第3話 どうやら彼女はお隣さんらしい

「私が家賃、食費、光熱費、その他諸々払うからあなたは私の癒しになって」


「それはちょっと甘えすぎじゃないですか?」


「そんなことないと思うんだけど……あ、そうだそれなら——」


「と、とにかくここだったら紫都香さんの家から遠いかもしれませんし仕事にも通いずらいかもしれないですよ。俺は大学の近くであるここに引っ越したんで紫都香さんの家に引っ越すことは出来ません」


 話を遮って遠回しに同棲を断る。


「さっき窓の外が見えたんだけど多分わたしの家すごく近いと思う。だからどちらかの家に2人で住むとか」


 なるほど、家が近いのか……。それならさっきの言い訳は通用しない。


 この辺りの土地勘もイマイチ無いから仲良くはしたい。すごく怪しいけどこの美貌とお酒を飲んだ時の甘える姿を自分の家に帰ったら拝める……悪くないかも。


「言っておくけどわたしも怪しい人物とかではないからね! 酔っぱらっていたけどちゃんと君を選んで昨日の夜近づいたんだから。同棲すれば悠君も思い出すはず」


 俺が言えることではないが昨日の行動はまだしも今日の同棲提案は十分怪しい。それよりも思い出すとは……何を思い出すのだろうか。


 でももう家は知られちゃってるし……。契約したばかりで即退去するのも印象が良く無いよな。


「分かりました。でもあなたの家の場所も教えてください。勝手に連れて来てなんですが等価交換です」


 もうすぐ大学に入学というハイな気分と都会に対して無知なところが相まってイエスと答えてしまった。それでも紫都香さんの家の場所を知っていれば互いの個人情報を握り合っているという事で多少の安全を保障できる事だと思った。


「じゃあ今から外に出よ。多分すぐ近くだから歩いて行ける距離だと思うの」


 今から紫都香さんの自宅を探しに行くらしい。


 冬明けで多少肌寒さは消えたがまだ早朝の寒さは消えていないのでまだ全てを整理しきっていない衣服が入った段ボールの中から上着を取り出す。


 紫都香さんも少し寒そうだったので机の上に置いてあったカイロを渡す。


 二人は昨夜の引っ付き具合がウソのように少し距離を空けて玄関に向かって歩き出す。

 紫都香さんが先に扉を開き外へ出る。


「え、うそ……」


 どうしたのだろうか紫都香さんは家の扉を開けて二歩ほど歩いた辺りでこちらを身体を180度回転させこちら側に身体が向くと唖然とした顔で立ち尽くしている。


「となり……」


「え、となり?」


「となり、わたしの家……」


 え…………なんだって?!!!


 俺は急いで玄関から外に出る。


 紫都香さんの見ている方向を見ると俺たちが出て来た一戸建ての家の外観と似た家がもう一軒隣に建っている。昨夜は遅くて紫都香さんは家の外観についての記憶がなかったらしく今初めて見たような反応をしている。


「隣であれば同棲する必要ってありますかね? だって隣の家ですよ」


 同棲の定義ってなんだ? 外出から同じ家に帰るのが同棲なのか、癒すだけならこれでも良さそうだけど……。


「片方の家を物置にしましょう! それで必要なものだけ一つの家に持っていくの」


「お金が結構もったいなくないですか?」


「でもその契約もう少しで切れるから、その更新をしなければ万事解決。契約が切れてからは同じ家に住めばいい」


 どうやら完全に酒が抜けて眠気が覚めても同棲をするという意志は固いらしい。


「一日だけお試しでっていうのは?」


「じゃあ、明日の朝に同棲を続けるかどうかを決める。これでいい?」


「まぁ、はい。じゃあ今日一日よろしくお願いしますと言いたいんですけど、仕事とかは……?」


「今日は休みなの。だから今日はお互いの事と同棲について話し合える」


 ルンルン気分になった紫都香さんは本当の自宅へ帰り、一時間もしない内にまた俺の家に戻って来た。それもさっきとは違う様相で……。


「化粧を完全に落として眼鏡を掛けて来たんだけど思い出せるかな?」


 どこかで見たことがあるような……。のどまで出かかっているものの思い出しきれない。


「ごめんなさい。思い出せないです」


「そうだよね、仕方ない……よね。…………じゃあ今日出かけるから帰ってきたらわたしのことをまた見て欲しい。それで思い出せたらわたしとデートをして欲しい」


 紫都香さんは外出から帰って来た時にまた同じ質問をすると言って出て行った。

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