第17話 11年前の事件

 佐川と梅沢は甲賀署に来た。そこは冷たく無機質なコンクリートの建物だった。署員に案内されて2人は当時の調書を調べた。


「家出というだけであまり調べられていませんね。」

「ああ、当時の認識はそうだったのだろう。気まぐれな女子高生の家出で済まされたのだろう。しかし絶対、この失踪には裏があるはずだ。」


 佐川は確信していた。当時が調べていないなら、今現在で調べ直すべきだ。そうすることで今回の一連の殺人事件が解決すると佐川は考えていた。


「とにかく湖上署に戻るか。11年前の失踪を調べ直すために。」

「ええ。」


 そうして佐川は梅沢とともに大津港に戻って来た。もう夕方で湖上署のある湖国は大津港に戻っていた。


 ◇


 捜査課に行くと荒木警部が待っていた。


「ご苦労だった。何かつかめたか?」

「はい。甲賀の殺人はやはり今までの殺人と同じ手口で、やはり同一犯と思われます。県警の捜査本部が動いています。私たちはそれから10年前の日輝高校軽音楽部の顧問だった藤宮氏と会って話を聞きました。それによると・・・」


 佐川は藤宮から聞いた話を伝えた。11年前の日比野舞子の失踪事件のこと、その日は軽音楽部の生徒の一部がびわ湖バレイに花見に行っており、その中の5人が今回の被害者であることを話した。それに対して荒木警部はうなずきながら言った。


「佐川の思っている通り、失踪と花見が今回の事件に関係があるだろう。実はな、過去の軽音楽部について岡本と藤木に調べさせた。お前が持ち込んでいた名簿を使わせてもらってな。そこで日比野香の妹の舞子の話が出てきた。」


 荒木警部はあれからすぐに手を打っていた。それでもう日比野舞子の失踪のことをつかんでいたのだ。


「岡本。調べてきたことを言ってくれ。」

「はい。」


 岡本刑事は手帳を開いて話し始めた。


「連絡の取れた卒業生から話を聞きました。日比野舞子は軽音楽部でいじめを受けていました。いや、実際はそれ以上で、失踪する半年前から軽音楽部でそれは始まったらしい。弱みを握られていたのか、まるで部長の平塚響子から奴隷のように扱われたらしい。」

「やはりそれが失踪した原因ですか?」


 梅沢の問いに岡本は首を横に振った。


「いや、そればかりではないかもしれない。日比野舞子は伯父伯母夫婦の家で暮らしていたが、そこでもつらい目にあったようだ。彼女の姉は当時、上京していて相談する人もいなかったのだろう。だから東京の姉を頼って家を出た。」

「甲賀署で調書を見た。捜索願が出されていたが、単に家出と処理されていた。その先の足取りが調べられてなくて困っていたんだ。」


 佐川が言うと、岡本は話を続けた。


「こちらでも調べました。11年前の4月6日の早朝、日比野舞子は家を出ました。身の回りの物を持ち出して東京へ家出するつもりだった。書置きもありました。だが確かにそこから消息がありません。東京に行くとしたら甲賀駅から草津駅に出て、それから京都または米原から新幹線に乗るのが普通です。在来線でもまず草津駅には出なくてはならない。その同じ4月6日の朝、軽音楽部の生徒がびわ湖バレイに向かっています。」


 そこで佐川はピンときた。もしかして・・・。そこで荒木警部が言った。


「ここからは推測だ。もし甲賀駅、または草津駅で日比野舞子が軽音楽部の生徒、特に部長の平塚響子と遭遇したらどうだろう。日頃から舞子は奴隷のように扱われている。荷物持ちについて来いと言われたのかもしれない。」

「では日比野舞子はびわ湖バレイに行ったのですか?」


 佐川が尋ねた。


「それはわからない。花見に行った生徒は口をそろえて『日比野舞子は来ていない。』と証言したようだ。もしかしたら口裏を合わせているのかもしれない。」

「では日比野舞子は・・・」


 それから先は恐ろしい想像をするしかなかった。佐川が頭の中で否定しようにも消えなかったことだ。


「そうだ。彼女の消息はいまだにない。ここで消えたと見るべきだろう。殺されたのだ!」


 荒木警部が断言した。


「まさか・・・そんなことが・・・」


 佐川は信じたくなかった。高校生が集団でそんなことをするとは・・・。荒木警部は静かに言った。


「もちろん憶測にすぎない。だが当時の生徒からいろいろ話を聞いたところ、そんなうわさ話があったという。それなら辻褄が合う。6人の被害者の内の5人、すなわち青山翔太、長良渡、立川みどり、村田葵そして浜口大和はすべて元軽音楽部の部員で11年前のびわこバレイの花見の現場にいたのだ。」

