27 : Lynn

# Metsästäjät


 馬車内に微妙な空気が流れる。

 全員が「一体こいつは何を言ってるんだ?」という表情だ。

 こういう空気になった時にそれを破るのは常にヘルマンニである。


「でもよぅ、ハイジ……お前、じゃねぇか」

「ああ、だからノイエがおれの子だというのは、完全に勘違いだ。だが……彼がおれに会いにきた時には、誤解はすでに確信の域に達していた。母は父を裏切ったのだ、おれの子供を夫の子だと偽っているのだと熱弁していたな」

「はぁ?」


 ヘルマンニが素っ頓狂な声を上げる。


「何故そんな考えに至るんだ? 何の理由もなくそんなことを考えるもんかよ?」

「父親とあまりに似ていないからだと言っていたな。だが、ノイエは黒目・黒髪だ。仮におれの子だとしたら、少なくとも目は青いはずだ」


 この世界で身ごもれば『はぐれ』の血は淘汰される。髪の色はともかく、目だけは誤魔化しようがない。

 ハイジは生粋の中つ国ミズガルズの人間だ。『はぐれ』に育てられたと言っても、その血に精霊の国アースガルズの血は混じってはいないのだ。


「それじゃ、お前の子供のわけねぇじゃねぇか。まぁ仮にお前が宗旨変えして、カナタちゃんだっけ? あの子に手を出したとしても、ノイエが生まれてくるこたぁねぇよな」

「なんだ? その宗旨変えというのは……。別におれは、女と寝ないと決めているわけじゃないんだがな」

「娼館で遊びに誘っても、乗ってこねぇじゃねぇか」

「抱きたいと思う女がいなかっただけだ」

「ちょっと……女がいるって忘れてるんじゃないでしょうね? 旧知の男どものシモの話とか、あまり聞きたくないんだけど」


 ペトラが形容し難い表情で文句を言う。


「そうだな。おれのことは関係ない。それよりノイエだ。おれはカナタに手を出したことはないこと、そして目と髪の色から、間違いなく二人の子供だということを説明した」

「で、わかってくれなかったってわけかい?」

「そうだ。自分の名前が証拠だと言っていたな」

「根拠としては、ちょいと薄いね」


 呆れたようにペトラは肩をすくめる。

 人間というのは、理由があって思い込むのではなく、思い込んだ時にその理由を探すものだ。ノイエもおそらく何かがあって疑念を抱き、あとはその疑念を強固なものにするために理由を探し続けていたのだろう。


「あの二人が子供におれと同じ名前をつけたのは、俺が奴隷商から連れ出してやったからだ。このミズガルズ風の名前の参考にしたかったのかもしれないな」

「ハイジ。たしか「ノイエ」という名もお前がつけたんじゃないかったか?」

「ああ。だがそれも、二人から依頼されたからだ。だからノイエの言う「本当の父親に名付けてもらいたかったからだ」という推理は完全に的を外している」

「じゃあ、完全な勘違いじゃねぇか」


 アホらしい、とヘルマンニも呆れた表情だ。


「だから始めからそう言っている。だが、ノイエの髪はいわゆる巻毛だ。両親ともに直毛だったからな。それに母親の面影はあるが、たしかに父親の面影はない。ノイエが勘ぐりたくなるのも無理はない」

「巻毛……?」

「確かに珍しいが、身近にもいただろう。だが、両親ともに直毛だったのなら、隔世遺伝かもしれんな」

「それで? そのノイエは勘違いしたまま、両親を殺したってかい?」

「いや、何度も言うがそれはない。それでは能力を引き継げるわけがない」

「だが……モーリーとカナタは、どちらもアゼム師匠の死の継承を目の当たりにしている」


 ハイジの言葉に、三人が目を見開いた。


「まさか」

「真相はわからん。だが、何らかの理由で死が迫っていれば、愛情の証として、ノイエに能力の継承をさせようとしても、不思議はない」



# Lynn


 生まれてから一番惨めだった夜が明けた。

 ネガティブな気持ちになっては角を砕くみたいな状態が続くうちに、だんだん開き直ってきた。

 人間、そう長く落ち込みは続かない。

 自分を責め続けていたが、考えてみればあの男は昔から言葉が足りないのだ。

 あの時、あたしは初めてよくわからない能力で翻弄され、死の一歩手前だった。そんな中、ハイジが敵に容赦してるように見えれば、気が立つのも仕方ないではないか。

 しかも『はぐれ』だから殺せない、ときた。


 いや、あたしが目の前で殺されそうになってんのに、それはないだろ。

 あたしを相棒と認めたからこそ、あたしを依頼に誘って同行させたんじゃなかったのか。

 

