第3話 バイタールにて

 「あれがティロルの軍勢か」


 アルス率いる百騎の騎兵は街道の合流点であるバイタール村落の南、街道を見渡せる小高い森に陣取っていた。


 「数は四百、報告に間違いはありません。歩兵が先頭で弓箭兵はやや後方。騎兵は五十ほどです」」


 パウルは眼下の敵を正確に分析した。


 「騎兵を温存する腹積もりなら、追撃される心配は要らなそうだな」


 (斥候も索敵もせず敵地の一本道を行軍するとは随分と舐められたものだ)


 アルスは内心そう嘲笑った。


 「弓を持っている者は射程に入り次第、直ちに矢を射掛けろ。そのタイミングで他の者は街道で敵の正面から喚声を上げろ」


 アルスの目的は敵の足止めにあった。

 そんなこととは露知らず、ティロル伯は四百の兵と共に街道を驀進していた。


 「何としても我々が先にアンデクス入りを果たすのだ!!」


 馬に鞭をくれ兵たちを急かしながらティロル伯ジギスムント・アルマータは十数年ぶりに身にまとった甲冑に苦しげな顔を浮かべた。

 一言も苦しいと言わないのは貴族としての見栄と、そんなことを言ってられるほど余裕がないからだった。

 そんな彼を予想外の事態が襲った。


 「放てぇッ!!」


 突如として数十の矢が放たれた。


 「なっ!?」

 「ぬおっ!?」


 致命傷とはいかないまでも数人の兵士たちが腕や脚を射抜かれその場に蹲った。


 「何処からだ!?」

 「山上じゃないのか!?」

 「いや、正面だろう!!」

 「盾を持った者は前に出ろ!!」


 隊列は乱れ、兵士たちは各々めいめいに好き勝手なことを言った。

 そのタイミングで、何処からの射撃かの答えを示すかのように前方で喚声が上がった。


 「盾で身体を守りながら前進しろ!!」


 怯えきった兵たちにジギスムントは指示を飛ばす。

 全員の注意が正面に向いたその時だ、第二射が彼らを襲った。


 「畜生!!見えないところから攻撃してきやがって!!」


 第二射は動きを止まったティロル兵たちを的確に射抜いた。


 「これは癖になりそうだ」

 

 アルスは忍び笑いを浮かべながら戦場を見つめていた。


 「ええいっ!!左右の山に偵察隊を出せ!!」


 ジギスムントは忌々しげに周囲の茂みを睨んだ。


 「よし、これで仕事は終わりだ。お前たち、帰るぞ!!」


 (これ以上は所在がバレかれないからな。それにジギスムントを怒らせることも出来ただろうし成果としては十分だろう)


 この小手先じみた、或いはゲリラ戦じみたおおよそ貴族らしくもない戦い方にアルスは一定の満足を覚えた。


 「いいのですか?」


 せっかくの好機なのに、と武人魂が叫ぶパウルは尋ねると


 「果報は寝て待てって言うだろう?あいつら馬鹿だからこの後、面白いことになるはずだ」


 全ては自身の掌上のことであるかのように、アルスは自信たっぷりの表情で言った。

 


 ◆❖◇◇❖◆


 「全く、要らぬ遅れをとったわ!!」


 ジギスムントは不機嫌そのものだった。

 そんな彼の視界にある光景が映った。


 「なぜ、我々だけがこのような憂き目にあわねばならんのだ!!」


 ジギスムントの視界に映ったそれは、戦闘した痕跡のないクラムサッハの兵たちだった。

 しかもクラムサッハの兵は自分たちの前方にいるのだ。


 「まったくもって気に入らん!!者共、あれを排除しろ!!」

 

 口角泡を飛ばす勢いで怒鳴ったジギスムントに、側近の一人が


 「しかし、あれは同胞保守派貴族の兵ですが!?」


 と、慌てて聞き返す。

 しかし耳を疑うような主の命令は、何かの間違いではなかった。


 「命令が聞けぬというのか……?」


 ジギスムントは物凄い形相で意見してきた側近を睨みつけると剣の柄に手をかけた。


 「い、いえ!!そういうわけでは……」


 これ以上何か言おうものなら文字通り首が飛ぶということを悟った側近の男は、


 「お、お前たち、俺に続け!!」


 やや投げやり気味に叫んで兵を連れるとクラムサッハ兵たちへと突撃していった。


 「これで邪魔者はいない。アンデクス伯領を手にするのはこのわしだ。ようやく思い通りになる」


 ジギスムントは、突撃していく兵士たちの背中を満足そうに頷いた。

 それがアルスの狙いとは知らずに――――。

 

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