#17B零 真実 後編
『蒼空ちゃん、あなたには何かが憑いている気がするの。水……にまつわるなにか。なんとなくだけど』
『それで水難の相があたしに出ていると?』
如月先生と蒼空が話していて、どうやら水難の相が出ていると告げられているみたいだ。水難の相は、さっき音羽が話していた蒼空が死ぬきっかけとなった事件で、その蒼空の身体に音羽が入ったということになる。
音羽は邪悪だ。
もし音羽の言ったことが本当なのだとしたら、この世界はミラーリングの中の世界で、真の世界に戻った音羽がなにをするか分からない。
「陽音、蒼空ちゃんに伝えて。そこの蒼空ちゃんに水辺には近づくなって言っておいて」
「こっちの話、向こう側に伝わるかな」
「でも、このままだと蒼空ちゃんどころかルア君まで死んじゃうかもしれないんだよ? なんとかしないと!」
だが予想に反して、『な、なに。いったいなんなの……わたしは誰に話しかけられているの? え、わ、わたし? ルア君怖いよぉ』と鏡の向こう側のハルが鏡を見て怯える。鏡の中の僕も驚いたような顔をしていた。
鏡の破片は力を失っているのか、急激に曇り始めている。
「まずい、はやく向こう側の蒼空を水に近づけないようにしないと蒼空が死ぬし、音羽が復活して大変なことに!」
「それにルア君も!」
ハルは破片を持ち曇りをこすって(こすってもどうにもならないけど)、向こう側のハルに話しかける。
「あまり詳しくは言えないけど、とにかく蒼空ちゃんが死ぬとまずいの。だから水辺には近づけないで、さもないとルア君が大変だから。陽音、わかった!?」
『は? それって水難? ちょっと、あぁ、消えないで、ねえ、待って、こらぁ!! そっちのハル教えろ!』
鏡の中の僕がキレかけたところで鏡は真っ白になってなにも映らなくなった。
「消えちゃった……これからどうしよう?」
「このままってわけにはいかないよな。元の世界とか言ってたけど、別に僕はこの世界で幸せならそれでいいような……」
「蒼空ちゃん死んじゃっているけどいいの? たしかにむかつく人ではあったけど、死ぬとかそういうのは違うような気がしない?」
「それは……」
確かにそうだ。それに音羽は、「この世界では死ぬことも許されない」とか言っていたけど、代償を支払ってまた病気にされるのも嫌だし、ハルが苦しむ姿を見たくない。
「やっぱり、現状のことをツクトシ様に訊いてみようか」
「うん」
えぼし岩の祠を開くと再びあの鏡の部屋だった。
「なんでこの時間に飛ばしたんですか? それと鏡の中の世界というのはなんですか?」
「僕たちは、現実の世界にいるんじゃなかったんですか?」
すべての鏡が光りだして、輝きが一点に収束する。
まばゆい光の中でぼうっと人影が浮かんだ。その姿はあまりにも神々しく、人の形として捉えるのがやっとでどんな顔なのか、見ることは叶わなかった。
『騙すつもりはありませんでした。あなた達は鏡を見てしまい、この世界に閉じ込められたことは不運としかいいようがありません』
「でも、この鏡をこの祠の中に入れた人物がいるんですよね?」
『
つまり、禊もしていなければそんな伝承も知らない小学生の僕たちは、たまたま引き潮のときにえぼし岩を渡って祠にたどり着き、ノリで扉を開けてしまうという不運(というか自業自得というか)に見舞われたということか。
『蓮根音羽はシロヤエノワニに取り憑かれています。この時代に流れ着くことは予測がついていたのですが、やはり無理でしたか』
「なんでそのことを教えてくれなかったんですか? もし教えてくれたらなんとかできたかもしれないのに」
『もし既知であればあなた達は蓮根音羽、いえ、シロヤエノワニに殺されていました。ホテルで蓮根音羽が知恵を働かせれば、陽音さんはいとも簡単に陥れられていたはずです。相手は黄泉の者です。この世界の理の外にいる者ですから運命線から外れてしまうのです』
「鏡の世界の外にある現実世界ってことですか? その辺がわたし達には理解できないのですが」
『この鏡の中の世界の外に現実世界が広がり、その現実世界も鏡の中と同じようにいくつもの世界が広がっています。その理の外にいるのが黄泉の者。つまり、この鏡の中の世界はその世界の構造を模倣したにすぎません。封じることに成功はしましたが、封じるだけで精一杯なのです』
