第16話 藤宮の証言

 佐川は昨日、一本の電話をもらっていた。それは10年前に日輝高校軽音楽部の顧問だった教師の藤宮だった。今は近江八幡第一高校の教師だが、病気で自宅療養中とのことだった。その彼から会って話をしてもいいと連絡をもらっていた。


(これで何かがわかるかもしれない。)


 佐川は少し期待をしながら、梅沢とともに近江八幡に向かっていた。


 藤宮の家は八幡公園近くの一軒家だった。そこからは八幡山と頂上につながるロープウエイが見える。そこも桜でピンク色に染まっていた。

 佐川と梅沢は奥の和室に通された。そこに藤宮が妻に体を支えられて出てきた。頭は白髪で真っ白になり、顔は土色でそこには深いしわが刻まれていた。定年近くの年だが、病気のためにそれ以上に老けて見えた。


「ご病気で療養中のところ申し訳ありません。私は湖上署の佐川。こっちは梅沢です。」


 佐川は警察バッジを示した。


「10年前くらいの日輝高校軽音楽部のお話がお聞きになりたいとお聞きしましたが。」

「はい。ニュースでお知りになっているかもしれませんが、10年前の卒業生が次々に殺されているのです。」

「はい。そのニュースを聞くたびに胸が締め付けられる気がします。」


 藤宮はぐっと目を閉じて話した。彼の脳裏には殺された被害署の若いころの姿がよみがえっているのだろう。


「私はこの事件、彼らが高校生の時のことが発端になっているのではないかと考えています。それも軽音楽部に・・・。10年前に何かご存じありませんか?」


 佐川は尋ねた。藤宮はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「10年前ではありません。11年前には確かにありました。いやあったかもしれないとうわさがありました。」


 藤宮の言葉に佐川は身を乗り出した。


「一体、何があったのです? 日輝高校軽音楽部に。」


 すると藤宮は窓の外を見た。そこからは八幡公園の桜が見えた。そこはもう満開に近い状態だった。


「11年前の今時分、そう桜が咲いていた時期と思います。軽音楽部の新3年生の女子生徒が失踪したのです。」

「え! 失踪ですか!」

「はい。」


 驚く佐川を前に藤宮はお茶を口に含んだ。そしてまた話始めた。


「確か、日比野舞子という生徒です。」

「日比野舞子!」


 佐川はその名前に聞き覚えがあった。琵琶湖疎水で殺害された日比野香の妹なのだ。ここでようやく日比野香に線がつながったのだ。


「日比野君は軽音楽部でバンドを組んで活躍していました。かなり人気もありました。しかしその陰で悪いうわさも耳にしました。」

「うわさ?」

「彼女が万引きをしたという。確かではないですが・・・。彼女は両親と死に別れて親戚の家に住んでいました。その家は裕福ではなかったと思います。それでそんなうわさが流れたのかもしれません。」


 日比野姉妹は大角家に引き取られ、その家は貧しかったようだから好きなものも買えなかったのかもしれない・・・佐川はそう思った。


「その彼女がこの時期に失踪したのですね。」

「ええ。東京の姉のところに行くと書置きして姿を消したのです。彼女のお姉さんが滋賀や東京を探しましたが見つかりませんでした。」

「家出の原因はわかりましたか?」

「それが・・・」


 藤宮はまたお茶を一口すすり、そして話し出した。


「よくはわかりません。引き取られた家でいじめられたとか・・・」


 認知症の大角伸江が悔いているほど、舞子はいじめられてつらい思いをしていたのかもしれない・・・佐川はそう思った。


「しかし大きな声では言えないが、どうも軽音楽部内でいじめがあったようなのです。」

「いじめですか?」

「お恥ずかしいのですが、当時の私は知らなかったのです。多分、万引きの件ではないでしょうか。部長の平塚さんや他の生徒がいじめをしていた、いや脅迫して『パシリ』にしていたとも聞いています。」

「それがつらくて?」

「本当のところはわかりません。でも嫌なことがあって家を飛び出したのでしょう。」


 藤宮は喉が乾燥するのか、またお茶をすすった。11年前の出来事についてはわかったが、佐川にはまだ腑に落ちなかった。


(いじめで家出して失踪したかもしれない・・・だがそんなことで殺人まで行くのだろうか? それに香島良一との関係は? 同棲相手の妹というだけのつながりしかないのか?)


「ところで同級生で香島良一という生徒がいたと思いますが、覚えていますか?」

「香島良一? ああ、覚えています。確か留学していた生徒ですね。軽音楽部ではないのですが知っていました。成績優秀な子でしたから。」

「日比野舞子さんとの何かありましたか?」

「いえ、確か失踪したときは彼は留学中だったので・・・関係はないと思いますが・・・」


 佐川は何かすっきりしなかった。何かほかにあると・・・。


「当時、他に何かありませんでしたか? うわさでもいいのですが。」

「他にですか・・・ううーん・・・」


 藤宮は思い出そうとしていた。


「あっ! そうそう。当時の日記を押し入れからさっき出したのだった。ちょっと取ってきてくれ。」


 藤宮は妻に言って古い日記帳を持ってきてもらった。老眼鏡をはめてそれを手に取り、11年前の4月の日記を読んでみた。


「失踪の件では彼女の姉が聞きに来たようで・・・。生徒にもいろいろ聞いたようですね。

 確か日比野さんが失踪した日は、軽音楽部の一部の生徒が花見に行ったようですね。」

「花見ですか?」

「びわ湖バレイらしいです。参加した生徒の名前まで書いてある。確か、部員に舞子さんのことを知らないかを私が聞いたときに花見の話が出たような・・・」


 それを聞いて佐川は思った。


(花見と言えば桜だ。この事件には桜が付きまとっている。何か関係があるような気がする・・・)


「その花見に参加した生徒を教えてください。」

「ええ、部長の平塚響子、3年生の青山翔太、長良渡、浜口大和、立川みどり、村田葵、2年生の和久清彦、宇土和也、丹羽正樹、塩崎若菜の10名です。」


「佐川さん。これって・・・」


 横にいた梅沢が言った。佐川は大きくうなずいた。被害者は11年前、日輝高校軽音楽部で花見に行った生徒に絞られたのだ。そうなると・・・佐川にはある推理が浮かんだ。


(日比野舞子の失踪とびわ湖バレイ花見は関係がある。もしかしてそこで恐ろしいことが行われたのではないか・・・)


 それはあまりにも突飛なことで佐川は否定しようと思った。しかしその疑念は彼の心で大きくなった。


「私が指導した生徒が殺されていくのは胸が痛みます。刑事さん。早く犯人を逮捕してください。お願いします。」


 藤宮は深く頭を下げた。重い病気の体にこの事件のことを聞いて、彼は心身ともに弱り切っているようだった。


「きっと犯人を逮捕します。だから気を落とさずにいてください。」


 佐川たちはそう言って藤宮の家を出た。犯人のターゲットははっきりしてきた。しかしそれぞれの生徒には警護がついているから心配はないだろう。それよりも佐川は自分の推理の裏付けをする必要があるように思えた。


「佐川さん。これからどうするのですか?」

「甲賀署に行こう。11年前の失踪のことについて何か残っているかもしれない。」



 梅沢の問いに佐川はこう答えた。失踪した日比野舞子の行方について確かめねばならない。それに恐ろしいことが隠されているにしても・・・。

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