「では犯人と思われる香島は? 動機が見当たりませんが・・・」

「香島良一はその当時、日比野舞子と付き合っていた。しかし彼は留学のために半年間、日本にはいなかったのだ。帰国したら恋人は失踪しており、嘆き悲しんだに違いない。それが11年たったところで、何かのことで殺されたことを知ったのだ。それで急に復讐を思い立ったのだろう。」


 確かにそうかもしれないが、佐川には腑に落ちないことがあった。舞子が殺されたことを警察にも届けず、恋人だったとはいえ、11年前のことで今になって多くの者を殺すかということ、そしてもうひとつ・・・


「動機としては弱いように思います。それに舞子の姉で同棲していた日比野香も殺されています。どうしても説明がつかないと思いますが・・・」


 その言葉に荒木警部はうなずいた。


「確かにそうだ。しかし思いがけず逆上してしまって事件を起こしてしまった可能性もある。そして日比野香もそれに巻き込まれたのかもしれない。謎はまだ多い。しかしとにかく我々はこれ以上の被害者を出さないようにしなければならない。」


 荒木警部の言葉に佐川はうなずいた。確かにこれ以上、犠牲者を出してはいけない。それには香島を早く逮捕しなければ・・・


「またその花見に行った軽音楽部のOBが狙われます。残ったのは平塚響子、和久清彦、宇土和也、塩崎若菜、丹羽正樹・・・どこにいますか?」

「この滋賀県にいるのはただ一人だ。他の4人は県外にいる。それぞれの所轄署に警備を依頼した。」

「その滋賀県にいる一人と言うのは?」

「平塚響子だ。」

「それなら彼女が狙われるでしょう。今、どこにいるのですか?」

「それはな・・・」


 佐川が尋ねたが荒木警部は言葉を濁した。言いにくいことがあるようだった。


「教えてください。平塚を張れば香島も姿を現れるはず。山形警部補にも連絡して現場に来ていただき、逮捕に立ち会わせたいと思います。」


 それに対して荒木警部は机の上の別の資料を手に取った。


「静岡県警に問い合わせた。山形警部補について。」

「なぜ、そんなことをしたのです?」

「どうも捜査に対して彼女の態度がおかしかったからだ。署長から聞いたが日輝高校のことを隠そうとしたように感じたからだ。」

「それで何がわかったのですか?」

「それは・・・平塚響子は山形警部補だ。」


 佐川は驚きのあまり、言葉が出なかった。


「驚くのも無理はない。高校を卒業した後に彼女の両親が離婚したのだ。それで母方の姓を名乗り、山形響子という名になった。だから平塚響子は山形警部補なんだ!」

「それでは一体・・・」


 佐川は記憶を巡らせた。山形警部補は4人の被害者を知っているのに知らぬふりをした。日輝高校軽音楽部で一緒だったというのに・・・。


「山形警部補はそのことについて何も言わなかったし、殺された人を見ても顔見知りとは言わなかった・・・」

「彼女は何か隠している。きっと11年前に犯罪が行われたのだ。それが露見しないようにした疑いがある。それは必ず追及しなければならない。だがまずは今回の殺人犯を逮捕しなければならない。」


 荒木警部はそう言った。佐川は裏切られた思いだった。山形警部補は過去に罪を犯しているに違いない。それで今回の連続殺人の捜査も過去のことがばれないようにしていたのだろう。彼女が告白さえすればこんな惨事にはならなかったのに・・・私は悔しさで唇をかみしめた。


「山形警部補には我々が過去のことを調べたのを言うな。言うと隠ぺいに走るかもしれない。県警捜査本部も平塚響子の行方を今も探しているくらいだから、彼女にもそのことは知られていないと思っているはずだ。それよりも彼女を厳重に監視する。必ず彼女の前に復讐のため、香島良一が現れる。そこを逮捕するんだ。」


 荒木警部の目が鋭く光った。彼女は香島をおびき出すおとりだ。非常な危険が伴う。しかし彼女も今回の殺人事件が11年前のことに関連しているとわかっているはずだ。十分に用心しているに違いない。必ず香島を逮捕して事件を解決して見せると佐川は意気込んでいた。

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