「僕たちになにを期待したのですか?」
『蓮根音羽の懐柔です。あなた達に触れ、心が戻るはずだったのです』
でも、僕たちは蓮根音羽を忘れていた。
『かくなる上は、早月蒼空を救うことです』
ツクトシノヒメの話では、この時間軸でシロヤエノワニが現実世界(鏡の外)に逃げてしまうことが予測されていたらしい。それを、音羽を通じて防ぐことができたはずだったのだが、シロヤエノワニは予想以上に力を蓄えていて不可能だった。
「でも、音羽というかシロヤエノワニが現実世界に逃げるとまずいんですか?」
『その昔、シロヤエノワニは人の魂を食べて生きていました。あなた達はシロヤエノワニによってどうなりましたか? それが現実世界で起きると、結果的に世界は滅ぶでしょうね。あなたの大切な家族も、友人も』
頭に浮かんだのは立夏姉さんの顔だった。ハルもきっと誰か家族を思い浮かべているのだろうと思う。
逃げ出したのは、複数に分裂したシロヤエノワニの一片らしく、音羽に取り憑いていたヤツだ。音羽が蒼空の身体を手に入れるのを阻止すれば結果は変わるかもしれないとツクトシ様は言う。
「わたし、蒼空ちゃんを助ける。蒼空ちゃんが水難に遭わなければいいんですよね?」
『シロヤエノワニはかならず罠を張っています。おそらく難しいでしょうけど、やりますか?』
「待って。そこは予測できないんですか? みすみすハルを危険にさらすわけにはいかないですよ」
『何度も言いますが、シロヤエノワニは理の外にいますから、運命線からは逸れることのほうが多いのです』
「……なら僕も行く」
『それはできません。あなたはその世界でまだ生きています。夢咲陽音さんは死んでいますから、自由に動けるはずです。鏡見春亜さんの魂を統合してしまうとシロヤエノワニに勘付かれてしまうので、あえて陽音さんを送ります』
「……えっと、わたしは死んでいるんですか?」
『今からあなたを送る先の世界で陽音さんは亡くなっています。だからあえて春亜さんにしか見えない姿で送ります。しかし、完全体で送ることは難しいです。もう力が残っていないです』
「完全体じゃないとどうなるんです? ハルはちゃんと戻ってきますよね?」
『力が失われれば、ちゃんと戻ってきます。安心してください』
ハルは少し俯いたあと、僕を抱きしめて耳元で囁いた。
「ルア君心配しないで。行ってくる」
「ハル……ごめん。ハルにだけ苦労かけさせて」
「大丈夫。すぐに戻ってくるから」
ツクトシ様の光が弱くなっている?
その光の向こう側の顔はどこか懐かしいような感じがして、僕は少しだけ茫然とその姿を見ていた。
音羽に盗られたスポーツバッグが傍らに置いてあった。中に鏡は入っていないけど、お金は残されたままだった。
『この鏡を持っていきなさい。なにかあればこれでこちら側と連絡が取れる』
「割られたんじゃないんですかっ!?」
『これは複製品です。それとこの鏡の世界では直視しても問題ありません』
「この100万円も一緒に持っていけますか? 向こうでなにかあったときに使えるように」
それとメモを書いた。向こう側の僕に。いきなり100万円があっても僕の性格上、絶対に使わないことを知っているから、ハルが困ったときに使うように。
『分かりました。それともしかすると一時的に記憶がなくなってすべてを忘れてしまうかもしれません。こればかりはどうすることもできないのです。記憶が混乱し、感情だけが残ることのほうが多いのです』
「感情だけ……」
『もしかしたら辛く、険しい道のりになるかもしれませんね。それでも行きますか?』
「はい……ツクトシ様、お願いします」
『私のほうこそ、お願いします』
ハルは僕にもたれかかるように倒れて、気を失った。
「これは……?」
『魂だけを送りました』
ハルの身体を抱きしめて、気づくと海岸にいた。
「いつ戻ってくるんだよ……」
海はいつのまにか夕日に染まっていた。
幼なじみの彼女のNTRの果て、死に戻って再度告白されるがもう遅い。2回目の人生はアイドルと幸せに暮らします?【臨界点のゲシュタルト】 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi
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