第4話 同棲について話し合い

 紫都香さんが出て行ってから――


 入学前にすべきことで忘れてることはないか、これから何を優先的に行っていくかを調べたり考えたりして過ごしていた。


「あー、そうだご近所さんに挨拶回りしないと……」


 入居初日に挨拶回りはするものだったかなと反省に似た心のモヤを『する』という決意を呟くことで和らげている最中インターホンが鳴る。

 挨拶回りもしていないし新たに訪ねてくる人はいないと思い、紫都香さんだと決めつけて玄関に向かう。


 てっきり夜にでも帰ってくると思っていた紫都香さんは昼過ぎという案外早い時間にうちの帰って来た。同棲はスタートしている?のにすっかり合鍵を渡すのを忘れていた。


 家の扉を開ける。

 扉を開けた先に居たのは眼鏡にショートカットの黒髪を身に着けた奇麗で見覚えのある女性だった。


「どう、かな。思い出せた?」


「もしかして、去年、駅のホームで倒れていた……」


「あ、やっぱり……悠君だったんだね」


 去年の夏、オープンキャンパスで大学に来た時のこと。少し寄り道をしてしまって新幹線が発車してしまうギリギリの時間だった。そんな急いでいる時、目の前で具合が悪そうに駅の構内で倒れている女性がいた。

 その時は時間が無かったので持っていた冷えたスポーツ飲料とタオルを渡して、近くにいた別の女性に後のことは任せてベンチに楽に座らせた。


 時間がなくはっきりと顔を見ることは出来なかったが黒髪の短髪で眼鏡をしている事とボヤッと顔の雰囲気だけは分かっていた。


「あれがわたしたちの初めての出会い。そしてわたしがあなたを好きになった理由。昨日の夜はお酒を飲んでいたからというのもあったけどずっと探していた人に出会えたという嬉しさもあってタガが外れてしまったの、多分。」


 理由を聞いて完全に納得というわけにもいかないがかわいいなと思ってしまった。


「わたしはあの時就活で疲弊していて、それだけなら良かったんだけどキチンと水分も取れてなくて気づいたら倒れて脱水症状になって……。でも王子様みたいな人が助けてくれた。何の見返りも求めず名前も言わずに助けるだけ助けて去ってしまうそんな王子様みたいな彼にわたしは惚れたの。彼の掛けてくれた言葉のおかげで元気を取り戻して第一希望の会社に受かった。あの時彼が持っていた手提げを見て色々分かったの。わたしの大学にオープンキャンパスに来ていた事。(ワンチャン近くに住んでくれたらお近づきになれると思って大学と同時に退去するのはやめて契約ギリギリまであの家に住み続けていたんだから)」


「俺が受かっていなかったら、現れなかったらどうしていたんですか?」


「それは無いって信じてた。だってわたしの王子様だって分かっていたから。」


 今の発言で彼女の愛の重さがなんとなく把握出来た。


「早速、同棲の事をもっとしっかり話し合いましょ!」


 紫都香さんは短くなった髪を揺らしながら家の中に入ってくる。

 あれ、いつ同棲はお試しから本格的なやつに決定したの? さっきの話で昨夜の電車で寄り付いてきた理由が分かったから?


「同棲のお試しってなってたけど結果を急いじゃダメかな?」


 なるほどお試しをどうしていくのかを話し合うのか……。ただ単に俺を騙すとか何かに嵌めようとしている訳ではない事はさっきの一連のやり取りで感じた。


「同棲……。やっぱりお互いの事を知る期間とかを作ってみませんか? 同棲して性格が合わなかったとかも良く聞きますし……」


 紫都香さんはなぜか頬をむくっと膨らませる。


「性格のそりが合わないかもなんて、そんなこと言わないでよ。わたしの王子様……。でもお互いを知る期間も必要かもね……」


「でも、一緒に住むのは正直有りかなと思います。独りよりも一緒に住んだ方が楽しそうですし……」


 建前ではルームシェアが楽しみとは言いつつも内心では見知った関係としてまた可愛く甘えられたいってのが本音だけど……。


「じゃあ決定だね。これから仲を深めて行こうね!」


 嬉しそうに笑う紫都香さんを見ると下心を持って一緒に住むことにワクワクしてしまっていることに罪悪感を抱いてしまう。


 この家にはキッチンの横にダイニングテーブル……なんてものは無いので椅子に座って話し合いなんてことは出来ず、二人掛けの小さなソファに腰掛ける。


「まず必要なものはこの家に無いので買いに行くか紫都香さんの家に移るか考えましょう」


 この家にあるものは本当に必要最低限の家電と家具、初日に買った食器。それと一度に持って来れた衣服ぐらいで洗濯機やフライパンなどはまだ無い。


「でもあっちの家は契約更新しないしこの家は契約したばかりでしょ?使えそうな家電はこっちの家に持って来たりすればいいと思う。どうかな?」


 紫都香さんもうすぐ契約切れるって言ってたよな。俺が契約した家もまだ次の契約更新まで長いし紫都香さんに来てもらう方が良いか……。

 母さんも父さんも今住んでる住所で覚えちゃったし、仕送りをしたなんて言われてもし後から住所変更したって言ったら根掘り葉掘り聞かれるよな。

 互いに多くを知らない人と同棲なんて知られたら絶対反対されるから気付かれるまで黙って措こう。


「はい、そうしましょう。ならまずはこの家に何を置くか相談しませんか? 家具を買いに行ったり一緒に選びたいんですけど……。もちろん紫都香さんが自分の家から持って来たいものがあれば是非それも持って来て下さい」


 家具や家電は高校時代に貯めた貯金で必要なものは買おうと思っていた。紫都香さんと会った日に色々見回っていたのは値段や種類を比べてたからである。

 それでもあまり知識がないばかりにどれが良いか決めきれなかったので紫都香さんと決めたかった。


「まだ今日は時間もあるし見に行こっか。二人で良さそうなもの見に行こう」


 昼過ぎからデートというか町案内というかお出かけをすることになった。





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