第19話 十字架を背負うもの達

 『大罪人』若しくは 『背神者』――――それが、宗教上の闘争に負けた者達の呼び名だった。

 彼らの人権な無いに等しく、その後の生涯に待ち受けているのは神に変わって誰かが課した贖罪の道のみ。

 ミトラ教の血塗られた歴史の一幕、そう片付けるには余りにも惨憺たる過去が王国の東部では未だに生き続けていた―――――。

 

 時は遡って三十余年前―――――


 「この女狐がぁぁぁぁぁッ!!」


 テートン騎士団の団長の骸の横、恨みがましい視線を一人の女へと向けて喚き散らすのは、同じくテートン騎士団の副長だった。


 「私に如何なる感想を抱いてくださっても構いませんわ。貴方たちの行いは目に余るものがありそれが明るみとなった今、貴方たちは神の御前に裁きを受けるために向かうのですから」


 を見送る慈愛の眼差しと笑顔を湛えたまま、大司教を務める女はそう言うだけだった。


 「俺たちは悪くないッ!!俺たちは貴様ら教会の実力としてその命令を果たしていただけだッ!!」


 シュトラーセ大聖堂の高い天蓋に虚しく彼らの声は響くが、誰が聞くでもないその声は時の流れとともにかき消された。


 「何度も同じことを言って諭すのは疲れるだけですわ。お前たち、神の御前に彼らを送ってあげなさい」


 古来からミトラ教の実力部隊であったテートン騎士団は教会の名のもとに勢力を拡大させてきたのだが、それを良しとしない教会最高顧問団と領地が隣接するエスターライヒ王国の共謀により、その歴史に幕を下ろすこととなったのだ。


 「何も知らない騎士たちはどうしたのだ!?」

 「今頃、エスターライヒの手勢に討たれているのではなくて?」


 女の声に副長は後ろ手に拳を作ることしかかなわなかった。

 

 「俺たちが悪人だとするのなら、女、貴様も同じ穴のムジナだァァァァァ――――」


 それが男の最後の言葉だった。

 捕らえられて後ろ手に縛られていた騎士たちに躊躇なく剣が振り下ろされ、辺りには血飛沫が飛び散り力を失った身体を冷たい大理石の床へと横たえた。


 「貴方たち如きでは私は止められませんわ」


 赤い瞳を輝かせた女は、頬に飛び散った血を指で拭うと独白した。

 今も教会内で密やかに語り継がれる『血の日曜日』、或いは『シュトラーセ事件』。

 その首班だった彼女の名はアルフォンシーナ・エチェガレー。

 後に史上初の女性枢機卿となる彼女の瞳は、復讐で燃えていた――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「何で『大罪人』共の護衛なんかしなきゃ行けねぇんだよ」


 アンデクス伯領東部へと向かう馬車を守る傭兵の一人が不満そうに漏らした。


 「羽振りのいい仕事だし、楽だから文句を垂れるんじゃねぇよ」

 「でもよぉ……、これじゃあ俺たちまで『大罪人』に見られやしねぇか?」

 「外から見ただけじゃ、誰を乗せてるかなんてわかりゃしねぇから安心しろ」

 「それもそうか」


 

 教会に雇われた傭兵の守る

 『大罪人』と呼ばれる彼らは、『血の日曜日』に殺された騎士に縁ある者たちのことで、三十余年たった今でも教会管理下のもと密かやかに贖いの道を歩むもの達のことだった。

 いや、選択の余地なく歩まされているという方が的確か――――。

 そんな彼らの目的地は、聖誕祭の本開催地たるアンデクスの地だった。

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