第6話 遠ざかっていく水色の空の下で

 眩しい朝の陽射し。

 

 頬をなでる風の感触。


 微かに聞こえる鳥の囀り。 


 人通りの少ない街。


 雲一つ無い空。



 あなたが考えているより、世界はずっと美しい。



 そんなフレーズのコマーシャルソングがあった気がする。

 そんなことを思いながら、窓の外を眺めている。

 

 昨夜は数年ぶりに、一睡もできなかった。

 それでも、今日は休日なので絶望的な気分にはならなかった。

 それに、眠った方が悪夢で嫌な思いをするのだから。


 しかし、一晩中部屋に閉じこもっていたため、気分が少し滅入った。

 だから、外の空気を吸いたくなり、換気のために窓を開いたのだった。



 開いた窓の先には、当たり前な住宅街の朝の景色が広がっている。



 一睡もできなかったとしても、朝は来るものだな。 

 そんな当たり前なことを考えながら、窓辺に寄りかかり上半身を窓の外に出した。

 目の前には、水色一色の空が広がっている。

 睡眠不足のためか、まるで宙に浮いているような浮遊感がある。



 しばらくの間、その浮遊感に身を任せることにした。



 それにしても、雲一つ無い綺麗な色をした空だ。

 まるで恐ろしい物など、全く存在していないと思えてくる。



 ウジ色をした気色の悪いモノも。

 顔に穴を開けられることになった少女も。

 ドクミツバチと血管の塊と瀕死の子供も。

 私を非難する紫色の顔も。

 これから訪れるだろうまだ見ぬ恐ろしい光景も。 


 

「私が、何をしたというのか?」



 そんな言葉が、口をついて出た。

 しかし、誰かが答えてくれるはずもない。

 声は水色一色の空に紛れるように消えていく。

 

 虚しい、とは思った。

 それでも、口に出さずにはいられなかった。 


  

 毎晩訪れ、私を責める悪夢。

 しかし、責めさいなまれる理由など、あるのだろうか?

 たしかに、私は全ての人から褒め称えられるような、完璧な人間ではない。

 それでも、品行方正には、生きてきたつもりだ。



 血の繋がった家族を見捨てずにいること。

 限界が来る直前の人間に手を貸すこと。

 壊れてしまった者の責務を引き取ること。

 ただ、日常を過ごすこと。 


「それが、責められるべきことだというのか?」


 再び、言葉がこぼれた。

 しかし、当然のことながら、答えは返ってこない。

 ただ、空が水色をしながら広がっているだけだ。



 

 私はそのまま、空を眺め続けた。





 どのくらいの時間が経ったのかは分からない。

 不意に、疑問に対する答えが頭に浮かんだ。



 そうだ、私はきっと罪を犯す前に、罰を受けていたに違いない。 



 繰り返し訪れる陰惨な光景も、私をなじる紫色の顔も、罰の先払いに過ぎなかったのだろう。

 ああ、それならば、納得がいく。

 

 

 だとすれば、私はこれから罪を犯さないといけない。

 


 先払いした罰に見合うだけの罪を。

 全部お前のせいだ、という言葉に違わないような罪を。


 一体、何をしてやろうか?

 いっそのこと、私を苦しめるものを全部、消してやろう。




 眠気で朦朧とする頭で、そんなことを考えていた。



 



 遠ざかっていく水色の空を眺めながら。










 それから、私が悪夢を見ることはなくなった。

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鯨井イルカ @TanakaYoshio

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