 まぁいい、恨みことを言うのも筋違いだ。彼には彼の理由があって、それをあたしにうまく伝えられなかっただけなんだろうから。


 口下手で、言葉が足りないハイジ。

 そんなことははじめからわかっていたことではないか。


 ならば、やっぱり悪いのはあたしだ。

 でも、そのことでぐずぐずしているなんて、あたしらしくないではないか。

 すでに人間かどうかもかなり怪しいあたしではあるけれど、せめて自分らしくありたい。

 

 ▽

 

 魔力が濃いところを探して彷徨ううちに、森はどんどん深くなっていく。

 もはや平地ですらなくて、ずっと登山しているような有り様だ。多分、もう何年、何十年もしかするとそれ以上の時間、人の手は入っていないだろう。そのくらい鬱蒼としていて、見通しも悪い。

 緑色が濃い。『寂しの森』とはえらい違いだ。

 だというのに、あたしの視界は良好。

 かなり遠くまで普通に見えるし、暗いところも細かいところまでしっかりと見える。なのに暗視カメラみたいな不自然さはなくて、まるっきり普通に見えるあたり、ああ自分はかなり魔物側の存在なのだなぁなどと思う。

 

 魔力が濃くなって、少しずつ気分も楽になっていく。

 ハイジのことを思い出すとやっぱり辛くなるが、人間としての感傷など、きっとそのうち綺麗サッパリ無くなってくれるに違いない。

 人間をやめるのだから、人間の心だって必要ない。


 ▽


 鬱蒼とした樹海を徘徊しているうちに、だんだん居心地が良くなってきた。

 何故か全然お腹が空かないし、喉も渇かない。

 魔力が潤沢なこの場所は、とても快適に感じる。


 よし、ここを拠点にしよう。


 ハイジや、他のみんなとの別れは寂しいけれど、『はぐれ』を受け入れてくれたエイヒムの人たちだって、さすがに角の生えた娘など受け入れられるはずもない。


 いつか、どこかの狩人に狩られるまでは、半人半獣の黒山羊娘として、一人でここで生きていこう。

 


# Metsästäjät


「さてと、そろそろ目的地だな。今は死んだ『はぐれ』のことなんぞどうでもいい。それより依頼内容クエストを忘れるな。ヘルマンニ」

「ああ。すでに覗いてるよ。リンのやつ、気配が前と違うからよくわかんねぇんだけど、一応は見失わずに追えてるぜ」


 あっちのほうだな、と指をさす。

 馬車はすでにマッキセリの果てである。


「……近いな」

「リンが何を目指してるか、覗けるか?」

「どうも、魔素が濃い方へ濃い方へと流されてるっぽいな。このままだと、マジで樹海に入る」

「……あのさぁ……」


 ペトラが恐る恐る挙手する。


「もしかして、『谷』のほうへ向かってるってこと?」

「まだわからんが、この辺りでより強い魔素溜まりを探すとなると、『寂しの森』は遠いし、他の名のある魔物の領域も山越えが必要だったり、遠かったりするからな。『魔物の谷』の近くの樹海へ向かっている可能性は、低くはないだろうな」

「あそこかぁ……厄介だね。師匠も「森で生活するようなやつは正気じゃない」って言ってただろ。あれって、あの樹海のことだろ?」

「でもよ、ペトラ……もっと頭がおかしい環境で生活してるやつがいるだろ」


 ––––魔物の森のハイジ。


 ヴォリネッリにある名のある魔物の領域の中でも随一の危険な領域『寂しの森』。

 その中でも最も危険な中心部に家を建て、魔物を狩って生活しているという、文字通り正気を疑う存在だ。


「ヘルマンニ、忘れたのかい? リンだってあの家で生活してたんだよ。ハイジの留守を守って平気な顔をして過ごしてたんだ。そこが危険だという意識もなく」

「そういやそうだな。少なくとも俺はあの森で生活する勇気はねぇな」

「あの子は紛れもない化け物だよ。魔物化なんて必要ないね」

「ふむ……だが、そうなると厄介だな。魔物化したリンが、アゼム師匠ですら避けた森に逃げたと仮定すると、俺たちでも追うのは難しくなる」

「問題ない」


 ハイジはいつもどおりの気負わぬ態度で言う。


「リンに森での生き方を教えたのは俺だ。リンの考えることなど、手にとるようにわかる」

「ま、年季が違うよな」


 自信を見せるハイジに、ヘルマンニはヘラリと笑う。


「だから、ヘルマンニ。うまくリンを誘導してくれ。あいつには色々話しておきたいこともあるんでな」

「任せとけって」


 ヘルマンニも同じく自信を見せる。


「ほら、森が見えてきたぞ。走って半日もすれば樹海だ。目的は……『魔物の谷』の近くの樹海で間違いなさそうだ」

「ククッ」


 ヨーコが嬉しそうに笑った。


「よし。行くぞ。『黒山羊』をオレたちの庭にご招待だ」

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