう。そうすれば二人とも死なずに済んだんじゃないかって。

そんな風に自分を憎むようになった。

やがて訳もなく何もかもが憎くなって、誰もかれも地獄に落ちやがれって気になった。」


高橋は大切な存在を自分に壊された事で、自分と同じ人間となったのだ。


俺はひょっとしたら、ずっとそういう存在を求めていたのかもしれないと吉彦は思った。

自分と同じ人間…自分に共感してくれる人間を。

それで手当たり次第に他者を傷付けていたのだろうか。


実際、自分と同じ人間となった高橋が吉彦は嬉しかった。

ようやく一人ではなくなった、仲間ができた、と。

しかし高橋にとっては腹立たしいことこの上無いはずだ。


銃声が響いた。右脚の太股に激痛が走る。目の前でいつの間にか高橋が銃をこちらへ向けていた。

引き金を搾る様子がうかがえた瞬間、吉彦は吹き飛び泥鰌の海にダイブした。


しばらく吉彦が飛び込んだ先に泥鰌が群れていたが、やがて散り散りになり、ボロボロになった彼の服が浮かび上がった。


高橋は浮かび上がった吉彦の残骸に唾を吐くと、踵を返した。


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