お正月をしようよ


 12月31日。新しい年を迎える瀬戸際に、宿毛湊と諫早さくら、相模くんと的矢樹といういつものメンバーが集まった。初詣である。

 それも近所のちいさい神社ではなく、電車に乗って、屋台も出るような大きな神社での参拝だ。駅から田んぼの真ん中を通る小道や参道はお参りの客が大勢あふれ、周辺道路は渋滞していた。


「お参りまで一時間くらい並ぶらしいですよ」


 と、相模くんが白い息を吐きながら言う。

 人垣の分厚さもさることながら、夜間の参拝における最大の敵は寒さである。

 いつもはめいっぱいお洒落して出かけるさくらも、今日はロングコートタイプのダウンコートを着込み、サッカーチームのコーチみたいになっていた。


「たい焼きの屋台がまぶしすぎるわね」


 拝殿に向かう行列の最後尾に並ぶと、その後にも次々に参拝客が並び、たちまち人の波に埋もれてしまう。

 しばらくは屋台を眺めつつ世間話などしていたのだが、そのうち話題も尽きてきた。なにしろクリスマスから忘年会、年末のイベントは遊びつくした四人組である。話したいことは行きの電車の中でしゃべりつくしてしまい、行列に並ぶしかない状況で退屈をもてあましていた。

 そのとき、さくらが「ねえ、何かおもしろい話してよ、誰か」と無茶ぶりをした。

 相模くんは困り顔である。


「おもしろい話をしろと言われると、ハードルが高いですね」


 そのときスマホをいじりながら的矢樹が言った。


「そういえば、僕、パンツ履いてくるの忘れました」


 全員が黙りこんだ。

 的矢がいじっているスマホのゲームから大連鎖が起きている音がした。

 列が前に進み、五メートルほど歩いた後で相模くんが不安そうな顔つきで声を上げた。


「えっ……? パンツって下着の意味ですか?」

「そうです。下着のです。出かける前に着替えて――……なんか寒いなと思ったんですよね」

「出かける前、履いてなかったんですか?」


 宿毛湊が溜息を吐いた。会話を拾わなければ深堀りもしなくて済んだものを、というようなニュアンスの溜息である。


「あんたいまノーパンなの? やだ、かわいそう。宿毛湊、貸してあげなさいよ」

「替えの下着を持ち歩いてる前提で話し掛けないでくれ。そして、持っていたとしても貸さない……」

「うっそだ~。なんだかんだいって先輩は新品のパンツをくれますよ。そして返さなくていいっていうタイプです」

「そこから話を広げるんじゃない!」


 四人はそんな感じで参拝を終えた。

 痴漢や引ったくりに気を付けてください、という注意を促すアナウンスが妙に印象的に思えた。



 明けて一月一日。

 相模くんは「いらない」と言ったのに実家から届いた手作りお節(三段重)に絶望し、昼頃になって宿毛湊宅を訪ねた。

 宿毛湊も季節のイベントを大事にするタイプなので何かしら用意しているだろうが、的矢や諫早さくらが集まれば酒の肴くらいにはなるだろう。

 しかし宿毛湊の家にいたのはマメタと諫早さくらだけであった。


「あれ? 的矢さんは?」


 正月三が日は事務所も休みだ。てっきり押しかけていると思ったが姿がない。

 宿毛湊は相模くんを迎え入れ、眉間に深い皺を刻み込みながら言った。


「的矢は……初詣のとき神前で無礼な態度を取ったため、そういう奴が連れていかれる異世界に落とされたから、しばらく帰って来ない。これが証拠だ」


 宿毛がスマホに送られてきた写真をみせる。

 笑顔でピースサインを作る的矢樹のうしろで、とても言葉にはできない冒涜的な背景がうごめていた。添えられたメッセージは文字化けしており、読めない。


「大丈夫なんですか?」

「前もあった。気にするな」


 結局、的矢樹は夕方くらいになって何事もないような顔で帰ってきた。

 こたつに首まで埋まったさくらちゃんが「これ、あげるわ」と言って安売りシールが貼られた男性用下着を取り出した。

 股間のところに龍が描かれたやつである。

 このときのパンツはいろいろな押し問答の結果、宿毛湊の軽トラに積まれ、今もやつか町をめぐっているとの噂である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やつか町現代妖怪・怪異辞典オマケ クリスマス&正月編 実里晶 @minori_akira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