第10話 女神はほんのりと赤くなった。

 あらためて状況を確認した。

 井宮、下野山を含む四人は全員地面の上でのたうち回り、苦しみ続けている。


 喉元にナイフが刺さった弓男子。

 股間を切り裂かれた下野山。

 そして全身火傷の上、体をナイフで抉られた井宮と斧男子。

 戦闘不能は誰の目から見ても明らかで、俺は扱いに少し困った。


「おい、お前ら」


 ナイフを持ったままの俺が一歩進むと、井宮たちは悲鳴を噛み殺すようにくぐもった声を漏らしながら、俺を見上げてきた。


「ひぎぃ、ゆ、許してくれぇ! オレは嫌だって言ったんだ! なのに井宮の野郎が無理やり!」

「そうだ! ぐぼっ、がはっ……協力しないと殺すって……」

「お、おでには、ひぎゅぎっ! 女神を抱かせてやるからって、め、女神様助けてください。オレの、オレの股間を治し、うぎぎぎぎっ!」


「オレのせいにするんじゃねぇ! なぁ頼むよ元和、許してくれよ、そうだ、このまま六人パーティーで行こうぜ! お前もソロより仲間がいたほうが心強いだろ? なっ? なっ?」


 あきれ果てた。

 命乞いだけならいい。

 でも、四人とも他人のせいにするばかりで、誰も謝りもしない。


 死ぬかもしれない状況になってもなお、現実を、自身の罪を受け入れられないらしい。


 このまま放置し用と俺が心に決めると、鈴のような繊細な音が聞こえてきた。

 首を回すと、まばゆい光の中からスパーロが出てくるところだった。

 俺も、ああいう風に転移したのだろうか?

 剣の女神スパーロの登場に、さっきまで俺に媚びていた井宮たちの顔色が変わった。


「スパーロ! いいところに来た! オレらにもっと力をくれ! 元和をブチ殺せるだけの力おぉおお!」


 スパーロのつま先が井宮の顔面を蹴り飛ばした。

 その光景に、下野山たちは青ざめた。


「コノハの御使いと同じ場所に転移させてくれっていうからどうなるかと思ったら、何よこれ。五人がかりでも負けてるんじゃない」


 侮蔑を含んだ眼差しで井宮を見下しながら、スパーロは吐き捨てた。


「もういいわ。あんたはそこで死になさい。じゃあねぇ」


 一瞬、俺とコノハを一瞥してからスパーロは何の未練もなく踵を返して、光の中へと消えていった。


 その時の井宮たちの哀れさと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。


 頼る相手を失った井宮たちはと言えば、手の平返しの手の平返しに次ぐさらなる手の平返しで、また俺にすり寄って来た。


「助けてくれ元和。もうオレ、お前しか頼る相手がいないんだよぉ……」


 ――なんて無様なんだろう。


 自分は今までこんな奴に苦しめられていたのかと思うだけで、気持ち悪くなってきた。


「行こう。コノハ」

「えっ? う、うん……」


 四人は俺に追いすがろうとするも無駄だった。

 重症を負い、地面を這うことすら困難な四人を置いて、俺は足を進めた。

 けれど、井宮たちのような外道にも慈悲の心を忘れない、まさに女神のような子がいた。

 つまりはコノハだ。


「ここに、四本のポーションを置いていきます。これで、傷口を塞ぐことはできるはずです」


 振り向くと、四人は文字通り、地獄で女神に出会ったような顔をした。


「けれど、これを渡す前に尋ねます。井宮君、君はどうして元和君をいじめたの?」


 コノハは心を痛めるような表情で続けた。


「スパーロの剣術スキルは本物よ。余計なことをしなければ、君はお友達と一緒に異世界に来て、剣術スキルで多くの魔族や魔獣を倒して英雄扱い。順風満帆な一生を送ることができたはずだよ」


 コノハの言う通りだ。

 メジャーなチート能力に群がる仲間たちとパーティーを組んでチートチームを組めば、井宮は無敵だったはずだ。

 でも、それをこいつは自ら手放した。


「なのにどうして、ミンナの前で元和君と決闘なんてしようとしたの?」


 その通りだ。


 井宮が俺を痛めつけて格の違いを見せつけてやろうなんて思わなければ、こんなことにはならなかった。


 仮に決闘をしても、ナイフ術スキルを見下さず、真面目に戦っていれば俺の負けだったかもしれない。


 井宮の失策は、いたずらに俺を痛めつけようとしたこと、そして俺を甘く見て油断していたことだ。


 だが、井宮にそんなことを反省を頭は無かった。


「説教はいいからさっさとポーションよこせよ! 状況わかってんのかよ! こっちは一分一秒争ってんだよこの底辺女神!」


 コノハの言葉は右から左で、井宮はただひたすらに己の都合を優先させていた。


「……そうだね」


 コノハは悲しげな表情でポーションをその場に置くと、俺の元へ戻って来た。


「行こう。元和君」

「ああ」


 俺も残念な想いで一緒に歩き始めた。

 背後からは、ポーションを独り占めしようとする四人の喧騒が聞こえてくる。

 一人一本ずつ、計4本のポーションがあるにもかかわらずだ。

 正直、俺にはあいつらに救う価値を見出せない。

 それでも、コノハは助けてようとした。


「コノハは優しいな」

「ううん。みんなからはぬるいってバカにされるよ」

「でも、俺はぬるいコノハのことが好きだよ」


 俺の隣で、コノハはほんのりと赤くなった。

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 第一部終 人気になったら本格投稿します。

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俺をイジメた歴代クラスメイト全員と異世界転移!外れスキルのナイフ術は無限の成長性を秘めた当たりスキルだった 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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